I think I LIKE you




しとしと、というよりはザァザァ。しずくというよりは飛沫。
朝から降り続いていた雨は一日中降り続くだろうと予報では言われていたが、午後になると見事な青空に変わっていた。
はしゃいで帰りにどこか寄っていこうよと帰宅部の人間が言っている中で、ふと通りかかった教師がニュースではまた降り出すって言ってるから早く帰れよと忠告をしている。不満の声が広がる横で、別に俺はどっちでも良いんだけどなぁと思う。晴れか雨か、違いは練習内容だけで放課後の予定が変わるわけではない。ただ放課後になる前に雲行きがはっきりすればそれで良いやと、大きなあくびを一つして椅子の背もたれに寄りかかると、たまたま目のあったクラスメイトの女子に栄口くんのあくび見ちゃった、と笑われた。
なんだか珍しいもの見た、とはしゃいでみせる彼女に表面上では笑って練習がきついからと軽口を交わしながらも内面ではうんざりする。
良く目が合う。割とどうでも良いことを話してくる。
人付き合いの中でそれは珍しい事ではないのだけれど、彼女がそれをすることをあまり好ましく思ってはいない。彼女が俺に好意を抱いていることが如実に分かってしまうからだ。そんなことを思う自分をうぬぼれていると、そんなことを思いすらしないほどに彼女の感情表現はあからさまだ。
周りもそれを暗黙のうちに了解しているようなところがあって、偶然にでも俺が彼女と並んで歩いたりでもしていれば、きゃぁと遠くから友人グループの悲鳴が聞こえる。
やりづらいなぁ、と思う。
告白をされたわけではないから、止めてくれとも言えなくて結局話しかけられるままに会話をしてしまってさらに彼女たちの盛り上がりを増長させてしまうのだ。
最初は彼女を避けてみようと思ったが、逆に噂を煽ってしまうような気がして結局は自分さえしっかりしていれば噂は噂のままで終わるのだからと開き直っている。
それでも、好ましくないことに変わりはない。第一その話題も、自分が練習中の時間帯にやっているテレビ番組のことだったりあまり興味のない芸能人のゴシップだったりするのだから、楽しさの欠片も感じられないのだ。
夜は練習があるからテレビは見られないんだ、だから芸能人のことも全然詳しくなくてさ、と苦笑混じりに言ったこともあるのに、絶対おもしろいから見た方が良いよと自分の都合でだけ話を進められてしまう。
悪い子ではないのだけれど好きにはなれないな、というのが正直な感情だ。

「夜の二時ぐらいの、深夜番組なんだけどね。すごいおもしろいんだよ」
「いやもう、夜は眠くてダメだからさ。練習あるし」
「そっか大変だよね。あたし、野球とかって全然分かんないからさぁ」

口元に細い指を当ててカラリと笑う彼女を見ながら、俺は思わず唸ってしまった。

「興味ある、みたいなこと言ってなかったっけ?」
「あったよ。でも、なんか難しいじゃない?」
「そうかな。昔からやってると、そうは思わないんだけどね」

にこにこと、得意の人当たりの良さでほんの少し、カチンと奥歯を噛みしめるほどの腹立たしさを覚えたことをカバーした。
あぁこの子は歩み寄ってくれるわけではないんだなぁ、と思うと期待もしていなかったくせにがっかりする。もし一生懸命ありったけの知識で野球の話をしてくれていたら、一瞬ドキッとときめいてしまうかもしれないのにと思って、すぐにその考えを消した。
ときめきはするかもしれない。だけど、それは継続する気持ちにはなり得ない。
自分の中の優先順位に今の時点では「女の子」は入っていないのだ。
だって野球してる方が女の子とお茶してるよりもずっと楽しいし、と考えていると不意にクアリとあくびが出た。

「ごめん」
「あたしの話、つまんない?」

実はそうなんですよ、と正直に言えば解放してくれるのかい?と芝居めいた台詞回しを頭の中で浮かべつつ、そうじゃなくて眠いんだよと言い訳をした。そのまま、会話の主導権が移ってしまわないうちに部活のことで聞きに行かないといけないことがあるから、と時計をちらりと見上げて急いでいることを遠回しに訴える。口実だけど、嘘ではない。
今急いで聞きに行く必要性を感じていなかっただけで、放課後までには部活の練習内容を知る必要があったのだから、どうせなら今それをしてしまおうと思っただけだ。
そういうことなので、罪悪感はまるでなかった。
話の切り上げにあからさまな嘘を使うよりも、ずっと良心的だとさえ自分で思う。
すると彼女はあぁだから、と呟いて納得をするような様子で頷いた。

