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買い物に行こう。 提案のように言い出した呂佳の言葉に、利央が拒否する余地は無かった。 その日はテスト期間中で、授業が午前で終わっていた。利央は授業が終わるな否や、駆け出すようにして学校を出た。 向かった先は、幼稚園だ。 お気に入りの三橋廉を迎えに行ったのだ。廉の母親が仕事で帰りが遅くなってしまうのだと、3日前に部活に廉を迎えに来た時にもらしていたので、それならと名乗り出た。 当然のように他の部員からも名乗りが出たが、利央が俺んちが一番近いもん。おばさんにもそっちのが良いじゃんと言ったら皆渋々と黙った。 後で憎らしそうに準太に利央のくせにこざかしいんだよ、と言われたのが若干怖いと思ったが、それでも利央は上機嫌だった。テスト期間でも関係ない。たくさん遊んでやるんだと、意気込んで帰宅して廉のスモッグを脱がせてやったと思ったら、呂佳がリビングに現れたのだ。 なんだそれ、と珍しいものを見るような目付きで廉を見る呂佳から、利央は庇うようにして立った。 事情を話すと、あぁそれがとやはり珍しいそうに廉を見る。見られた廉は怯えたように利央の後ろにぴったりとくっついて隠れる。 まぁ、見た目いかついからね、と利央はチラリと呂佳を見た。 いかにも西洋風な顔立ちの利央とは違い、呂佳は顔の彫りこそ深いがアジア人らしい濃い色素と小さな目の持ち主だ。兄弟に見られることも、幼いころからあまり無かった。 「兄ちゃんは顔怖いから、あんま廉に近寄んないでよ」 よいしょと廉を抱き上げながら言ったら、呂佳が低い声で唸るように何だと?と利央を睨み付けてきた。 ひっ、と廉が引き付けたような声を出す。 「ほら、ほらね。だから、ダメ!怖がらせるでしょ?」 「なんだお前。昔どんだけ俺がちっこいお前の面倒見たと思ってんだよ」 言いながら、廉の頭を頭が左右に揺れる程勢い良く撫でた。泣き出しそうな廉を利央は慌てて、再び呂佳から離して兄ちゃん!と叫ぶ。 ゲラゲラと笑う兄に、利央は心底腹が立って仕方がない。けれど、呂佳が幼い頃に利央の面倒を良く見てくれていたということは事実で、言い訳も出来ずにただふてくされた表情を浮かべることしか出来ないでいる利央はそのまま自室へ上がろうとした。廉がおずおずとそんな利央を見上げて、小さな手をペチリと頬に置いた。 「だ、だいじょぶ?なく?」 「泣かないよ」 可愛いなぁと、むしろその感情に泣けてきそうだった。 大丈夫だよありがとうね、と廉に頬擦りをして額にキスをしてやる。自分が幼い時に良く両親にされていたことだが、それが日本では有り得ないことなのだと言うことを日本で育った利央は良く知っていた。 だから学校ではどんなに廉が可愛くてもしたことはない。 けれど、今日は家だから良いだろうと思ったのだ。初めてのことで廉は驚いたように目を見開いて、それから頬を真っ赤に染めた。 その様子をじっと呂佳が見ている。それから、呆れたようにため息を吐く。 「なんだお前ら、二人してフワッフワしやがって」 「ほっといてよう」 「ヤだね。レンだっけ?お前、オヤツ食べたくないか?」 ぐぐっと顔を近付けて聞く。しまった、と利央は慌てる。人見知りのくせにお菓子をもらえるとなると、素直に反応をしてしまうのが廉だ。 しかも呂佳の場合、初対面でも利央の兄と言う肩書きを持っているから、廉の警戒心が揺らぐのも早かった。小さく頷くのを呂佳は確認して、そして言った一言が冒頭の言葉だ。廉が期待に満ちた目で利央を見上げてきている。 行きたくないわけではない。 