昔々、ではなくつい最近のこと。
ちょっと柄の悪い妖精が、ちょっとどころかかなり卑屈な少年に特別な想いを抱きました。
異種間です。しかも同性です。でもそんなことは気にしません。
だって、これは物語ですから。




■フェアリーテイル■
大きなプリンを丸ごと一つ、皿の上に逆さまに出してちょっとづつスプーンですくって味わいながら食べることの幸せは何物にも代え難い。
駅前の某有名チェーン店が売りに出している、一日限定五十個プリンは目下三橋の大ブームで大好物であった。
なかなか手には入らないはずなのに、彼の母親は三橋が気に入ったのだと知ると週に二、三度は必ず食後にこの特大プリンを出してくれる。
その日は三橋が家に帰ると母親がいなくて、代わりにダイニングテーブルの上にあったのは「遅くなります」の置き手紙と支度の調えられた食卓だった。手紙には「冷蔵庫にプリンがあります」の一文もある。
わぁと顔を緩ませて、冷蔵庫の扉を開けるとひやりと冷たい冷気に包まれて、確かに特大プリンが鎮座している。
一刻も早くプリンの甘さを味わいたくて、三橋はいそいそと手を洗うと行儀良く席に着いて、頂きますと手を合わせた。とは言っても、食べるのはプリンではなく夕食だ。好きなものは後に残す主義の三橋は、プリンのことで頭をいっぱいにしながらも瞬く間に夕食を食べ進めていく。
冷めかけたおかずも、デザートへの前菜と思えばなんとも味わい深い。
すっかり食べきるまでにそうそう時間は掛からなかった。大食いではあるが、決して早食いではない三橋にとっては驚異的な早さだ。
小ぶりの皿を用意して、浮かれた気持ちで冷蔵庫から取り出したプリンのプラスチックの包装を開ける。
ペリペリと、少しづつ。中身が飛び出してしまわはないように、ゆっくり気を付けて開けていく。
ふわりと香る、甘いバニラとキャラメル。
それはいつもと同じ、幸せな香りだ。しかし、今回はどうにも様子がおかしい。半分も包装を開けた時だろうか、うっすらとドライアイスを蒸発させたかのような白い煙がプリンの容器からたち上る。
慌てた三橋は、ぴたりと手を止めた。
火事?出火原因はプリン?
そんなことはあり得ない。あり得ないのだが、確かに煙りはプリンの容器から出ているのだ。
恐る恐る、目線の高さをプリンに合わせて凝視する。
もうもうと、煙は勢いを増し三橋の目の前でついにボンッと音を立てて爆発した。

「どーも、こんにちわー。もしくはおはようございますはたまたこんばんわ。プリンの精のイズミですっ」
「ひぃぃ!?」

三橋は涙目になりながら、思い切り後ずさった。
何せ煙りを割っていきなり少年が現れたのだから、それは普通ではない。
しかも勝手に出てきたくせに、やる気がまるで感じられない。気怠そうにため息すら吐いている。

「あ、あのっ」
「ん?」
「どちらの・・手品師さんです、か?」
「バカ!お前人の話聞いてねぇな!?」
「ひっ」

少年は、ダンと机を平手で叩くと

「オレはプリンの精でイズミってーの。うさんくさくてあんま言いたくないんだから、何度も言わせんな」

やるせなさそうに言う。

「ほ、ホントに?手品じゃないの?」
「本当だよ。お前があんまりおいしそうにプリン食べるから、そういう奴にはちゃーんと恩返ししないといけないの。そういう決まりなんだよ」

まるで、作り話のようで現実味がない上に、恩返しという割には大層不貞不貞しいことこの上ない。
しかし、三橋はそういったところはまるで気にならないらしく、それよりも目の前にいる「プリンの精」とやらに好奇心がくすぐられて仕方がないようだ。
ファンタジックなことを言う泉は、その名前もさることながら服装もまるで今の男子中高生のものと変わりがない。プリンから出てきたことを除けば、普通の少年である。
それなのに、微塵の疑いも持たない三橋はすごいと呟く。
イズミが、三橋のそんな様子に呆れた表情を浮かべた。

「お前ホントに信じちゃってるんだね」
「え・・。だ、だめですか?」
「駄目っつーかさぁ。普通は引かれるよね。だってあり得ないじゃん、プリンの精とかバッカじゃないの?みたいな。まぁ、そもそもオレが出る程プリン美味そうに食べる奴も、珍しいんだけどね」

わはは、と繊細そうに見える外見とは裏腹に豪快に笑う。

「あのでも・・・本当なんですよ・・ね?」
「こんな馬鹿馬鹿しいウソつくかよ」
「じゃぁ、しんじ、ます」
「・・・お前、騙されて高いツボ買っちゃうタイプだろ」
「うえぇっ?」
「まぁいいや。恩返しとして、願い事一つ叶えることになってるから、ゆっくり考えてよ」

