滑 稽 な 喜 劇 を 演 じ て や ろ う じ ゃ な い か
さ ぁ 、 ご 都 合 主 義 の 三 つ 巴 話 の 始 ま り 始 ま り
三つ巴喜劇
阿部と目が合った瞬間、水谷はへらりと笑った。 水谷のゆるい態度と口調は、普段から阿部の好む類のものではなかったが、今この瞬間はさらに輪を掛けて気にくわない。 前髪を指でいじりながら、へらへら笑って近づいてくる。 いつものことだ。けれど、阿部は手に持ったスポーツバッグのベルトを強く握って、少し身構えてしまう。 「なんで阿部が、三橋の鞄持ってんの?」 耳からイヤホンを外しながら、水谷は笑った。 「聞いてたくせに」 「見てはいたけど」 聞いてないよ。そう言って、水谷は阿部の表情を観察するようにぐるんと瞳を大きく見開いて視線を真っ向から向けてくる。 咄嗟に視線を逸らそうとして、けれどそうすることでなんだか負けたような気分になりそうだったので止めた。 手にある三橋の鞄のベルトの固い感触は、阿部に今し方の三橋とのやり取りを思い起こさせようとするが、それを良しとはしていないから強制的に記憶を断ち切る。 一度の瞬きの間に、水谷は再びへらりと口を緩ませて笑っていた。 「なんだよ」 「阿部ってば、本当に凶悪な顔になるよね」 自分の眉間を人差し指で差して、いけないよとおもしろそうに言う。 「あんま怖い顔ばっかりだから、三橋も泣いて帰っちゃうんだよ」 「泣いてねぇよ」 「俺の方から見たら、泣いてたよ」 「泣いてたって証拠、あんのかよ。お前が嘘吐いてないって、証拠もあんのかよ」 「おぉ、こわっ」 わざとらしく肩を抱いて身震いをされて、阿部は心底腹が立ったのだけれども怒鳴ればさらに行き場のない怒りが増幅しそうだとも思った。 大抵そんなことばかりだ。 三橋が言葉に詰まる度に恐る恐る自分を見上げてくる時、なのに自分以外のヤツとは案外普通に話せていたりする三橋を見た時。 阿部には、三橋の小さなミスを責め立てるつもりなんてこれっぽっちもないのに、それを三橋は理解しようとしない。 多分、あらかじめ首を振るピッチャーは嫌いだと告げていたせいもなるのかもしれないが、それはそれ。 何も、普段の生活でまで三橋の意見を奪うつもりなんてない。 第一、三橋があれ以上自立しなくなったら、完全に世の中で生きてはいけないに決まってる。 だから、別に、必要以上に自分に怯えて欲しくなんてないのだ。 怯えるから、苛立ってそれが表情に出てしまうのだから。 「三橋。泣いてたのか?」 「阿部に信じていただける証拠は、ございませんけどね。まぁ、本人に聞けば分かるんじゃない?」 「聞けるかよっ」 「アララ、聞けないって。そりゃ、大変なことしでかしちゃったのねぇ」 「なんっか、むかつくな。お前のそのテンション」 阿部は舌打ちをしてから、単純に思ったことをぶつけた。 そうか三橋にもこれをやっているからいけないのかと、はっとしたが、水谷に対しては別に申し訳ないとも何とも思わなかった。 だいたい、水谷に今まで散々浴びせている暴言に比べたらこのぐらい何でもないことのうちに入る。 すると水谷は、今阿部が思ったばかりのことをまるでそのまま悟ったかのように 「そういう態度がいけないね」 と切り返してきた。 「そりゃ、俺なんかはいいけどさぁ。阿部は口が悪いってこと解ってて流せるから。でも、三橋は違うでしょ?バッテリーやってるお前の方が、そんなことは知ってるはずじゃんか」 「解ってるよ」 「じゃ、どうしてさっきみたいになるの」 「別に。いつもと同じだと、俺は思って話してただけだし」 お前には関係ないよ。 そう言った途端、阿部の視界は大きく揺らいだ。 揺らいで、夕焼けでピンク色に染まった空が見えて夕日に目がくらんで、次には真っ黒のアスファルトで視界が覆い尽くされていた。 次いで、ゆっくりと鈍く熱い痛みがわき起こる。 殴られたのだな、と解ったのはその痛みのせいではなくて、顔を上げた時に水谷が顔をちょっと顰めて拳を押さえていたからだ。 ぶったね。父さんにもぶたれなことないのに。なんてそんなかの有名な台詞が頭を過ぎったが、さすがに今これを言うのは寒いだろうなと控えることにした。 というか、阿部にとって水谷に殴られたことなどはそんなことを片手間に考える程度のことだった。 「このクソレフト」 口を開いた途端、血の鉄くささが口内に広がった。 鼻血がそのまま唇を伝って、口の中に流れてきている。 「どうだ。これで関係あるだろ。お前ら二人の話が気に入らなくて、俺お前のこと殴っちゃったもん」 「でも、お前が本当に気に入らないのって、俺だけだろ」 鼻を押さえて言ったので、声は不明瞭になる。 それでも、聞き取りにくい程ではない。 その証拠に、水谷の飄々とした憎らしい表情が、あからさまに苛立ちをあらわにしていた。 阿部にはそれが愉快で仕方がない。 図星なんだろと、大声で笑って指を指してやりたい気分ですらある。 実際にしても良かったのだけれど、それをしなかったのは先に水谷が耳にイヤホンを当てて手元でなにやら音量を上げる仕草をしたので、言っても無駄だと思ったからだ。 まぁいいや。 スンと鼻をすすって、阿部は立ち上がろうとしたが殴られた衝撃が抜けきってないのか、うまく平衡感覚を取ることが出来ずにまた地べたへとへたり込んだ。 地面に映る真っ黒の濃い自分の影を見たら、さらに目眩まで感じた。 目を閉じたらそのまま後ろに倒れ込んでしまいそうな、嫌な感じだ。 それなのに、 「俺は、三橋が好きだよ。だから、良くも悪くも三橋に影響力のあるお前のことが、嫌いだよ」 そんな最高に気分の悪いことを言われてしまう。 言うにしても、せめてイヤホンは取れよ。 でかい声で、そんなこと聞きたくもない。 そう内心で愚痴る。 一瞬暗くなる視界に、苛立って眉間に皺を寄せた。 イヤホンから流れ出ている高音が耳障りだった。 |