読まずに食べた


  天真爛漫で、さっぱりしている。
利央は、つい数週間前にメールアドレスを交換した田島のことをそう評している。
知り合った切欠というのは、桐青の初戦敗退の時だったから決して素晴らしいタイミングであったわけではない。まさか桐青が初戦で負けるだなんて思ってもみなかった、初めての夏大だ。
河合と一度も同じ試合に出ることが出来なかったことも悔しかったし、負けたという事実もとても悔しかった。
球場の半分は勝利に興奮し、もう半分は打ち拉がれている。雑然として落ち着かないでいたあの空気をふとした瞬間に思い出すと、今でもキュゥと目の奥が痛む。
けれども、負けたことにふて腐れてしまうほど利央は世間を軽視してはいなかった。残念だ。とても残念だ。精一杯皆試合をしたのだから、とても残念で仕方がない。だからこそ、来年こそは甲子園に行くんだと心に決めた。
そう思うと、改善すべき点はいくつもあったし、情報収集も怠れない。
あの時は、そんなことまで考えてはいなくて純然たる興味で田島にアドレスの交換を提案したのだけれども、結果としてそれは些細なメール会話の中から西浦の状況を知ることが出来るし、田島自身のことも大分分かることが出来たので良かったと、利央は満足している。
それに、そうした打算的なことを除いてみても、田島という人間はとても気持ちの良い奴で楽しい。
ちょっと話した時も、随分親しみやすいなと思ったけれども、その印象はますます濃くなる一方だ。
田島に、欠点がないなどとは思っていないのだ。
利央が思うに、彼は相当自分勝手で気まぐれだ。天才肌とでもいうのだろうか、どこか他の人間とは違う、ズレた感性を持っている。
メールにしたって絵文字は一切なく、簡潔で素っ気ない文面だ。時には、単語だけの返答だってあるし、誤字脱字も少なくない。
それなのに、いっそそれが田島らしいとすら思えて、少しも嫌な感じがしない。
会ったことなんて、一度だけ。それも、ほんの少しの会話だけだったというのに、利央の中で田島は相当お気に入りの部類に入っている。
このまま、一緒に出掛けたり出来る友達になれたら良いなと、利央はそんなことを最近思ってはわくわくする。

『今度練習のない時でも、どっか遊びに行こうよ』

送ってみて、送信済みボックスを開いて見直すと、まるで女の子をデートに誘うような文面になっていてかなり妙な具合だった。
利央は少しだけ、これがからかいの対象にされるんじゃないかと心配して、けれどもそのやり取りもまた楽しそうだなと至極前向きに考えた。
しかし、意外なことに田島からの返事はとても簡潔でつまらないものだった。

『今度の休みは予定はいってえる』

「はいってえる」は「入ってる」の誤字だろう。理解できる範囲なので、利央はその間違いを流して、『まじで?彼女?』と返した。
ただ、そう返しておきながらも「多分こいつに彼女なんていないんだろうな」と思ってもいた。
何せ、信じられないほどの野球漬けの日々を送っているのだ。彼女なんていたとしても、即破局だ。そうに違いない。
そう思うのは、利央自身が今は別に彼女なんて欲しくないよと思っているからだ。おそらく始めは野球のことを理解してくれようとするんだろう。練習がんばってね、とか言ってくれたりもするんだろう。
けれど、そんなものは上辺だけのものなのだ。元々野球に興味のなかった子が、彼氏が野球部だからといっていきなりそれに面白味を感じることなどはない。あったとしても、それは一過性のものかもしれない。いや、ひょっとするともしかすると本当に好きになってくれるかもしれない。
けれども、それを練習にばかりかまけて彼女に時間を割けないということは別問題だろう。
私と野球どっちが大切なのよと怒る子かもしれないし、どうも私たちは合わないみたいだねと冷静に別れを告げる子なのかもしれない。
いずれにせよ、甲子園を目指して野球をしている限りよっぽどしっかりとした土台のある関係でない限り、恋人同士になどなれはしない。
それが、利央の現在の持論だ。
まぁ、青春なんて人それぞれだし。
そんなことを考えて、ベットに仰向けに寝そべる。一度じっと目を閉じた時、手に持っていた携帯が着信を告げるバイブを鳴らした。

『彼女じゃなくって、野球部のやつら。うちの畑で白菜取れたからなべやんだよ』
『畑あるんだ。鍋いいよなー!っていうか、西浦のピッチャーってもう元気?』
『おれんちの野菜上手いよ!あ、それとお前のことハーフって言ったらみんな驚いてた』

おや、と利央は眉を顰めた。
田島のやつ、なんて印象通りのやつなんだろうか。
明らかに前半部分に対してだけの返信しか来ていない。あまりじっくりと文章を読まないタイプなのだろう。
また聞くとなると、あまり不躾にならないようにと気を遣うからあまり繰り返してメールで物を聞いたりはしたくないのだけれどな、と利央はため息を吐いた。

『ハーフじゃないんだけど。えっと、それと繰り返しで悪いんだけど、ピッチャー体調治った?』

返事は来なかった。
返事は三十分経ってもこなかった。
別に、何か都合が悪くてとかで、メールを後回しにしているのならそれで構わない。自分の都合で返事を返すことが出来るというのが、メールの気軽さであり利点であるのだから。
しかし、このタイミングではその時間の間も、ちょっと不安になる。
不安なまま、利央は夕飯を食べてバラエティ番組を見て、風呂に入った。それでベットの上に置いてあるメールが受信を付ける為にチカチカとライトを点滅させているのを見つけて、慌ててフリップを開いた。

『ごめん、夕飯食べてた』

まず最初のところに、一安心をした。まぁ、メールの返信が遅いことで覚える不安なんて大抵がこんな思い違いなんだろうけれども、と利央はあからさまに安心してそれまではちょっと緊張して堅く筋を浮かばせていた手から力を抜いた。

『あと、三橋は元気だよ。お前が三橋のことおぼえてるのびっくりしたけど、三橋もお前のことしりたがってたからオレは結構きにしてた。だからあんまり、三橋のこと聞かないで』

いまいち良く分からない。
単調な文体はともすれば、怒っているかのようにも思える。しかし、田島からのメールでそれは常にあることだ。分かりにくい文章だって、やはり田島ならば当たり前だと思える。
三度、文面を読み返して利央はあぁと納得した声を上げた。
他校の人間に、あまりピッチャーの情報は話せないと、そういうことなのだろうと利央は判断したのだ。
そりゃそうだ。さすが、馬鹿だとばかり思っていたけれども野球のこととなると心構えが違うなぁ、と利央は感心して『ごめんごめん』とメールに綴った。

『内情探るつもりとかじゃないんだって。あの時、昏睡みたいに寝てたじゃん?だから、大丈夫なのかなって思っただけでさ。元気なら良かった!よろしく伝えてください。』

全く田島の野球馬鹿っぷりには頭が下がるね、と呆れながら、けれども好意でもって思いながら送信する。
返事は、来なかった。
昏睡って漢字、読めなかったのかな。
自分を慰める為に田島ならではの理由を考えて悪い方向に進もうとする考えを濁した。







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