手のひらを振って、適当に言う。
心底やる気の感じられない態度だ。

「あの。プリンの精さん・・」
「はいストップ!」

イズミは三橋の口を手で覆って、言葉を遮ると眉を顰めた。

「その呼び方なし。イズミでいいよっていうかイズミにして。あと、外見年齢も同じぐらいだから敬語じゃなくて良いよ」
「ふぁ、ふぁんでふか?」

口を覆われたまま喋った為不明瞭になった発音に、イズミは無言で手を離し繰り返すように促す。
三橋もそれを解して、覆われて少し湿っぽい口周りをさすりながら

「何でですか?」

と言い直した。

「敬語」
「あう・・・な、なんで?」

良し、と満足げに頷いて泉は手近な椅子にさも当然のような態度で腰を下ろした。

「だって、ダサイじゃん。名前は気に入ってるけど、肩書きは気に入らないんだよね」
「良いと思うのに・・・」
「なんだって?」
「な、なんでもない、ですっ・・じゃなくて、ない、よ!」

一睨みされて肩を竦めた三橋を尻目に、イズミはまったくとため息を吐いてマイペースに話しを続ける。

「あと敬語は、うち解けられない感じがするから。ってのと、お前相手だとどうにもいじめてるみたいで、気分良くないから」

さらりと何でもないようにきついことを言う。
しかし本人には悪気の欠片もないようだから、おそらくはこれが彼の性格なのだろう。
嫌味がないから、腹も立たない。
もっとも、仮に嫌味があったとしても、鈍い三橋には大抵の嫌味などは通用しなかっただろう。

「そ、そっか」
「あ、別にだからお前がどうとか言うつもりはないよ?希少価値高い俺のこと呼び出すぐらいなんだから、多少変わってた方が良い」
「俺、変わってる・・の?」
「自覚がない辺りとか、特にね」

イズミが言いながらパチンと指を鳴す。すると、瞬く間に目の前に湯気の立ったティーセットが現れた。

「おお!?」
「お前もいる?」

ポン、ともう一セット。

「うおっ!」
「願い事叶えるって言ってるぐらいなんだから、こんぐらい出来て当然だろ」

大げさに目を瞬く三橋に照れたように苦笑して、イズミはぶっきらぼうに言い放つ。
テーブルの上に並んだ英国貴族さながらのティーセットは、もちろん三段のスナック付き。上からジャムとクリーム、スコーン、サンドウィッチと良い香りを漂わせるそれらに、人一倍食欲の旺盛な三橋はうっとりと見入る。

「すごい、ね。プリンの精なのに、何でも出せるんだ」
「バカ。プリン関係しか出来なかったら、願い事なんて叶えられるかよ」
「で、でも。もしプリン、山ほど食べたいって思ったら、だいじょぶ、だよ」

イズミはそこで、わははと豪快に笑う。

「そんな物好きそうそういないって。何でも叶うんだぞ?願い増やしてくれって以外は、何でもっ」
「でも。俺、プリン大好きだよ」

笑われて羞恥に顔を赤く染めて俯きながら、三橋は細々と言って派手なティーセットに(三橋的には)見劣りしないプリンにちらりと視線を向ける。

「だから、あの。これ、食べちゃってもイイ、かな・・・なんて・・」

弱々しく、テーブルの上に鎮座しているプリンを指さす。

「そりゃぁ、全然構わないけど」

何でそんなことを聞くのだと、訪ねると三橋は、縮こめていた体をより一層小さくして、ちらりと上目使いで泉を見た。
責められたとでも思ったのだろうか。
ちらりと上目遣いに見上げられる様は、その色素の薄い四方に跳ねた髪と相成ってまるで飼い主に怒られている犬のような錯覚すら見る者に与える。
イズミがいっそ笑いたくなるのを堪えていると、三橋が小さな声でぽそりと、

「だってね、消えちゃうかと思ったから」
「えぇ?」

誰が?俺が?とイズミは人差し指を自身に向けて、双眸を見開いた。
三橋は、肯定の意で顎を引いて頷くと、あのねとおぼつかない口調で続ける。

「魔神はランプから出てくるでしょう?ランプがないといけない、でしょ?だから、イズミ・・、くんも、プリンから出てきたから・・・」
「あぁはい、なるほどね」

紅茶を一啜りして、イズミは大仰に頷いた。

「俺はそういうのと違って、呼び出されるのに必要な道具とかないから・・まぁ、最初を除いてね。あくまでも俺の意志が優先されて、無理矢理呼ばれることってないの。時々、お前みたいな奴の前に出て願い事叶えてさえすれば、ほぼ自由ってこと」
「おぉ」

