ささくれ



風の爽やかな午後、ベットにごろりと横になってだらだらと過ごす時間に利央が至福を感じていると不意に部屋のドアが勢いよく開いた。
ダン、と音を立てて壁にぶつかり跳ね返ったドアをサイド手で押しのけて入って来たのは準太だった。準太は、まったく呼んだら出ろよと文句を言いながら部屋の主である利央を尻目にキャスターの付いている椅子に座り込む。
行儀悪く片膝を立てて、準太はあぁ暑かったとこれもまた文句のように不満げな声で言うと利央をジロリと睨んだ。
慌てたのは利央で、ぼんやりはしていたがしっかり目の冴えていた利央はチャイムを聞いた覚えは無かった。そのことを言うと、そっちだよと利央の足下に無造作に転がっている携帯を指さす。
見ると携帯は、サイレントモードになっていた。

「あ、うっかり」
「うっかりじゃねーよ。携帯の意味がまるでねー」
「ごめんなさいって。でも、出掛けて無くて良かった。俺んち、今日家にいるの俺だけだから・・・ん?」
「なんだよ」
「え、準さん勝手に入ってきたの?」

上半身を起こしてまじまじと準太を凝視する利央に、準太はわずらわしそうに顔をしかめた。

「鍵、開いてたし」
「開いてたから入って良いってことにはならないでしょ」
「開けてた方が悪い」
「そんなの、準さんの言い訳じゃん」

頬を膨らませながら言ってしまってから、利央はしまったとその口を両手で覆った。
利央は自分が悪いとは思ってはいない。確かに不用心だったという反省点はあるが、しかしだからといって人様の家に無断で上がり込んで良いというわけではないという意見を変えるつもりはなかった。
それでも、準太に対してそういう正論をいくら利央が言っても意味を成さないことも、利央は今までの経験上からとても良く分かっていた。
それなのに、毎回そこに考えが行き着くよりも先に口からポンと言葉を出してしまうのだ。
あぁ、と利央は奥歯を噛みしめた。

「準さん、あの」
「なんだよ」
「あの、顔、は」

しどろもどろに言いかける利央に、不気味なぐらいに爽やかな笑みを浮かべて準太はつま先で床を蹴ってキャスターを動かした。利央のいるベットにまでぴったりと椅子を付けて、少しだけ体を前屈みにする。

「顔は、なんだよ」

尋ねたくせに、それとほぼ同時に準太は手首を大きく振って軽く握った拳で利央の頬を撲った。
頬がひしゃげて、口の端が切れる。

「顔は、なんだよ?」
「やんないで欲しいなって、言おうとしたんです」
「やっちゃったね」

ごめんごめん、と準太は至極軽いノリで言ったそばからもう一度バチンと今度は平手で反対の頬を撲った。
痛いなぁ、と利央は慣れた様子でそれに対応する。
準太がこうして利央に暴力を振るうようになったのは、ここ数ヶ月のことだ。元々喧嘩っ早いところがあって、何かある度に拳骨を喰らわされたりつねられたりということはあった。しかしそれらはあくまでもおふざけの範囲で、利央は一度だってそれらの行為によって傷を作ったことはなかった。
しかし数ヶ月前、一度今と同じように殴られたことがあった。その時何が切欠で準太がそうしたのかは利央はもう覚えてはいない。
口の中が切れて呆然としている利央に、準太はごめんよと謝罪をした。利央は一体自分の何が準太をこうするまで怒らせてしまったのだろうかと不安になり、そのことで少し涙ぐんだ。だから謝ってくる準太に、きっと力加減を間違ってしまっただけなのだと自分で納得のいく理由をくっつけてその時準太を許した。
それがいけなかったのかな、と利央はじんわりと熱を帯びてくる頬を押さえながら思う。
両頬が赤く腫れているので、まるでリンゴ病のようだと思って少し泣けた。まだ幼かった頃にリンゴ病にかかった自分を見舞いに来た準太のことを思い出し、格好悪ぃのほらお見舞いとリンゴを置いて帰っていった準太は今と同じように意地悪な笑みを浮かべていた。
口の端をつり上げる、皮肉屋のような笑み。
それは幼い頃からずっと変わらない準太独特の笑い方だった。

「顔、腫れてたらヤバイの?」
「言い訳に結構困るんですよ」
「言えば良いじゃん。準さんにやられてるって。それとも言わないのって、利央、お前ひょっとしたらこういうの好きなの?」

空を平手で撲つ真似をして、準太はヒッヒと引きつった笑い声を上げる。利央はそれに曖昧な笑みを浮かべて違うよ、と返す。

「好きなもんか。でも、準さんがするのなら俺我慢するんだ」
「は?何だよ、やっぱりお前変態じゃん」
「違うもん。愛情だよ。準さんは、こういうことでしか感情表現出来ないんだもの」

言った途端に、ベットに倒れ込む程強く殴られた。それから、間髪を入れず鳩尾に足の裏が食い込む。
あぁ、昼飯食べて無くて良かった。
込み上げてくる嘔吐感に、利央はそんなことを冷静に思いながらゆっくり呼吸を整える。
ゆっくりと十秒ほど掛けて、一つ呼吸をする度にそれに合わせて体を起こしていく。

「ふざけんなよ。お前がそうやって偉そうに高みから物を言うって、そんなの有り得ないだろ」
「そう思うなら思えばいいよ。そんで、準さんは一生こうやって俺のこと蹴ったり殴ったりしてると良い」
「このマゾ」
「何とでも言ったら良いです。でも、今日はもう顔はやんないでください」
「言い訳が面倒だから?」
「明日、三橋と会うからです」

言った途端、右の頬を力一杯殴られて利央は壁に頭をぶつけて倒れた。

(本当は三橋のことが好きなくせにそれを認めもしないでただ俺のことだけを嫌って生きていくなんて、なんて悲しい人なんだろうね)

ゼロゼロ喉が鳴るので咳をすると、血の塊が口から飛び出た。

「鼻血、逆流しちゃった」

ゲラリと、準太の笑う声が部屋に響いた。








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