廉と二人なら、むしろ率先して行く。しかし、呂佳も一緒となると話は別だ。 廉がこれ以上他の人間に懐いてしまうのは嫌だったし、何かと自分にちょっかいを出してくる呂佳とあまり一緒にいたくなかったのだ。 兄のことは嫌いではないし、今日でなければ一緒に買い物だって行った。ただ、廉の前では「お兄ちゃん」ぶりたい利央にとって、自分の兄の存在というものはこの上なく面倒な存在なのだ。 渋る利央に気づいているのは確実なのに、呂佳はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべて廉を利央の腕から抱き上げてさっさと玄関へと向かってしまう。 「嫌なら来なくても良いぞ」 「行くよっ」 勢いよく言って、利央は駆け足で玄関まで行くと呂佳の前に立って両手を出した。 「何だよ」 「廉。廉、返して」 まるで小さい子供が駄々をこねるようにして言う利央に、呂佳が一瞬昔の記憶に思いを馳せたかどうかは知らないが、とにかくケッケッと意地悪く笑って嫌だねと廉を高い高いの要領で高く上げた。 きゃぁ、と声を出す廉は喜んでいるようで利央にはそれが面白くない。返してよー、今日は俺が廉独占する日なんだからー、と呂佳に詰め寄る姿は高校生には有り得ないほど子供じみている。 それが呂佳には面白くて仕方がないのだ。 「本人に聞いてみろよ。なぁ、レンは俺と利央とどっちに抱っこされたい?」 「兄ちゃんが抱っことか言うと、なんかすっごく変。変っていうか、変態みたい」 もー、ホント通報されるから。 仕返しのつもりなのか心配だよと、わざとらしく言う利央に呂佳ではなく廉が反応を示した。 呂佳の肩に顎を乗せて利央を見下ろしてくる。 「へ、へんたい。わるいひと、ね?」 「え、廉良く知ってるね」 「あ、あのね、こーすけくん、おしえてくれたからね。こわいひとなの、あぶないひとなのって、きおつけなさいねって」 その名前は知らなかった。 誰なのかと聞くと、西浦の野球部員の一人で曰く「かわいいきれい、って、いうとおこるの」ということだから女顔なのであろうなということだけが分かった。 「でもねやさしいの、よ」 「そっか。うん」 浮かべた笑顔とは真逆で、内心では嫌だなとただそれだけを思った。廉が自分以外の人間に懐くというのも嫌だが、何よりも自分の知らない人間の話をされることが利央には嫌で仕方がない。 そりゃいつかは廉も大きくなって、学校とかで友達出来るんだろうけど彼女も出来るんだろうけど結婚だってするんだろうけど。利央は一気にそこまで考えて、でもそれが嫌なんだよぅと声には出さず嘆いた。 不意に呂佳が廉を床に降ろした。 靴を履かせるためのようで、その見た目に似合わず実に手際よく廉の足を掴むと手のひらに収まる小さな靴を履かせていた。 それも俺がしてあげたかったのに。 「お前、顔すっごい変」 呂佳が不意に顔を上げて、利央を笑った。 「そんなに本気で怒るなよ。ちょっと、からかってみただけだろ」 「廉のことで、あんま俺のことからかわないでよ。俺、良く分かんないけど、廉のことすごく気に入ってるんだから」 「そりゃ、見れば分かるよ。昔から、猫でも犬でも気に入るとずーっと抱いて離さなかったし。そんで、嫌われるんだよお前」 「廉は違うもん。猫でも犬でもないし。人間なんだから、ずっとずっと一緒になんて出来るとも思ってないよ。でも、せめて独り占め出来る日ぐらい欲しいんだもん。そんで、手とか繋いで買い物に行きたいんだよ」 見上げてくる廉の細くて小さな手を取って、行こうと玄関の扉を開ける。 俺も行くぞ、ため息混じりに呂佳が言って後を追った。 |