三橋が、感激したかのように拍手をする。
大げさだなと苦笑しながらイズミは、手のひらを翻してプリンを勧めた。

「食べても大丈夫だよ。っていうか、是非とも味わって食べてクダサイ」

わざとの慇懃な口調に、三橋がちらりと口元だけで笑ってそっとプリンの器を手に取った。スプーンで縁のところを軽くついて、空気の隙間を作り上下逆さまになった底を何度か叩く。これが綺麗に皿の上に落ちると最高に気持ちが良いのだ。
三橋は、じぃっとプリンと手元だけに凝視して、イズミの存在も忘れてしまったかのようにその作業に没頭した。
おぼつかない手つきは、まるで幼子のようで見ている方が緊張してしまう。
ようやくスプーンで一掬い出来た時には、たっぷり五分が経っていた。

(驚異的だ)

掛けようと思って掛けられる時間ではない。
いくら色素が薄くたってアングロサクソン系人種でもあるまいし、どうしてここまで不器用になれるのかとイズミはスプーンを握る三橋の指先を見つめた。
物腰に似合わず、ちょっと節くれ立ってはいるもののバランスの良い手だ。

(あ、でもちょっと指が短い)

だからもたつくのだろうか。
頬杖をついて見ていると、三橋の手の動きがぴたりと止まる。
顔を上げた途端、三橋と視線がかち合った。

「あ」

か細く三橋が吐息を漏らす。

「なに?」
「あの。た、食べる?」

へらりと眉を下げて照れ笑いしながら、三橋はスプーンに掬ったプリンを差し出した。
弱々しい仕草と態度。
けれど、それが苛立つということは不思議となかった。

「おいしいんだよ、すごく」

なんだか三橋と話していると脱力してしまうなと、イズミは内心苦笑する。
だって勧められるまでもなく、プリンの味などイズミには分かり切ったことなのだ。恥ずかしながらもプリンの精だと何度も名乗って、それを中心に会話をしてきているのに、何を三橋が語ることがあろうか。
冷めた感情がそう言っているのに反して、イズミはそれじゃぁ一口と身を乗り出して差し出されているプリンにスプーンごとかぶりついた。
満足そうな三橋を見て、イズミもまたそれに満足した。
甘ったるいカラメルとバニラが口いっぱいに広がって、こういうのって俺のイメージじゃないよなぁと自嘲的なことを思う。
どちらかといえば、こういうふわふわした味のものは三橋にこそ似合う。
イズミは、はぁと大げさなため息を吐いた。
それに気づいた三橋が、スプーンを口にくわえたまま不安げな表情を浮かべる。
泣いてしまいそうだ、とイズミは思った。

「は、早く帰りたい、よね。ごめんなさい・・」

震える声で謝られて、イズミは一瞬何事か理解出来なかった。しかし、不明瞭にぼそぼそと言う中で「考えなくちゃ」や「願い事」などの単語を聞き取れて、納得がいった。
三橋はイズミのため息の原因が、願い事を言わない自分に呆れてだと思ったようである。

(いつもは確かに、さっさと決めて戻りたいんだけどなぁ)

何故だか、三橋に対してはそんなこと微塵も感じなかった。

「なんつーか、心地良いわ」

聞き取りにくい不明瞭で小さな声で、ゆっくりたどたどしくプリンを語られたり、驚かれたり感激されたり。

「心地良いよ。お前といるの。いつまででも願い事考えてても良いよ。待つし待ちたい。もっと、一緒にいたいかも、しれない」
「えっと・・・、叶えるまでなの?イズミくんが、いられる、のは」
「うんそうね。時間制限はないけど、願い事叶えるまでって条件はある」

ふっと表情を翳らせる三橋に自惚れた優越感やら喜びやらを感じながら、イズミはだからねぇとおっとりとした口調で三橋を見据えながら続けた。

「是非とも、じっくりゆっくり悩んでよ。オレはその間に、外の世界を満喫したり、お前といるのが心地よくなっちゃってることについて思考したり、なんだり色々してるからさ」
「それは、全然いいけ、ど・・」

上目遣いでちらりとイズミを見上げて、それから顔を俯かせる。

「別に、ウソつかないでいい、よ」
「ウソ?」
「オレといて、ココチイイなんてあり得ないんだから」

拗ねた口調は、さっきまでの気弱な口調のままだけれどもそれでもどこか少し砕けた感じでもある。
卑屈極まりない言葉なのに、イズミはそれに対して思い切り顔を緩ませて三橋の髪をかき混ぜるように強く撫でた。

「あぁもう、ごめんて。外にいたくて、三橋を懐柔しようとかってつもりじゃないんだからね?そう聞こえてたらごめんね?でも、違うんだからね?」

湧き上がる愛おしさと一緒に、ぎゅぅっと力一杯三橋を抱きしめた。
ぐぅと唸る三橋から、甘いカラメルの薫が広がった。









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