「さっきから、あそこにいるのって野球部の人でしょ?」

楽しそうに指さす先には、休み時間特有の浮かれた雰囲気が充満している廊下がある。教室の戸は開け放たれているから、そこに一続きの開放的な空間を生み出しているのにも関わらず出入りするのは自分のクラスメイトだけというのが見えないルールに縛られているように感じられて、学校という場所だからこそ生まれる独特の規則性をしみじみと感じてしまう。

「三橋」

その規則にがんじがらめになったように、傍目に見ても明らかなほどに身を固くして立っている姿を、俺は名前を呼びながら小さく笑った。
俺の声に気づいた三橋が、ほっと息を吐く。
ちょっとごめん、と彼女に言ったかどうかすら覚えてはいない。言ったような気もするけれど、言わなかったような気もする。
ようするに、とてもおざなりな対応になってしまったのだと思うけれど、それもまた覚えがないのだから何とも言えない。

「三橋」
「あ、の、話は、大丈夫?」
「大丈夫だよ。それより三橋、どうした?練習のこと?」
「おれ、さっき、せ、先生が、練習の時間になってふ、降ってなかったら外でやるって」
「うーん、うんうん。シガポにみんなに回せって言われたってことだよね。放課後になって雨止んでたら外ね」
「そう。おれ、阿部くんたちにも、い、言わないと。巣山くん、にも、」
「いいよ。巣山には、俺言っておくからさ。っていうか、メールしちゃいなよ早いから」
「め、メール。栄口くん、頭、いいっ」
「良くないよ。ちゃんと全員回ろうとした三橋が律儀なんだってば。それにさメールしちゃえって言うのも、三橋にちょっと付き合ってもらいたかったからなんだ」

トイレにでも行って時間を潰そうと思っていた。
あたかも部活関係の用なのだと見せかけるには、三橋と連れ立って教室を出て行くのが得策に違いなかった。

「おれ、おれ、付き合い、たい」

三橋の頬が朱に染まる。
それを確認したその瞬間、わ、と背中を押された。彼女だ。
勢い良く駆け込んできたのか、背中への衝撃は大きなもので俺は三橋の方へ前のめりに倒れ込んでしまいそうになる。慌てて体をねじる。三橋も反射的に後ずさっているのが見えたので、何とかぶつからなくて済みそうだと安心してそのまま自分は廊下に倒れ込むことを覚悟した。我流の受け身でもそれなりに上手い具合に倒れることが出来たのか、思ったよりも痛みはなかったのですぐさま立ち上がり何て事をするだと怒鳴りつけるつもりだった。
いくら構ってほしいからって、そりゃやりすぎだよしかもエースに怪我でもさせたらどうしてくれるんだよとまるで阿部のような口ぶりがすっかり脳裏に浮かんでいた。
それなのに体はいつまでたっても動こうとしなかった。
覗き込んでくる三橋の顔は、今にも泣き出しそうだ。何故だか謝りたい気持ちになりながら、ふと思い出すさっきの言葉。
俺はトイレに付き合って欲しかったんだけれども、まさか三橋、あれを「お付き合い」として取ったのだろうか。なんてベタな、有り得ない。有り得ないけれど、それ以上になんで俺はこんなにも舞い上がった気分になっているのだろうか。
男だろ、三橋だろ、そう思えば言葉の足りない三橋らしい答え方だと納得出来る。頬が赤く染まったのだって、別に珍しいことじゃない。
ことじゃないけど、あのやり取りはまるで告白みたいじゃないか。
えぇとつまりあれだ、俺は三橋のことを、好きだったってことになるのか。

(えー、ちょっとそれはどうなの。分かったところで、三橋のあの言葉がそういう意味かどうかも怪しいってのに勝手に浮かれてる自分がいるなんてそうじゃなかった時の失望感はどうしすりゃ良いのかって話だよ)

確認をしたい。しなくてはいけない。
そう思うのに体は依然動かないままだし、世間体とか常識が言葉を遮るしどうにもならない。
せめて、目が覚めた時保健室で二人きりだと良いなと思って、でも三橋が自発的に動くわけないし無理だろうなぁとがっかりしながら目を閉じた。









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