ロミオとジュリエットまでの距離




心中した、い。
なんてそんなことを三橋に言われた。ごめんもう一回言ってと聞き返したのはにわかに信じがたいからというわけではなくて、聞き間違えたのだと何の疑問も抱かず思ったからだ。
日差しは容赦なく照りつけてきて、湿度の高い熱風が頬を撫でる。三時間目始業間近の休み時間。入れ違いで体育館に移動していた偶数組、奇数組の生徒が入り交じる渡り廊下で珍しく一人でぽつねんと俯き加減で歩いているのが目に入った。
俺はその時、適当に連んでいるクラスメイトとふざけてはしゃぎながら歩いていたのだけれど、ちょいとごめんよ先に行ってておくれ、と芝居のかかった時代劇調で言って笑いと取ってから(どうせ誰も本気で面白いだなんて思ってないのだろうけど)(俺だって面白いなんて思っちゃいないけど)三橋のところまで走った。
ぼんやりとして見えた三橋は、割に早い時点で俺の存在に気づいて一寸顔を上げるとわずかに目を見開いて確かに認識はした、という様子を表に出す。 同じチームメイト同士で、休みの日にだって練習で顔を合わせているっていうのに三橋と来たら認識はしてくれたもののちっとも緊張を解く様子を見せない。

「一人?珍しいね」

ナンパじみた言葉になってしまったのは、とてもとても意識した上で明るく接しようと思っていたからだ。
三橋はそんな俺の心遣いも知らずに、俯き加減のまま愛想笑いを浮かべることすらせずにうん、とか細い返事だけを返してきた。そこで止めておけば良いのに「どうして一人なの?」なんてことを聞いてしまうのだから、本当に一言多いったらない。
いつだって口に出してしまってからしまったと後悔するくせに、ちっとも改められる気配のない俺のこの性格は得に三橋のような人付き合いの苦手なタイプと、阿部のような短気な人間とは相性が悪い。
それも分かっていてもなお、俺は三橋に話しかけることを躊躇しない。
三橋は俺の質問に声を詰まらせて、ちょっと、と言い淀んだ。まさか喧嘩、なんてことはないだろうとは思う。泉と田島と浜田。仮に喧嘩があったとしたて可能性で言えば、同じ目線で物を言い合うことの出来る田島との喧嘩だけれど、それにしたって三橋が一人になるなんてことは有り得ない。
喧嘩したままの状態で三橋を一人になんてしたら、自殺しちゃうかもしれないじゃないの。と、これは俺が勝手に持っている三橋へのイメージだけれど。だけれど、有り得ない話でもない、とも思ってる。
俺は三橋が自殺したとして、そのことを聞いた時にきっとものすごく悲しくなるけれど、同時に納得もするんだと思う。そっかぁ自殺しちゃったのかぁなんだよせっかく野球楽しくやれてたのに、友達だって増えたのに、って悔しくて悲しくて泣くけど、でもそっかぁ三橋だもんなって納得する。
だけど、もちろんそうなることは嫌なので、今三橋が一人で落ち込んでるっていうのなら話を聞いてあげるぐらいのことはしたい。

「三橋、大丈夫?話とか、聞くだけなら聞くけど?」
「お、怒らない?」
「なんで?怒らないよ」

まだ話を聞いてもいないのに言ったその答えは、随分と適当だなと自嘲する。それでも三橋は、ようやく安堵したように口元をほころばせたので自分への反省も忘れて俺は怒らないよ、と繰り返す。

「何でも言って。解決にはならないかもしれないけど、でも聞くことはいくらだって出来るから」

本当に?と見上げてくる顔は視線が彷徨っていて落ち着きのないもので、「きょどってる」ってやつだけれど、それもまた三橋らしくてとても良い。もうね、お前の為にだったら何だって出来ちゃうよっ!と内心で一人興奮することは実は良くある。
一人で先走ってしまって生まれる興奮は正直痛々しいものだし独りよがりなことこの上ないものだから、俺はいつだってそうなってしまった時は口端を引き締めて表情に出さないように気を遣いながら三橋と接する。
ニヤニヤしてしまいそうな表情筋を押さえ込んで、あのね、と切り出す三橋を見る。
まだ一年足らずの付き合いだけれど、三橋の会話というものが他に類を見ない程に突拍子もない展開をするということは十分に分かっていた。だから、何を言われても「三橋らしい」で済ませる事が出来るだろうという自身が俺にはあった。
それなのに、いきなり「心中したい」だなんて来たもんだ。
三橋らしいだなんて思えるものか。俺はもちろん聞き間違いだと思って、繰り返してくれるように頼む。
三橋は一度めよりも小さな声で、同じ言葉を繰り返した。
本気?と聞くと、やっぱり怒るんだ、と泣きそうな声で言われる。怒らない、怒ってないよと慌てる俺に三橋はきょとんと瞳を見開いてみせて、本当に?と無防備に尋ねてくるのだ。
色気なんて微塵もない愚鈍な雰囲気と仕草は、だからこそとてもそそられるものだと思う。被虐心すらかき立てる三橋の言動は、傷つけられる一方であればこそ冴えるのだ。何があっても三橋は常に受け身でなくてはならない。
攻撃的な言葉や仕草を、三橋がすることは許し難いことだ。
一人絶望して自殺するのであれば、それは三橋らしくもある。
心中にしたって、誰かによって巻き込まれるのであれば許そう。いや、許せはしないけど(三橋のことを、というよりも巻き添えにした奴のことを)それならば、俺の中にある三橋像は崩れずに済む。

