君はいつも泣き虫で自信がなくて。こんなに僕が好きだと言っても、あんなに彼が好きだと言っても、君は絶対笑わない。こんだけ好きなんだから、思いを遂げたいと思うわけです。わけなんですよ!イライラすることもあるのにでも、やっぱり僕は君が好き。彼も君が好き。愛し疲れることなんてないのよ。わかってちょーだい、この一途な思い。おいていかないで、僕のことを。





・○。.冷蔵庫の温度=ノット君の体温●・.○。

開け放された冷蔵庫の扉。
その影に見えたのは真っ青に血の気が引いた三橋。
冷気が床を這う。
しゃがみ込んで、おういと呼んでも返事はなし。

「無駄だよ」

不意に降ってきた声に振り向くと、準さんが気怠そうに部屋着のジャージのまま立っていた。

「人が里帰りしてるうちに、また・・」
「てゆーか、お前生まれも育ちも日本じゃん」

ジャージの上から脇腹を掻きながら、あくびも一つ。

「いいの。俺は自分の中にある血を大事にしたいの。日本もブラジルもヨーロッパも、みんな俺の基盤で故郷なの」

準さんに視線を向けず、冷蔵庫の前で倒れている三橋に近づく。
そうすると、血の気は引いていてもそれはぱっと見ほど酷くないことが分かる。青ざめてみえていたのは、半分冷蔵庫の明かりが顔を不健康に照らしていたからでもあったのだ。
お前さぁ、と間延びした準さんの声に俺は少し苛立った。
三橋を抱き起こす俺に、手すら貸す気配も見せない。

「ブラジル行く前に、今のこと三橋に言っただろ」
「なにを?」

冷蔵庫の扉を乱暴に片手で閉めた。
担ぎ上げた三橋の顔は、頬がこけてしまっていてその危うさに泣きたくなる。

「里帰りするって。言っただろ。そしたら三橋、また何も考えたくなくなっちゃったんだって。お前の居場所がどっか遠くにあると思ったら、悲しくなっちゃったんだってさ」
「それで睡眠薬?」
「ちょっと抗体付いてきてんのかな。いつもだしね。飲んでも、なんか普通に歩き回ってて、冷蔵庫開けた途端に崩れるみたいに意識無くしてたよ」

ちょっとびっくりした。
そういって、笑みすら浮かべる準さん。
その無神経さにイライラして、奥歯をかみしめた。

「薬の中身変えといたんですよ。睡眠薬じゃなくて、ただのサプリメント」
「さすがは心配性男。でも、じゃ、なんで三橋起きねーの?」
「だから、それだけ心が病んでるんでしょ」

ベットに寝かせて、ちゃんと掛け布団をかけてやる。冷たくなった体の体温が、少しでも早く戻ってくれればいいなと思って手を握ってみた。
反応は何もないけれど、浅く動いている胸板に安心する。

「てゆーか、三橋のこと止めてくださいよ。何のために、俺ら一緒に住んでるんすか」
「三橋に惚れてるから」
「だから、止めてください」
「俺は別に、三橋の衝動的な自殺止める為に一緒に住んでるわけじゃないよ」

三橋のベット脇にしゃがみ込んで、顎をベットに乗せる。
優しく、慈しむような目で三橋のことを見ているくせに、その口では三橋が死んでも俺は良いと思うよと、酷いことを言う。
そういうことを準さんが言うのは初めてではない。
大学に上がって、三人で暮らし始めてしばらくして三橋が情緒不安定気味になったころから、ずっと同じように言い続けている。
そもそも三橋がこんな風に自殺未遂を繰り返すようになったのは、自分達のせいだと準さんは言った。
俺には、全く分からなかったし、そうさせる意識もなかったのだけれど。俺達二人に好かれているってこと、三橋は知っていて、だから依存してるらしい。
俺たちのどちらかが、三橋から離れる素振りをすれば、それで三橋は壊れてしまう。
準さんは、それを俺に教えてくれた時に「あくまでも俺の私見だけどね」と笑いながら言って、「でも、当たってると思う。最高だね」と続けた。
あぁ、この人の愛情というのは至極歪んでいるのだなと気づいたのはその時だ。
俺の思っていた、二人で三橋を守ろうとか、正々堂々やろうとか、そういう理想はその時に打ち砕かれてしまったのだ。俺は、三橋の命に無頓着な準さんからも、三橋を守らなくてはいけなくなった。

「俺は三橋に死なれたら困るんです。立ち直れない」
「知ってる。俺に負けないぐらい、利央は三橋のこと好きだもんね」
「じゃぁ、どうして死んでも良いだなんて薄情なこと言うんです?」

勢いがついて、三橋の手を握ったまま立ち上がってしまった。
途端に、三橋の上半身が大きく揺れたのだけれども、それでも三橋が目を覚ますことはない。
そっと手を離して準さんを見下ろすと、渋面で心外だとでも言いたげだ。

「薄情なもんか」

言って、ジャージのポケットから取り出したのは小さくて安っぽいカッターだった。文房具店で、というよりは駄菓子屋で売っていそうなオモチャのようなそれを、準さんは投げて寄こした。

「それね、いつも持ち歩いてるのね」
「三橋の後が追えるようにでしょ?」
「そそ」

あっさり頷いて、

「俺達、好きの方向性が違うんだよね。利央は好きな人と一緒に『生きて』過ごしたい。俺は、好きな人と一緒にいたい。そんだけ。三橋が死ねば、俺も死ぬだけ」

やる気のない口調で、結構な大事を言われる。
どうしてそう簡単に、死ぬとか言えちゃうのかなと俺は悲しくて仕方が無くなる。
三橋のことが好きで、でも準さんのことだって意味合いは違うけど好きだから。
二人して、死ぬとかなんとか言わないでおくれよと、涙が出てきてしまう。

「刃、錆びてますよ。切れるんですかこれ」
「うっせー。ご心配には及びませんよ。換えの刃あるから」

ポケットから小さなプラスチックのケースを取り出して見せてくれる。

「もー、どうしてそういうことばかり」

瞬きと同時に涙が溢れた。
俺は俯いて、服の袖で涙を拭って、しゃっくりあげて。

「あんたたちなんて、もう知らないよ」

心にもない毒を吐いた。



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