「好きです。大好きです!」


「俺もだよ!」


なんて あ り え ま せ ん ね 。 



スティルアップインダエア
四時間目の終業チャイムと同時に、教室や廊下が落ちつきない雰囲気に包まれる。
阿部もまた、いささか浮き足だった気持ちで教室を出た。
向かった先は、九組。
後ろのドアからひょいと顔を覗かせると、顔なじみの生徒が「三橋か?」と親切にも声をかけてきてくれる。

「三橋なら、さっき田島と出てったよ」
「マジで?こっち来るって言っといたんだけどなぁ」
「なら、戻ってくるんじゃね?」

クラスメイトの言葉に、阿部はまぁなと適当に返す。本当は、それどころじゃなかったのだ。
ちょっと、行き違っただけのことなのに、阿部にはそれが腹立たしくて仕方がない。
相手が、何となく気が付けば三橋の隣をキープしている田島だというのも気にくわなかった。
入って待ってれば、と勧められたのを断って阿部は腕を組んだまま廊下側の壁にもたれ掛かった。
元々人の良い顔つきではない阿部が、さらに仏頂面で眉間に皺を寄せているのを見てそこを通る生徒達が一瞬びくりとして、慌てて迂回する。
イライラと人差し指で二の腕を叩く。
ふと、影が差して見上げるとそこには花井が困惑した表情でいた。

「三橋迎えに来たんじゃなかったっけ?」
「田島とどっか行ったって」
「どっかって?」
「知ってたら、ここで立ちんぼしてねーし」

つまらなそうに吐き捨てる阿部に、花井はやれやれといった風にため息を吐いた。

「お前さぁ、顔、相当すごいよ」
「はぁ?」
「約束してたんだろ?なら、戻ってくるんだろうから、んなイライラするんなよ」

宥めるように言う花井を、阿部はじろりと睨み上げる。
据わった目つきは凶暴で、さながら世の中の何も信じられなくなっている不良少年のようだ、と花井は最近見たばかりのドラマに出てきていた不良高校生と重ねてみて思った。
ただドラマ内の少年が大人に裏切られてトラウマになっているという、暗く重い過去のせいで擦れているのとは違い、阿部はひたすらに三橋中心自分中心であるだけだ。

「俺は、物事が予定通りに行かないのがすごく嫌なんだよ。特に、休み時間とか、限られた時間だったら余計に」

実に阿部らしい我が儘である。
ここまで自己中心的だと、いっそすがすがしい。
花井は、ため息を吐くことも忘れてポカンと阿部を見ていた。
すると、阿部がさらに不機嫌そうに、だいたいなぁと語調を強めて花井を責め始めた。

「お前もキャプテンなら、田島のことしっかり見張っとけよ」
「キャプテンには部員を見張る義務も権利もありませんっ」
「そんなん知るか。これで、三橋に何かあってみろ。お前ただじゃ済まされねぇぞ」

ワントーン落とされた声は、本気の現れか。

「な、何かって何だよ?」
「そりゃ、あの田島が一緒なんだから、ふざけて後ろから抱きつかれて階段から落ちるとか。背中に虫入れられて驚いたら、その拍子にすっころんで肘ぶつけるとか。考えるだけ、不安になるだけだ」

阿部の言う事柄は、確かにあり得ないとは言い難い。田島の常に高くあるテンションと、三橋の危なっかしさが揃えば不慮の事故も不慮ではなく必然にならざるを得ないのかもしれない。
しかし、まだあくまでの予想の域を出てはいない。

「あんまり田島の奴を、疑うなよ」
「田島だけじゃない。三橋の奴だって、何でいつも俺より田島と一緒に行動するのを、優先してるんだよ」
「そんなことないよ。三橋は、健気なぐらいに、お前の言うこと聞いてるよ」
「だから余計に気に入らねー」

吐き捨てるように言って、阿部は壁から体を離して花井が立っている方とは逆方向に目を向けた。
一瞬三橋達が戻ってきたのかと、花井も視線を上げたが阿部の気まぐれなだけだったようで、そこに彼らの姿はなかった。
それに花井は、無意識のうちに安堵する。
多分、今の阿部は三橋が戻ってきた途端、不機嫌な顔を一変させて和らげるのだろう。
それは微妙な変化で、端から見れば阿部が三橋に腹を立てているようにしか見えないのかもしれない。
そして、それは正しいのだ。
腹を立てている時ほど、阿部はわざとぶっきらぼうに優しく接する演技をする。
阿部のやり方は、底意地が悪い。
特には甘やかす態度を見せながら、本人にはまるで悪気がないようにふるまって三橋のコンプレックスを刺激していく。
そうして涙目になる三橋に、あたかも今気が付いたとでも言うかのように驚いてみせて慰める。
それが花井の思いこみではないという確証はない。確証はないのに、確信が花井にはあった。