「どうして心中なんかしたいの?」
「だ、だって、ずっと一緒に、いれ、るんでしょう?」
「そんなもの、ロマンチストが思うだけだよ。実際には、死んだらそれで終わりだよ。何も残らない。あぁ、骨は残るけど」
「でも、その人の為になら、し、死んじゃえるってことは、二人がそうだってことは、す、好きってこと、だ。大好きってこと、だ」
「そう思ってるだけで良いじゃないの。心中出来る程好きだよって、言い合えてればそれで良いじゃないの」

ダメだ。
三橋は驚くほどはっきりとした口調で言った。

「俺、ばかだから、上手く言えないから」
「それで死んで表現するって言うの?それこそ、馬鹿だよ。俺は三橋の良いところは、そういう一生懸命なところだと思う。結果的に報われそうがそうじゃなかろうが、努力するっていう三橋のこと、俺は、好きだ」

俺の言葉なんて聞いていないのか、三橋は興奮した様子で頬を赤らめながらダメだダメなんだと繰り返し呟いている。怒らせてばかりいる、と三橋は言う。上手く伝えられなくて好きと言われても自分もだと返すことが出来なくて黙り込んでしまうのを、たまには言ってくれても良いだろうと嘆かれることが辛い、と三橋は「らしくなく」つらつらと述べた。
泉くんは、こんな俺のこと好きだって言ってくれるのに。そう言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺は首筋から耳の後ろにかけてかーっと体温が上昇していくのを感じた。俺ときたら、いつの間にか自分が心中しようと誘われているのだと思い込んでいたのだ。
なんてお馬鹿さんな俺。
男同士、どうせ成就するはずもないと最初から諦めてかかっていたせいでこうして話せるだけで満足出来るようになってしまっていた現状。幸せだと感じるハードルが低くなっていたせいで、二人きり、特別な話をしているという状況に踊らされてしまっていたのだ。
あぁ、恥ずかしい。とても恥ずかしい。
俺は三橋と一緒に生きていたいよ、なんて言い出さなくて本当に良かった。
どうせ三橋は自分のことに精一杯で、俺が好きだと言ったことも聞き流しているだろうから勘違いに気づかれずに済みそうだということが唯一救われることだった。

(っていうか、三橋ってば泉と付き合ってたのね。泉ってば、三橋のこと好きだったのね)

泣けてくる。
恥ずかしさと失恋のダブルパンチだ。俺はまだボソボソと呟いて悩む三橋に、明るい声でそこまで考えてるんなら協力してやろうか、と切り出す。
驚いたような顔で三橋が俺を見つめてくる。

「心中ってのも案外難しいと思うんだ。だから、そこまで、三橋が思い詰めてるのなら俺も協力するしかないかなぁって」
「ほ、ほんと、に?」

単純に喜んでみせる三橋を見て、馬鹿だなぁと思う。
心中なんて、そう簡単に出来るもんか。なんの知識もないただの高校生が、どうやって上手い具合に綺麗に二人で死ねるってんだか。刺し違えるとして、急所もろくに分からないんだから痛さにのたうち回ってどっちかは生きながらえてしまうとか。飛び降りるとして、どっちかが一瞬でも尻込みしたら片方だけが先に真っ逆さま。もう一人は怖じ気づいて結局飛び降りれやしないとか。そんなもんだ。
かの有名なロミオとジュリエットのような綺麗な死なんて、訪れるわけがないのに三橋は馬鹿だからそんなことを考えすらしていない。
まぁとりあえず、俺はその物語で言うところの修道僧ロレンスになろうと思うのだけれどね。俺が考えるのは、仮死の毒をジュリエットこと三橋が飲んで死んでしまったと勘違いした泉が後を追う。息を吹き返した三橋がそれを見て嘆き悲しむのを、俺が慰めるってところで物語はエンドってことです。
問題は、ここまでしても罪に問われない方法が思いつかないってことカナ!









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