常識なくってごめんなさい。
マイノリティーに撤しちゃってごめんなさい。
でも、やめられないのよ。夢中なのよ。
こっそり影でにするから、この気持ち捨てろなんて言わないで。
(本人も結構辛いんだこれが)

最高嫉妬指数

うだるような暑さが夏の風物詩とはいえ、じめじめとした空気が熱気と共にのしかかってくるような気怠さは不快感しか生み出さない。
そんな日に、汗や革の臭いが染みこんだ部室にいるときがおかしくなってしまいそうだ。栄口は、昨日のニュースで見た最高気温の予想を思い出し、首筋から流れる汗にうんざりしながらため息を吐く。すると、まるで計ったかのようなタイミングで水谷もため息を吐いた。

「なんだよ」
「栄口がなによ?」

センターで分けられた前髪を額に張り付かせて、ロッカーから顔を出す。

「何って、まだプリント出てこないの?俺、脱水症状起こしそう」
「俺もプリントないと、赤点症候群にかかるかも」

やばいよそれは。
独り叫んで、慌ただしくまたロッカーに顔を突っ込む。まだかかるのかと、心底うんざりする。
そもそも、栄口が熱気のこもった部室にいなくてはいけない理由はないのだ。
試験期間で学校が早くひけたから、図書館で勉強しようよ。そう言いだしたのは水谷だった。それなのに、いざ学校を出ようとした時に、テスト範囲が含まれているプリントを部室に置いたままだと栄口は半ば強制的に連れてこられたのだ。
それからかれこれ、二十分は経っただろうか。未だ水谷のプリントが見つかる気配はない。
さっきから出てくるものといったら、本来保護者に見せるはずの知らせやら、コンビニのレシートやら。いつのものか、べたべたに溶けた飴やガムまで出てくる始末。

「あ、このCD聴きたかったやつだ。な、な、水谷これ貸して?」
「貸すから手伝ってようっ」
「え、ヤだよ。付き合っていてやってるだけでも、かなりの譲歩なんだから」

嫌味でちくりと刺すことはしても、結局こうして最初からずっと部室に一緒にいて話し相手になってやってるのだからこれはかなり優しいだろうと、栄口は思う。
それなのに薄情者と情けなく叫ぶ水谷に、栄口は汗をたっぷり吸い込んだ自分のワイシャツを頭から被せてやろうかと心中で毒づいた けれど、実際にそんな馬鹿馬鹿しいことをする気力もないから「早く探せって」と急かすだけで終わる。
だいたい普段からなんでもかんでもロッカーに突っ込んでるから、こんなことになるのだ。こうして探している時間だけ、単語を一つでも多く覚えた方がどれだけ無駄がないことか。

「もう諦めなよ。俺んち来てくれれば、プリント見せるし」
「うん・・そうする。でも、あとちょっとだけね」
「もうなくなっちゃったんだよ、きっと」

なんの気なしに壁に寄りかかると、土汚れがあせで湿った手のひらにべったり付いた。
あ、と思って両手の平をこすり合わせると、汚れはかえって広がってしまう。
あーぁ、うまくいかないなぁ。なんだか栄口は、とてもやるせない気分になった。
たいしたことじゃないのに、思い切り落ち込んでしまう理由を、栄口は気が付かないふりをしているだけで本当はよく理解している。
それは、暑いからでも試験があるからでもない。水谷に付き合って蒸し暑い部室にいることは、まぁ、少し関係ある。

「そういえば、三橋って篠岡と勉強したりすんのかな?」
「え?あー、そうなんじゃないの?付き合ってるんでしょ、あの二人」

水谷は探し物に集中しているのか、素っ気なく返してきた。

「付き合ってるんだよね。なんか、びっくりだけど、さ」

びっくりどころか、初めて聞かされた時、栄口はかなり落ち込んだ。それは周りから見てもあからさまだったようで、田島などは栄口は篠岡のこと好きだったんだねと勘違いしていた。
違うと、否定はした。でも多分、その誤解は解けていない。
栄口が好きだったのは、三橋のほうだ。
だからどうにかしたいとか、そういうわけではなかった。男同士だし、望むだけ無駄だと割り切っていたつもりだったのに、結局はどこかで自分に懐いてくる三橋に対して淡い期待を抱いていたのかもしれない。

「なに、まだ未練あるの?」

水谷が一オクターブ高くした声で、けろりと聞いてくるのに栄口はだから違うんだってばと反論した。

「みんなして、誤解しっぱなしでさ」
「してないよ。恥ずかしがってもう、シャイだね栄口くん」

茶化す水谷に、さらに栄口が言いつのろうとしたがそれは部室の扉がきしんで開く音に遮られた。

「あれ?二人とも何やってるの?」

馴染みのある柔らかい声は、篠岡千代だった。
癖のある髪を後ろで一つに縛って、部活の時のようにジャージを着込んでいる。
篠岡の質問に、うんまぁちょっとねと曖昧な返事を返す間も栄口はなんとなく篠岡の方を見れずにいた。
それは今回に限ったことではない。三橋と付き合い始めたと知ってから、栄口はなんとなく篠岡に対して苦手意識を持ってしまっているのだ。彼女自身はとても優しくて気持ちの良い子なのに、三橋の彼女だから妬ましくて憎らしくて仕方がない。
そう思ってしまうことに自己嫌悪を感じるのが嫌で、出来ることならばあまり関わりたくないなと思うようになっていた。

