きみは僕を連れて散歩に出るすると向こうからやってきた近所のおばさんに、あらまぁこんにちわワンちゃんも今日は一緒なのねなんて挨拶をされるきみは笑ってこんにちわ最近寒くなってきましたねととても礼儀正しく返事を返すけど僕はこのクソババァどっかいっちまえご主人様とオレの時間を邪魔するんじゃねぇよと毒づくわけですまぁオレは偉いから絶対にご主人様の顔をつぶすようなことはしないんだだからへっへと舌を出して尻尾を振ってせいぜい愛想の良いペットのふりをするわけですえぇっとでも、ここで一つだけ言っておきますけども従順なだけじゃないんですいつか狙うは下克上・・なんて、ね。




前に一度、三橋が体育で腕を擦りむいたことがあった。
涙目で、何一つ行動出来ないでいる三橋をオレは抱えるようにして水道にまで連れて行ってその傷口を洗ってやった。
しみる、と小さく呻く。
仕方ないじゃん、怪我なんだから。
オレはそう返して、それでも水の勢いだけは弱めて傷口を洗った。
土汚れは落ちて、赤い鮮血だけが腕を伝う。
擦り傷というには、まぁちょっと深い。
三橋はどうやら血を見ることに弱いらしく、貧血を起こしかけているかのようにふらりと足下をぐらつかせた。
大丈夫だよ。
腕を伝っていた血をぺろりと舐めると、三橋の驚く声と同時に鉄の味が口の中に広がった。
それ以上に、舌の上に残るざらりとした感触がたまらなくて、あぁこれはいいなぁと漠然と思った。
それからオレは、いつかまた三橋の肌を舐めてやろうとチャンスを狙っていたりする。




きみのペット





「うひぃ」

素っ頓狂な声がグラウンドに響いた。
見ると、三橋がアイちゃんの長い舌にべろんと舐められていた。
犬の舌って生臭いんだよね。犬は可愛いけど、あの匂いはちょっと腐葉土にも似ていて好きじゃない。
つーか、おい犬。アイちゃん。
オレがいつかはきっとと狙っていた三橋の頬を、オレよりも先に舐めるだなんて良い度胸だ。とかなんとか思ったオレは、早い話が犬に嫉妬した。
どろどろねちねちする感情を押し隠して、何食わぬ顔で近づいていって、三橋アイちゃんといつの間に仲良くなったんだよと言いながら間に割って入る。

「あ、田島く・・」

少し挙動不審気味に目線を左右に動かしてから、ようやく三橋の視線がオレをとらえる。
頬がほんのり赤く染まっていて、一瞬オレを見て恥じらってくれているのかもなんて勘違いをしてしまいそうになるけれども、人見知りの三橋の単なる反射反応だってことは知っているから別にがっかりしないし過剰な期待もしない。
ただ、そういう顔をされるとどうしても辛抱出来なくなっちゃうのが、ちょっと困りもの。

「みぃはしっ。オレのことも構ってくれよぅ」

ワンワンと鳴いて、冗談にかこつけて三橋に抱きつくと頬の紅潮はますます顕著になる。
可愛いよ、大好きだよ、愛してるよ。
そう言ったら、多分絶句するんだろうな。
そのつり目気味の目に涙を浮かべて恥ずかしがるのだとしたら、かなり見てみたい。
でも、今はまだそんなことはしない。
白目がちの大きな目は猫みたいで、そう、実際に三橋は猫みたいになかなか人懐き憎いから、そこは慎重に、じっくり時間をかけていかないといけないのだ。

