野球一筋。
恋だの愛だの、そんなもんは憧れだけで十分や。
ましてや、遠距離恋愛なんて冗談じゃない。
そんな面倒なことしてたまるかい。
(なんて思ってたころの俺、一体どこに行ってしまったんや)
(帰ってこいとは言わんけど、せめてもうちょっと理性を俺に残しとけっちゅーねん)
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「あんたが、三橋の従姉妹?」 ルリは教室を出ようとしたところに立ち塞がって、何の前置きもなく不躾に言う男をじろりと睨み上げた。 「そういうあんたは、野球部の織田くんね」 「なんや、俺有名人かい」 「うちの学校で関西弁話すのなんて、織田くんぐらいでしょ」 素っ気なく言ってルリは、それじゃぁと織田の脇をすり抜けようとした。しかし、織田が待て待てと大げさに慌ててそれを止める。 「なに?」 「きっついなぁ。話があるから、呼び止めたに決まっとるやないか」 太い眉毛を情けなくたれ下げて、織田は困ったように笑った。ルリは、そんな表情と仕草を見て、ちょっと珍しいぐらいに老けた人だなと思う。 高校一年の一学期なんて、まだ中学生と何ら変わりはないはずだ。証拠にルリの幼なじみで、織田のチームメイトである叶修吾などはまだ全然幼さが抜けきっていない。 (あと、廉も) 思って、そういえばと織田の最初の言葉を思い出す。 「あたしも三橋なんだけど。織田くんの言うのは、うちの従兄弟のことかしら?」 挑発的な言葉に、織田は気を悪くした風でもなく「そうや」とごく平淡に答えた。 「でも、用があるのはそっちじゃなくてあんたやで」 笑った顔は友好的ではあるのだが、締まりのなさがルリは気にくわない。 フンと鼻で笑うような態度でルリが腕を組んで織田を見上げると、織田は意外そうな表情で首をちょっと傾げた。 「なによ?」 「いや、遺伝子とは恐ろしいものやね」 「はぁ?」 「自分、西浦の三橋にそっくりやないか。あ、別に男女言ってるわけやないよ。でも、目元とか、なぁ?良く言われへん?」 楽しそうに言う織田に、ルリは相変わらず頑なな態度でまぁねと素っ気なく答える。 「小さいころ、双子に間違われたこともあるわ」 しかもその頃から気弱だった廉とは対照的なルリが、兄だと間違われたことも少なくはない。そこまでは口にしなかったが、思い出してふとルリは懐かしい気持ちに酔う。 思えば、ずっと廉を守ってやらなければと思い続けてきたのだから、その「お兄ちゃん」という介錯だってあながち間違ったものではないのかもしれない。 「お姉ちゃん」として世話を焼くということは当たり前、廉が喧嘩に巻き込まれれば助けにいった辺りは立派な「お兄ちゃん」らしい所業であったろう。 ただの一度も、面倒だと思ったことはなく廉の世話をすることに何の疑問も抱かなかった。 今は、離れてしまって簡単には会えなくなってしまったけれど。 もしも、廉が望めばルリは学校を休んでだって廉の元に駆けつけてしまえるという確信があった。 (でも。四月から一度だって、廉から電話をかけてきてくれたことなんてない) 寂しい、というよりは悔しいのかもしれない。 自分ばっかりが、廉のことを気にしている。 そんなの、前から当たり前のことだったのに、離れてしまうと気持ちというものは酷く揺らいでしまうものらしい。 「まぁ、今だって十分姉弟で通じるとは思うけど」 ぎゅっと胸が詰まったように痛んだのを誤魔化すように、ルリは敢えて軽く言ってその考えから思考を遠ざけた。 「やろなぁ。あぁ、ほんまに三橋に似とるわ」 「だから。それで一体、なんの用?」 「いやね、俺ずぅっと叶にあんたのこと紹介するよーに頼んどったの。あいつ、面倒臭がってんのか、幼なじみ取られるの嫌なんか知らんけど、全然紹介してくれへんからこっちから来てしまったというわけや」 「ふぅん」 馬鹿馬鹿しい。 ルリは半眼で、織田を見上げた。 吊り上がった目尻は、普段は活発な印象を与えるだけだが、こういう時には相手の気を削ぐのになかなか有効だったりすることをルリはしっかりと分かっていた。 派手に怒鳴りつけるよりも、呆れた表情で相手を見据えてやった方がよっぽど堪えるものなのだ。 