「マネジこそ、今日部活ないのに何やってんの?」

水谷がのんきな声で訪ねているのに、栄口は心底安心した。
自分だけだったら、さぞかし空寒い空気が流れていたことだろうから。

「うん。部活がない日に掃除しちゃおうかと思って」
「って、部室の?」
「そうだよ。やっぱり、綺麗なところの方がみんな気持ちが良いでしょ?」

篠岡は雑巾とホウキを掲げて、明快な声で笑う。
恩着せがましいところのない態度に、やっぱり良い子なんだなぁと栄口は少し切ないような気持ちになる。
だけど次の瞬間、水谷が「優しいねぇ。さすが、三橋の彼女なだけあるね」とからかって言ったのにはバカ野郎と叫んでやりたくなった。
優しいだけで三橋の特別な相手になれるんだったら、いくらだって努力してやるよ。
ささくれ立った気持ちで、内心水谷に八つ当たりをする。

「水谷くん、からかわないでよ」
「いやいや、ほんとに。これだけ優しい可愛い女の子だから、三橋も惚れたんだろね。まぁ、俺もかなり優しい可愛い男の子だけどさ」

わざとらしく大声で笑う水谷に、篠岡が喉を鳴らしてコロコロと続けて笑った。

「おっと笑ってないでよ?俺、ライバル宣言してるのよ?」
「あっは。ごめんごめん」

笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら、篠岡はちらりと栄口の方を見てきた。

「でも、ライバルって言ったら栄口くんかなぁ。私ね、時々嫉妬しちゃうんだよ。三橋くんってば、すごく栄口くんのこと好きなんだもの」
「そんなこと、」

知ってるよ。
本音の部分は口には出さずに、上っ面だけの笑顔で誤魔化す。
そりゃ、三橋に好かれるように努力してるからさ。三橋が何かあれば自分に頼ってきてくれるように優しく優しくしてるからさ。
言いたいことはそれこそ山ほどあった。
けれども、そんなことをしても空しいだけだ。

「阿部、は。阿部のが、もっとライバルなんじゃないの?」

矛先を替えようとして言うと、水谷がいつの間にか横に来ていて「あー、そうだよねぇ」と同意をした。どうやら、プリントを探すことは完全に諦めたようだ。

「阿部くんは、ちょっと、怖いかな」
「怖い?顔が?」
「ううん、そういうんじゃなくって。なんか、良く分かんないけど怖いって思っちゃう時があるんだ」
「それって、嫉妬されてるんじゃない?三橋取られたーっつって。ねぇ、それってあり得るよね栄口?」
「まぁ、あると思うよ。阿部だし」

二人の会話を篠岡はちょっと驚いたように目を見開いて聞く。

「男の子って、そういうので嫉妬とかするの?」
「やっぱり、仲良いヤツに彼女とか出来たら、多少はそういう気持ちあるよね」
「一緒に遊ぶ日とか、格段に減るしね」
「そうそう、あれ地味に寂しいよね」

水谷があたかも経験が有る様な態度で、栄口を指さして言った。
栄口にとってはあまり喜ばしくない話題なので、そんな水谷の態度すらどこか苛立たしく思えてしまう。
けれど、今篠岡に腹を立てるよりはずっと安心出来ると栄口は思う。
もし篠岡に対して本気で色々考えたら、それこそ沸点はぐっと低くなって簡単に手を挙げてしまう気がする。

(そんな惨めな真似だけは、絶対にしたくない)

必死で笑顔を貼り付けながら、栄口はこの場から駆け足で逃げ出したい衝動にかられた。

「でも、阿部の場合ホントに三橋のこと好きだったりして」
「えぇ?」

そわそわした感情を抑える為に、敢えておどけた口調で言うと篠岡は目をまぁるく見開いて聞き返してきた。
その仕草がとても女の子らしいので、もしも三橋がそういうところが好きなのだとしたらそれはもう勝ち目がないなとがっかりした。

「分かんないよ?そのうち愛の告白とかしちゃったりして」
「それはないよぉ」

篠岡は、それこを大笑いをした。(あくまでも可愛く、ではあったけれど)

「だって、それじゃ男同士になっちゃう。おかしいもん」
「あーそっか。だよね」

栄口は、返事が素っ気なくなってしまったことに気づいていたけれども、もう直そうとかフォローしようとかそういう気持ちは一切無かった。
それを篠岡は変に思わなかったらしく、話に一段落付いたと思ったのか

「二人とも汗すごいよ。ね、何か冷たいの買ってくるから、ちょっと待っててね」

と言うと、返事も待たずにそのまま駆けていってしまった。

「水谷ぃ。篠岡ってさ、良い子だよね」
「そうだね」
「でも、俺今日ちょっと、嫌いになった」
「ふーん。俺、とっくに嫌いだよ」

水谷は普段と変わらないのんびりした口調で言って、篠岡の持っていた雑巾を掴むとバシンと壁に投げつけた。

「女だから嫌いだよ。三橋に堂々と告白出来るから嫌いだよ。付き合ってるって公言出来るから、嫌いだよ」
「そうだね」

栄口は頷いて、立てかけてあったホウキを足蹴にした。
水谷の気持ちを知っても、あまり驚きはしなかった。なんとなく納得してしまうことの方に、かえって驚いた。 蹴り上げたホウキの杖の部分はカランと軽い音を立てて、大きく跳ねる。

「嫌いだけど、三橋の好きな子なんだ」

なんて切ない。
これを小説に書いてみたりしたら、第二のセカチューぐらいになるんじゃね?
そんな馬鹿げたことでも思わなければ、とてもじゃないけれどやっていけやしないぞと、栄口は泣きたくなるのを誤魔化して大きなため息を一つ吐いた。
隣で水谷が、またも計ったかのようにため息を吐く。

「だから、なによ?」
「いや、栄口がなに?」
「なにって、泣きたいよ俺は」
「俺はモロッコ行きてぇよ」

そりゃ、性転換したいってことかい。
なんて微妙にポジティブなんだ、と栄口は力の抜けた笑みを浮かべて、少しだけその前向きさを見習ってみようと思った。



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