「三橋が構ってくれたら、お手もおかわりも何でもしちゃおうっ」

大サービス。ギャハ、オレって優しい。
ふざけた言葉に、三橋が一瞬きょとんとしてそれから滅相もないとでも言うかのように、ものすごい勢いで首を横に振った。
どうやら、冗談を冗談と取れなかったようだ。
まぁ、その愚鈍さも三橋ならでは。
冗談なんだからそんなに重く取らなくても良いよ、と言えば三橋は瞬時に顔を俯かせてごめんなさいと謝ってくる。
どうしてこうも、愉快に会話の出来ない人間なんだろうかとオレは不思議で仕方がない。
三橋は頭が悪いけれど、それはオレも同じことだし、だったら会話を進めるのに頭の良さなんてそんなに関係はないはず。むしろ考えない分、口から先に言葉が飛び出ておしゃべりにはもってこいのように思える。
それとも三橋は実は、きちんと物事を考えて話しをしているのだろうか。
でもそれじゃぁなんで、栄口や泉なんかと話している時の三橋はなんだか楽しそうに、なごやかにすらすらと話しているように見えるのかな、と考えて嫉妬する。
わんわんわん。オレのご主人様を取っちゃわないでよ。
犬だったら、そんな感じかな。犬は主人にはとても忠実だけど、それはきっと構ってもらえるって見返りが欲しいから。
相手にされなきゃ、すねて唸る、牙を剥き尻尾も振らない。
それでもどうして今日は悪い子なの、と困ったように言われてもきゅぅんと落ち込んだふりして近づいたら、がぶっと噛みついてやる。
そうです。田島犬はとっても嫉妬深いのです。

「な、な。三橋、もう犬嫌いなの克服したの?」
「う、ん・・ちょっと、ね」

はにかむようにして答える三橋の赤く染まった頬を、アイちゃんがしたようにペロリと舐めてしまいたくなる。(でも、今したらアイちゃんと間接ちゅーだ)
そっかそっかでも良かったなぁ、なんてちょっといい人を装って言うどさくさに紛れて、顔をのぞき込んで距離を近づけた。
ぼっと赤くなる三橋の顔。目元の、丁度際の部分が赤く染まるところなんて、色っぽくてちょっと興奮する。
ハッハッと息を荒くしたりして、それじゃまるで変態だけど、だけど今はまさにそうしたい気分。あーあ、もし本当にオレが犬ならばよしよし落ち着こうねって撫でられたりする役得があるんだろうなぁ。
足下で黒い瞳をキラキラさせて構ってくれと見上げてくるアイちゃんを見て、熱を逃がす為に出している長い舌をそのまま引っこ抜いてやりたくなる。
じっと見ていると、アイちゃんはますます期待したような目で、尻尾もぶんぶん振ってオレを見上げてきた。
俺はしゃがみ込んで、両手で小さな顔を掴むようにして撫でまくってやる。
時々、腹もさすってやるとアイちゃんはとても気持ちよさそうに、目を細めて仰向きになって横になる。
チクショウ、なんて可愛い犬なんだろと思う。
お前そんなふうに可愛いから、三橋のことも懐柔出来ちゃったんだな。
オレみたいに、ちょっと手に負えない感じのは三橋は警戒しちゃってなかなか近づいてきてくれないんだぞ。いや、近づいていけば構ってくれるけど、話してくれるけど。でも、それっていつも俺からアプローチしてるだけでさ。(あぁ、でもそれはアイちゃんだって同じか)(いやいや、でもアイちゃんは俺よりも先に三橋の頬を舐めたよ)

「良いなぁ、アイちゃん」
「えぇ?」
「羨ましい、アイちゃんが。最初は苦手だったのに、ちょっとづつ慣れてきてもらえてて」

三橋はオレの言葉に、困ったように眉を下げて俯いた。
責められたとでも思っているんだろう。確かに、今のオレの口調は普段のものに比べるとちょっと真面目な響きがあって、辛辣に思えないこともなかったかもしれない。
そんなもの、ヒガイモウソウ以外の何物でもないのに。
三橋は、涙目になって、俯いたままだけど何かを言いたいらしくてもやもやと不明瞭な音を口の中で回すようにして言っている。

