晴天だ。雲一つ無い。風も穏やか。
あぁ。
なんて心中日和。
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「心中日和だなぁ」 午後の授業が始まる間際に、いきなり教室に入ってきた水谷に手を取られて引っ張られるがままに屋上へ連れてこられた三橋は、困り果てていた。 始業のチャイムはとっくに鳴っていて、今更教室に戻ることは出来ない。 気の小さい三橋は、その度胸のなさから一度だって授業をさぼったことがなかった。 ならば遅れましたと断って、皆の視線を浴びながら席に着くことなど出来るわけがない。 チャイムが鳴った時は、それこそ泣きだしてしまいそうな程に慌てたのだが、三橋をこの現状にさせた水谷本人はというと、連れてきたわりには大した会話をしようともせず、ただフェンスに寄りかかってぼんやりとしているばかり。 それが突然、思いついたかのように冒頭の一言だ。 意気揚々と言われて、三橋はなんと返して良いものかと目線を水谷から逸らす。 「えっと・・・」 水谷は三橋の困った様子を、それは楽しそうに見て 「なんてね!」 そう至極明るく、そして軽い口調で言いはなった。 「あ、冗談・・・」 「ではないんだけどね。残念」 「じゃ、聞き間違・・」 「でもないよ」 そういう口調もとても明るく、三橋はやや混乱したままそうかと頷いてしまう。 それを見た水谷が、分かってないだろと愉快そうに笑った。 「心中だよ、心中。そう簡単に頷いちゃ駄目でしょー」 「わ、分かってるよ。でも・・水谷くん、すすごく普通に言ったか、ら」 「つい、頷いちゃう?」 小首を傾げて訪ねられる。 その拍子に光の筋が三橋の顔を直撃して、うっと目を細めた。 水谷の腕時計が、太陽の光を反射させていたのだ。 太陽の光は暖かくて柔らかいのに、ほんの少し屈折しただけでこんなにも鋭い。それは、どこか水谷の内面と外面に似ているなぁ、と三橋は思った。 当初三橋は、水谷を軽い人間だと思っていた。いかにも「最近の高校生」な容姿と口調の彼は、三橋の苦手とする人種の一つでなかなか容易には話しかけられない対象だった。 しかし、知れば知るほど水谷は軽くない。 著しく裏表のある性格だというわけではなく、彼の軽い口調に騙されてしまうだけで水谷は実際には皮肉屋で情に薄い人間なのだ。 それは彼自身が隠しているわけではないので、彼の身近にいる人間ならば知っているだろう。 「簡単に頷くと危ないよー。世の中、証書がなけりゃ法律上は嘘つきにならないけどさ。でも、危ない人の言葉に頷いて殺されちゃったら、取り返し付かないからね」 「あう・・」 「あ、引いてるね?」 ケラケラと笑って、腕時計の着けられている方の腕を肩に回してくる。 屈折光がまた、三橋の顔に鋭く当たった。 「三橋、嫌?」 「え?」 「泣いちゃうかと思って」 「な、泣かない、よっ」 慌てて否定して、腕時計に視線を落とした。 「時計が、ねっ。ひ、光が当たって・・」 「あぁ。まぶしかったんだ」 「そ、そう」 まぶしかった。 水谷の言葉をオウム返しに呟いて、三橋は三度ほど続けて首を縦に振った。 それを見て水谷が、面白そうに口端を上げた。 「なぁ、三橋。野球は好き?」 「好き、だよっ」 首を振る。 「投げることも、好き?」 「う、うん」 首を振る。 「食べんのも好きだよな」 首を振る。 「じゃぁ、俺のことも好き?」 「えっと・・うん」 先程までの勢いはないが、それでも首を振る。 「ね、それじゃぁ。心中して」 凝視されているのが三橋には心地悪かった。 頷かずに俯いているのを、水谷がどうしようもない諦め顔で見ていたのを知らずに数十秒の時間が沈黙のまま過ぎる。 風のそよぐ微かな音に、時々遠くから飛行機や車の騒音が届く。 学校という場所にいるだけで、普段は何気なく聞き逃しているそれらの音がとても非現実て感傷的なものに思えてくる。 三橋は、その感じが嫌いではなかった。 感傷的になってそんな風になっている自分に酔うことは、まるでドラマの主役にでもなったような気がしてこっそりと小さな優越感に浸れるからだ。 しかし日常があるからこそ。 何の変哲もない日常があるからこそ、非日常を装って楽しめる。それを、三橋は今身をもって実感している。 正直なところ、すらりと言い放たれた水谷の言葉は三橋には脅威以外の何物でもなかった。どうしてやり過ごすかばかりを考えて、そんな時ふと無我になってしまうと耳に騒音が届いてまた我に返る。 俯いたまま、三橋は悩んだ。 死ぬ気などは、毛頭無い。だから、それは悩むべきところではなかった。 今が楽しくて仕方が無くて、それは絶対に野球部のみんなのおかげで。 それを思った時に、じゃぁその一員である水谷の思いを無下には出来ないと思ってしまう。言っていることが、非常識極まりないと分かっているのだからそんなものは「無理だ」と突っぱねるなり「冗談でしょう」と笑ってやり過ごすなりしたら良いのに、不器用で口下手な三橋にはそれが出来ない。 それに、傷つけられることに人一倍敏感な三橋は、他人を傷つけることも怖かった。 というか、他人を傷つけて自分が嫌われてしまうことを恐れていた。 (あぁ、こんな時にまで) そんな自己防衛本能に、三橋は心底嫌気が差す。 「・・・ご、ごめんなさ、い」 前触れもなく、自分本位の考えを詫びる三橋に水谷は「はぁ?」と甲高く言ってのぞき込んできた。 「それって、一緒には死ねませんごめんなさいってこと?」 「あ、の・・そうじゃなくって」 「なくて?」 「お、俺は我が儘だから。水谷くんは真剣なのに・・嫌われるの、が嫌で・・心中なんて嫌なのに。でも、な、悩んでて・・・」 「えぇ?なんだって?」 不可解だと、眉を顰める水谷に三橋はひっと小さく悲鳴を上げて背筋を伸ばした。それを見て、水谷が怒ってないよと宥めてようやく話しが続けられる。 「心中は、いや、です・・・。でも、これを言って、水谷くんから嫌われるのも嫌で」 「俺のこと、好きだから?」 「嫌いじゃ、ないです」 「さっきは好きだって頷いてくれたのに」 まるで子供みたいに、頬をふくらませてすねる。 「友達だ、よ。だから、好きだけど。でも、心中は出来ないから・・そ、そういう好きじゃない」 尻つぼみの台詞に、肩に回されていた水谷の腕がきゅっと痙攣するかのように締まった。 会話の流れから、ひょっとしたら絞め殺されてしまうのかもなんて普通じゃあり得ないことに本気で怯えて、慌てて水谷を見上げる。 顰められた眉に歪んだ表情。 「ないて、る、の?」 「ん。さっきのお前と同じ。まぶしいだけ」 「そ・っか」 ウソつき、と思った。 屈折光は、まるで見当違いのところを差している。そんなことは、目に見えて分かっていることなのに、三橋は敢えて納得したふりをした。 「気持ちは、本気だったんだからね」 「うん」 愚鈍な調子で、何も分かってない風を装って頷いた。 向こうも多分、そんな三橋の気持ちに気づかないふりをしながら笑っているのだ。 それで、十分だと三橋は思った。 自分たちの距離は、このぐらいが丁度良い。 |