「お前が心配するほど、三橋は薄情者でもないし、身軽でもないと思うぞ」
「でも、三橋がそうじゃなくたって、周りが三橋に対してちょっかい出してくる」
「邪推だろ」
「邪推じゃない。それで、それに気が付かないでほいほい付いてく三橋も悪い。俺の言うことは聞くけど、従順じゃないあいつが悪い」
「随分自分勝手な言い分だとは思わないのか?」

花井の言葉に、阿部はフンと鼻で笑って「ちっとも」と悪びれなく言う。

「好きな奴には、もっと優しくしてやれよ」

うんざりした声で言った言葉に、阿部の双眸が意外そうに見開かれる。

「なんだ、知ってたのか」
「隠してたつもりもないくせに、よく言う」

毒づく花井に、阿部はそこ意地悪く笑って「でも、本人には気づかれてない」とその表情とは裏腹に静かに言う。

「情緒育つまでちゃんと待ってんだ。だって、今、三橋の奴に好きだなんて言ったら、あいつきっと情緒不安定になって落ち込むもん」

楽しそうにあっけらかんと言ってのける阿部の愛情は、歪んでいると花井は思った。

「理解出来ない。お前なんで、そんなに三橋に執着するんだ?あいつもお前も、男なんだぞ」

同じ野球部員として、部室で着替えて合宿して一緒に寝て風呂入って。何でもないそんな場面で、チームメイトに欲情の目線を向けているだなんてちょっとぞっとしない。
三橋は小柄で、卑屈な性格だってちょっと置き換えてみれば引っ込み思案と言えないこともないから、まぁ、可愛いと言えないこともない。

「そりゃ、確かに、可愛げはある方だよ。三橋は」
「あ、ほら」

阿部が花井を指さして、これ見よがしに肩を竦めて嘆いてみせる。
彼らしくない、大げさで意地悪というよりも嫌味たらしいその動作に、花井はムッとしてムキになって反論した。

「でも、それだけだ。別に好きだとかそういうのじゃないし。どっちかってーと、俺はモモカンみたいなのがタイプなんだ」
「どっちかというと!」

叩き付けるように、阿部は花井の言葉を強調させる。

「恋愛するのに何の柵もない異性のモモカンと、恋愛対象になることは非常識極まりない同性の三橋を比べて、どっちかというと?」
「言いようだろ。別に、深い意味はないよ」
「でも、そういうのから、始まっちゃうこともあるかもしんねーぞ?」

茶化すような口調に、その目つきだけは妙に凶悪だった。

「ないよ。そうなったら、お前怖いし」
「良くお分かりで。さすがは、キャプテン」

拍手をされて、周りの生徒達が何事かと自分たちを振り返ってくる。
花井は恥ずかしさに身を縮めて、止めろよと阿部の片手首を掴んで制止させた。
阿部は、到底普段にはあり得ない程の満面ともいえる笑みを浮かべて、逆の空いている手で花井の腕を強く掴んで引き離しながら、

「離せよ。三橋に誤解される」

声は平坦に、愛想なく吐き捨てる。

「される程、三橋はお前に特別感情持ってるのかよ」
「キスの一つもすれば、簡単に意識するようになると思わね?」

まだしてないけど、と悪びれない。

「あー、イライラする」
「えぇ?」

三橋が田島と教室に向かって歩いてきているところだった。
並んで歩く二人を凝視する阿部に、花井は

「頼むから、殺傷沙汰だけは勘弁してくれよ」

冗談めかしてそう言うことしか出来なかった。
にやりと口端を上げて笑う阿部は、至極凶悪。
さてねと曖昧にしか返事を返されなくて、冗談にしきれない結論が花井には心地悪くて仕方がなかった。

(俺ら、一介の野球少年のはずなのになぁ)

花井は外に飛び出して、脇目もふらず野球をしたい衝動にかられた。
 








back