そうねぇ、昔のことってまぁ色々あるけどまぁ今とそんなに変わらないよ昔からこいつはこいつらしいっていう感じで久しぶりに再開してもオレすぐに分かったもの。っていうか、向こうはオレのこと気づいてなかったってのがまぁなんていうか微妙にあれっていうかうんまぁでもそんな感じ。ってこれじゃまるで片思いじゃないのよ。バハハ!
「オレ、行ってく、る」 授業が終わり波紋のように広がるざわめきを縫うようにして、三橋は浜田の席まで来ると目的地を抜かした中途半端なことを告げた。 その手には、ノートが一冊。 「はいはい。いってらっしゃい」 どうせ、阿部のところだろうと思った。 さっきの英語の授業で三橋が当てられるということは、常日頃席順に当てる癖のある教師なので、前授業の区切れからも簡単に予想が付くことだった。 しかし、三橋はそれをすっかり失念していたのだ。 やってくるようにと言われていた、英文の訳なんてしているわけもない。 だから、阿部に(それか、阿部を通じて花井からかもしれない)ノートを借りていた。 三橋は誰から借りてきただとかは、一言も言っていないのでそれは浜田の予想にしか過ぎないのだが、しかしその予想は大して間違ってはいないだろう。 「三橋どこいったの?」 浜田が本来ならば一学年先輩だなどと言うことを、まるで気にしていないようなくだけた口調で聞いてきたのは同じクラスの田島だ。 基本的に、田島は誰に対してでもあっけらかんとした彼独特のテンポと態度を崩さないのだが、それは浜田が年上と分かってからもやはり変わらない。 「七組じゃね?ノート返しに」 「わざわざ浜田に断ってったんだ?」 きょろんと好奇心旺盛そうな大きな目が、浜田にじっと焦点を当てる。 「別に、たまたまオレが近くにいたからじゃないのかな」 「そっかな」 良く通る声では、呟きも明瞭だ。 田島は首を傾 げて、ううんううんと大げさに唸ってからやっぱり浜田だからだよと言い返してくる。 「だって、幼なじみだからだろ?」 「幼なじみだから?」 オウム返しに聞くと、田島は机に顎を乗せ、そこを軸に左右にゆっくり頭を揺らしながら上目遣いに浜田を見上げてくる。 「幼なじみだから、三橋が安心してちょっとしたことでも言えるんだよ」 「そんなの、違うよ。三橋は別にオレにだけ懐いてるわけじゃない。そんなの、見てりゃ分かることだろ?」 「分かるよ。でもね、三橋ってちょっとどっか行く時とか、そういうことをあんまりオレらには言わないでサーッて一人でいなくなっちゃうんだ。自分の都合を言うことで他人の会話を途切れさせることが嫌なのか、単に自分の都合を話して注目されるのが怖いのか知らないけど、さ」 田島の黒目がちの目が、続けて四回瞬いた。細かい回数まで言えるのは、浜田が田島の言うことに酷く驚き、関心して顔を凝視していたからだ。 「案外お前、三橋のこと見てるのね」 意外だった。 田島は野球以外のことに関しては、ほとんどどうでも良いよと言い切ってしまえるほどの野球馬鹿だ。だから、明るくて大衆受けする性格に反して実は田島は他人にあまり興味がない。 その田島が、三橋という人間の観察論を述べているのだ。 正直なところ、それは浜田をまるで追い抜かれたような、抜け駆けされたようなそんな気分にさせた。 三橋とは幼なじみの自分が、三橋とは幼なじみではない田島にその関係を観察され指摘されている。 なんだこれ、おかしいじゃないかと浜田は唇をとがらせて田島の言葉を遮った。 「田島の話聞いてると、幼なじみだから特別って感じだけど。でも、田島だってこれだけ三橋のこと分かってるんだから。そうしたら、やっぱりオレが幼なじみだからとか、お前がそうじゃないとかっていうのは、まるで全然関係ないことだろ」 一息に言う浜田を、田島は動物のように黒目がちの瞳でじぃっと見つめてきていた。そして不意に歯茎を見せて、イシシと悪戯少年よろしく笑う。 「マトチガイだよ、浜田ぁ。あんさ、オレの方はいくらだって三橋のこと知ることが出来るんだよ。オレがそう、望めば。