「え、なに?」

聞こえないよ。
言ったら、その瞬間三橋の顔がバッと上げられた。

「ご、ごめっ」

あ、怖がらせたな。
挙動不審に眼球を左右に動かして、決してオレとは目を合わせようとしない。紅潮していく顔は、もはや恥じらいではなくて病気めいたものですらある。
気持ちが悪いぐらいに怯えてみせる三橋に、オレは少し幻滅した。
だって、オレがこんなにも好意を向けているっていうのに、その見返りがまるでない。それどころか、拒絶されるような態度を取られてしまう。

「三橋、オレ、怒ってないよ」
「あ、う」
「そんな、話せなくなっちゃうまで怯えないでよ。オレ怒ってないし。分かるだろ?オレ馬鹿だから、なんでもポンポン言っちゃうんだ」

だから嫌だと思ったら、近づきもしないよ。
慰めるつもりで言ったのに、三橋ときたらでもでもとどもって小さく掠れた声で「だって、チームメイト、だから、」なんて、そんな卑屈なことを言う。
そんな小細工オレに出来るもんか。
つい吐き捨てるように言ってしまったら、三橋が泣いた。
大泣きだ。
そんな風に怒鳴るようにして泣き声をあげたら、喉が潰れてしまうんじゃないかと思った。アイちゃんが、三橋の下で慌てたように吼えた。興奮するなよ鬱陶しい、と思わず足下をちょろちょろする存在を蹴り飛ばしてしまいたくなりながらも堪えて、三橋三橋と出来る限りの優しい声色で呼んだ。
練習をしていたみんなが、何事かとこちらを見てくる。ハナからオレを責めるような視線をぶつけてくる人間もいて、それもまた鬱陶しい。

「勘違いしないでよ。オレが三橋のことを嫌いなわけがないのに」
「うぁ・・うっ・・」

引きつった声は、既にちょっとしゃがれていた。
呼吸をしようとするたびに大きく上下する肩は、上手く呼吸が出来ていない証拠だろう。
オレはそんな三橋を落ち着かせるために、そっと肩にそれぞれ手を置いて向かい合うとごめんねと謝る。(別に悪いことをしたとは思っていないけれども)(それでも、三橋が泣き出してしまったというのなら、慰めるためにオレはなんでもしましょうと思う)(それはもう、大好きなご主人様のためにならなんでもする従順な犬のようにね)

「三橋。ほんと、ごめん。言い方が悪かったんだよな多分」

首を傾げて俯く三橋の顔をのぞき込む。
泣いて真っ赤に染まっている三橋の顔は、見ているだけでその熱がこっちにも伝わってきそうなほどだ。実際に、吐かれて当たる息はじんと熱い。

「許してくれる?」

しおらしく聞くと、三橋が目線だけを上げてオレを見た。

「お、オレっが・・わ、わるいっ」
「そんなことないよ。三橋は悪くないよ」

オレも悪くないけど。
口には出さずに心の中でだけ言って、三橋の顔をもう一度しっかりとのぞき込んで見る。
ばちりと目が合う。
ジャッジャッと砂を踏みしめて擦る音が近くなる。みんなが集まってくる。
きっとオレは責められるだろう。何人かは、あからさまにオレと三橋の間に割って入ってくるだろう。
だからオレは、今こそその時とばかりにすぐ目の前、息の掛かるところにある三橋の顔を掴んでペロリと涙跡のある頬を舐めてやった。
塩辛くてなま暖かくて、別に感激するようなものではなかったけれどもまぁこんなものだろう。
ただ相手が三橋というだけで、とても興奮してしまう。
練習で砂にまみれた顔は、土臭くて、ざらざらしていてけれども柔らかくて少し乳臭い。(さすが三橋)
テメェ何してんだよ、と阿部が怒鳴り込んでくる。
三橋は生理的にではなく、感情的に頬を赤く染めている。
オレはワンワン、アイちゃんの真似なんつって。とか言っておどけて三橋の頬をもう一度ペロリと舐めた。









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