まぁ、なんて美味しそうなお肉かしら。
おっと、お客さん。悪いがこいつは売り物じゃないんでね。
特上のなんだ。今夜一人で味わって食う為のもんさ。



無邪気なブッチャー

まるで子供が遊びに行くのに誘うかのように、田島はいとも容易くあっけらかんとそれを言ってのけた。

「どういう意味?」

単調に泉が聞く。
田島は歯茎を見せて邪気なく笑うと、そのまんまの意味だよと即座に返してくる。

「食べちゃいたいんだ。三橋のことを」

明朗な口調が、泉を混乱させる。
食べてしまいたいぐらいに可愛い。そんな比喩があるのは知っている。
それから、食べてしまうという言葉が性的なことの隠語であることも、知っている。
前者ならばまぁ同意してやろうと思った。後者であったらひっぱたいて、止めるつもりだった。
しかし、田島に聞くと彼はそのどちらでもないという。訳が分からず意味を問うと、冒頭にあるように田島は「そのままの意味だ」と告げてきた。
壊れたか、と泉は思った。
元々田島は天然なところがあるから、訳の分からない言動が目立つ人間だ。
今更、不可解な事を言われたぐらいじゃ驚かない自信があった。
しかしこれは不可解ではない。歪曲された言い方でもない、そのままの意味なのだと本人が言うのだから。
それでも泉はまだ田島が何か巫山戯ているのだろうと期待して、へらへらと笑いながら「また妙なことを」と言う。
田島はその泉の言葉に、「妙かなぁ?」と真顔で聞き返してきた。

「妙だよ」

ムキになって反論した。

「何が食べちゃいたい、だよ。馬鹿馬鹿しいったらない。比喩で使うならともかくそのままの意味だって?そんな冗談、軽々しく言うなよ気持ち悪い」

勢いよく畳みかけるように言った。そのぐらいしなければ、田島の言葉を打ち消すことが出来ないと泉は思ったのだ。
田島の言うのは、いわゆるカニバリズムというやつだろう。
劣等感を回避する為、愛情を独占する為、儀式の為、性欲を満たす為。様々な感情が歪んだ先の、最悪かつ最低の結論。
極限状態で、人間を食べて生きながらえたという話も聞いたことがあるが、どちらにしても気持ちの良い話ではない。
泉は考えただけで、吐き気と嫌悪感を覚えた。

「エリザベス・バートリー伯爵夫人でもあるまいし」
「だれそれ?」
「吸血鬼のモデルの一人。自分の美貌を保つ為に、何百人もの少女を殺してその生き血の風呂に浸ったんだってさ」
「えぇ?泉は、そんなザンコクなのをオレと比較するの?」
「だから、でもあるまいしって言ってるだろ。嫌なら、そういう質の悪い冗談止せよ」
「あっは、ごめん」

軽い口調に苛立ったけれども、素直に謝ってきたことに救われたような気持ちだった。
やれやれと、内心ため息を吐く。
冗談も大概にしてくれないと、こっちはただでさえ不可解な言動に振り回されているんだから。ただでさえ、同性の三橋が好きだとか言われて日々聞かされてうんざりしてるんだから。
毒づきながらも、安心出来て喜んでいる自分に泉は情けないなぁと思う。
だいたい、くだらない冗談に、過剰になりすぎなんじゃないかと自分を見直す。そうだ、少し短気になりすぎているかもしれない。
こんなくだらない冗談なんかに。
自分に言い聞かせるように心の中で繰り返して、まだいささか残っている嫌悪感を押さえ込むように努める。

「別に。・・オレも、冗談なのにムキになりすぎた」

ごめんと謝りはしなかったけれども、自分の非も認める言い方をして泉は唇を尖らせた。
田島が、不意に泉の方に手を乗せてきて「オレが悪いんだから仕方がないよ」と言う。
泉は、田島は馬鹿だけれども、こういう時に素直に自分の非を真っ正面から認めることが出来るっていうことは、とてもすごいことだなと思った。
しかし、そう思った傍から田島が至極明るい口調で、

「冗談じゃないからね」

ぐるんと大きな瞳で泉を真正面から見据えて笑い、悪びれもしなければ自分の発言に確実な自信を持っているとも思える態度。
肩に乗せられたままの手が、気色悪く思えた。
泉は、真顔で田島の手を払い落とした。
田島は怒ったわけでもなく、気を悪くした様子すらも見せることなく、相変わらずけろりとした表情で心なしか楽しそうに唇を緩ませている。

「謝ったのは、気持ち悪くさせてごめんねってこと。だけど、冗談じゃないんだよね」

泉に叩かれてうっすらと赤くなっている手をさすりながら、明朗に言われて泉はそれこそ本当に吐き気を覚えた。

「おかしいだろ」
「おかしかないよ。深い愛情ユエってやつだもん」
「愛情っていうのはさぁ、もっと純粋なものなんじゃないの?好きだって言いたいとか、抱きしめたいとか、キス、したいとか、さぁ」
「そんなこと、もう思い尽くしちゃったよ」

田島が、呆れたように言う。

「でも、どれだけ思ったって収まらないんだもんね。気持ちが。実行は、してないけど。今はまだ、驚かれて泣いちゃいそうだから」
「そんなの、お前が今思ってることのほうがよっぽど怖がられて泣かれると思うけどね」

泉は、思い切り辛辣に言ってやった。軽蔑も混ぜて、半眼で睨んで言った。
そう睨まないでよ、と田島が軽い調子で言うのがやけに癇に障った。まるで自分の言っていることの重みが分かっていない態度は、人間としてどこか壊れていなければ言えない台詞だと泉は思う。
壊れているから、分かってないな泉はとからかうように言ってくるのだ。

「そりゃ、泣かれると思うよオレだって。でも、その時だけでしょ?食べてしまって、オレの物にしてしまえば良いだけの話なんだから」
「それって絶対に、愛情とかじゃないよ。人間が思う愛おしいって気持ちじゃないよ」
「じゃぁ、オレ人間じゃなくても良いや。オレは三橋のことドクセンしたいだけだから」
「ほんと、気色悪ぃ」
「泉に言われたって、痛くも痒くもないよ」

ギャハハ。
耳障りな笑い声に、泉はこいつこそ野獣にでも襲われて跡形もなく食べられてしまえば良いんだよ、と内心で毒づいた。(まぁ、埼玉にそんな凶暴な野獣なんて存在しないんろうけれど)(いたとしても、きっと野犬ぐらい?)

「言っておくけど、それ本気でやったら犯罪だからな。ありえないけど、あったら許さないけど、三橋がいなくなったらオレは警察にお前のことを話す」
「あれ。泉の三橋への感情って、そんな他人行儀的なもんだったの?」
「は?友達だよ、三橋は」
「ふぅん」

あっそ。
含みのある視線を向けられて、泉は思わず視線を逸らしてしまう。
悔しくて、空咳をする。咳のせいで横を向いたんですよ、と意味のない虚勢を張る。

(こんな奴に知られてたまるか)

ゲホゲホゴホン。
咳をする。

(三橋のことが好きだなんて、こんな奴に知られてたまるか)

守ってやるんだ。
ゲッホゲホ。



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