でも、三橋からオレに対する態度ってのは違うだろ?」 「言いたいことは良く分かるけど」 浜田は言葉をわざと区切って、低い位置にある田島の脳天に手のひらを乗せた。 幼児にするように、宥めるようなその仕草を田島がどう思ったのかは分からないが、ただ大きな目で無表情に見上げられるのを浜田は決して心地よいとは思っておらず、それを誤魔化す為にしたことであったので、この際田島の気持ちなどは二の舞だった。 「オレに言わせてみれば、お前だって十分三橋に信頼されてるでしょ。それに、自分の方からはいくらでも知ることがっての、それ、オレだって条件は同じじゃんね」 「そうかなぁ」 「そうに決まってるだろ。幼なじみの特権って、そうそうないよ。オレらの場合、ブランクもあるし」 「あー。なるほどね」 納得して頷かれて、浜田はもやもやとしたつっかかりを胸の辺りに覚えた。 自分で言いだしておいて、その反応が気に入らなくてやさぐれ落ち込む。 (もやもやする。IQサプリのもやっとがいっぱいだ。あー、投げ込みたい。投げ込んで、I東S郎の頭の上にドガドガ落としてすっきりしてしまいたいっ) ぐるぐる考え込んでいる内心を隠して、表面上ではあっけらかんと笑い飛ばすこの器用さ。うんそうね、そういう自分て大好きだ、と半ばやけになりながら自画自賛する。 「まぁ、確かに幼なじみってお互いの弱み知り尽くしちゃってるっていうか、以心伝心っていうか腐れ縁っていうか・・うん、まぁ、良いことばかりじゃないっていうか」 「ノロケにしか聞こえないーっ」 ギャハハと田島は笑って、浜田の脛を蹴り上げる。案外、痛い。 本気じゃあるまいな。いくら元野球少年だって、現役野球少年に本気で蹴られたらたまらない。(まぁ、サッカー少年じゃないだけ幾分かましかもしれないけれどもと、大した助けにもならないことを思ってみたりなんかして) 「いってぇよ、ばかやろー」 「だって、痛くなるよーに蹴った」 けろりと言う田島の顔を、それこそ殴ってやろうかと浜田は思った。 だけど、それは感情の持って行き方がどうにも違うように思えて、握りしめた拳をそっと気づかれぬように机の下に持って行く。 「田島、ひょっとして今機嫌悪いでしょ?」 「思い切り楽しくはないよ」 「悪いんだろ。嫉妬してんだろ」 「誰に?」 「オレに」 「あっは」 軽い声で弾むように田島が笑う。 「そりゃ、幼なじみってゆー立場はうらやましいと思うけどさ。嫉妬なんて、してるわけがないじゃんか」 瞬間、浜田は自惚れた自身の言葉に恥ずかしくなる。 机の下で握ったままの拳が、無意識のうちに小刻みに震えてしまうのが、さらに自分の小ささを反映しているようで嫌だなと、目の奥が熱くなってきすらした。 「嫉妬するんなら、阿部にするよ」 「ま、だろうね」 平静を装って、平淡に言うけれど喉の奥がやけに乾いて張り付く。 きゅーっと心臓が締め付けられるようなそれは、ジェットコースターで急降下した時に起こる緊張感と浮遊感と不安感の入り交じった居心地の悪い感覚に似ている。 ぐらぐらと平衡感覚が失われていきそうになる感覚は、地震によってなる不安定さに似ている。 本当は泣きたいのに、それを我慢して虚勢を張って自分を強く見せるのは、子供の時大人に叱られて意地になっていた気持ちに似ている。 (早い話が、オレ、拗ねてんだ) 田島が天真爛漫に笑みを浮かべて、邪気のない様子でそうそうと頷く。 浜田の内心になど気づいた様子は欠片もないが、これでもし気づいていて敢えてこういう行動を取られているのだとしたら、それこそもう立ち直れないかもしれないと浜田はやっぱり内心で思って、いよいよ落ち込んだ。 『幼なじみって良いよね』 『そんなことないよ。お前だって仲良いじゃん』 『ううん。やっぱり、幼なじみのお前には適わないよ』 そんなやり取りを望んでいただなんて、幼なじみという位置づけに甘んじていただなんて。 浜田は顔を両手で覆って俯いた。 (あぁ、なんて恥ずかしい!) のぞき込んでこようとする田島の視線が、痛くて痛くて仕方がない。 |