それは、ルリが廉を助ける喧嘩をしているうち、体力では男子に叶わなくなり始めたころからずっと使っていたから実証済みである。 しかし、織田は鈍感なのかちっとも堪えた様子はない。 にんまりと笑って、「いや、思った通りやったわ」などと、浮かれた口調で言っている。 「あたし、バカな男は嫌いなの」 「スポーツ特待やけど、頭の方もかろうじて平均的やで」 「人間的にバカな男が嫌なの」 「なるほどなぁ。俺、軽く見える?」 思いっきりね。 ルリは大きく頷いてやった。 「それは誤解やで。今は、嬉しくて浮かれてるだけで。普段はもっと、気の良いお兄さんよ?」 「あぁ。叶は、あんたのこと面倒見の良いやつだって」 「あ、そんなこと言われてたんや」 少し照れた。 尊大に受け止めるのかと思っていたから、ルリは思わず目を見開いた。 案外、悪い奴ではないのかもしれないという思いがちらと頭を掠める。 「しかし、自分ら仲良いんやなぁ」 前言撤回。織田の言葉にルリは、大げさなぐらいに眉を顰めて憎々しげに朽ちを歪めた。 「叶と、あたしが?ありえないっ」 「でも、あいつが女子と必要事項以外で喋ってんのなんて、滅多にないやろ」 確かに、叶は小学生のころは女子から絶大な不人気を誇っていた。 中学に入ってからはさすがに叶もガキ大将めいたところが薄れてきた分、女子からも話しかけることが増えてはきているし、彼に興味を持つ子もいるらしい。 しかし、当の本人がまるでそういった色恋沙汰に興味がないのか、素っ気ない態度にはやはり近づきがたいものがあるらしく、結局女友達と呼べるのはルリぐらいなものなのだ。 だから、仲を邪推されることも多々ある。それが、ルリには鬱陶しくて仕方がない。 「別に、あたしと叶は何でもないんだからね。これっぽっちも意識なんてしてないんだから」 「叶も同じこと言ってたわー。間に三橋がおらんかったら、とっくに縁切れてるって」 愉快そうに言う織田は、でもなぁと間延びした口調で続けた。 「従兄弟とか幼なじみだとかって以外に、西浦の三橋世話してやる理由ってあるん?言っちゃ悪いけど、あいつめっちゃ印象薄いやん。気が弱そうで、自分らとは全く逆のタイプやし」 自分で言いだしておきながら、居心地悪そうに目線を泳がせる織田にルリは「馬鹿じゃないの?」と冷たく言い放つ。 「あたし、廉のことを悪く言う奴は嫌いだけど、廉を必要以上に気にする奴はもっと嫌い」 「それ叶やろ」 「自覚すらないなんて。最低だわね」 「えぇ?」 甲高い声を出して惚ける織田。 ルリは、呆れたようにため息を吐いて織田を見上げた。 「印象が薄いとか言ってるくせに、廉の目元とか覚えてたりしてさ。何度もあたしと似てる似てるって言ったりさ。あんたが気になってるのは、廉なんでしょ?」 わざとはすっぱな口調で畳みかけるように言って、ルリは織田の出方を待った。 織田は、ポカンと口を開けて無言のまま、しかしルリが尊大に見上げてくるのが相当居心地悪く思えたらしくふっと逸らした目線は決して合わせようとはしない。 ルリにしてみれば、その態度が既に答えになっていると思った。 「廉のこと気になるんでしょ?あたしは、代わりにされそうだったってことで」 「えぇ!?」 「なんで、あんたが驚くのよ。もう、馬鹿みたい」 「いや・・ちょ、俺そんな風に考えとったんかい」 「そんなことまで、人に聞いてんじゃないわよ!」 きっと目尻をさらにつり上げて、ルリは叩き付けるように言った。 織田はしばし考え込むように目を伏せて沈黙すると、ルリが呆れてその場を立ち去ろうとしたのとほぼ同時にその腕を無骨な手で掴んだ。 慌てたルリに織田は真摯な顔つきで、 「じゃ、その、西浦の三橋を俺に紹介してくれやっ!」 唾が飛びそうなぐらいに、意気込んで言った。 「するわけないでしょ、単純馬鹿!」 パシンと織田の二の腕をひっぱたいて、人差し指を突きつけた。 「廉はあたしがずぅっと一生守り続けてやるわよっ」 苦笑してみせる織田は、余裕ありげにしか見えなくて腹立たしい。 (叶にも言いつけてやる) そうすれば、きっと織田は部活でも妨害に遭うはずだから。 ほくそ笑んで、ルリはさっそく次の休み時間に叶を訪ねようと思った。 |