うっそまじでめっちゃこえー! 休み時間の雑音の中、日直である栄口は書いていた日誌から顔を上げて特に目立った叫び声が聞こえた方を見た。 男子生徒が五人、輪を作って机やら椅子の背もたれやらに腰掛けてなにやらやけに盛り上がっている。 どうしたのかと聞いてみたい気持ちはあったが、そんなに親しい間柄ではないグループなので聞き耳を立ててみようかなと、消極的な好奇心の解消方法を考える。 その瞬間、グループの中心にいる叶と視線がかち合った。 叶は黒目は小さいのに目は大きいから、見られると一瞬気迫負けしてしまう。 気まずさに慌てて視線を逸らそうとした栄口を引き留めるように、叶が名前を呼ぶ。 「栄口さぁ」 若干距離があるので、声を張りを持たせる為に叶は気持ち顎を上向きにしている。それが栄口には、どうにも威圧的な態度のように感じられて思わず「はい」と礼儀正しく返してしまっていた。 叶はそれを気にかけることもなく、お前さと言葉を上乗せする。 「昨日、裏庭いたよね?」 「え、叶あそこにいたの?」 質問に質問で切り返すという、愚鈍なことをやってしまった栄口に叶は大して気にした様子もなく、むしろ栄口の質問などなかったかのように振る舞ってもう一度「いたよね?」と繰り返す。 「・・・いたけど」 肯定すると、おぉと叶のグループがざわめく。 一瞬、これは軽いいじめなんじゃないかという思いが頭を過ぎったけれども、栄口の知る限り叶はそう言うことに加わるタイプの人間ではない。もちろん、それが栄口の思い込みであって、実際には弱い者いじめが大好きなのかもしれない。それは、どちらにしても想像の範囲でしかない。 「あの、なに?」 不安を抱えた内面を読まれないようにと、抑えた声で聞く。 すると叶は、小さな黒目を素早く上下させて「大したことじゃないんだけど」と前置きをした。 「裏庭にさ、出るっていうんだ」 「出るって」 分かり切っていた気もしたけれども、曖昧な叶の言葉に敢えて聞き返す。 「そりゃ、霊がさ」 「レイ・・・幽霊?」 「そうそう」 「まさか」 「でも、見たってヤツいるんだって・・という話を今しててさ。裏庭なんてそうそう行かないじゃん?でも、そういえば昨日、栄口見たなぁって思って」 愉快そうに薄い唇を引き上げて笑みを浮かべながら、叶はいつの間にか栄口のすぐ傍まで来ていた。 その身のこなしや、三白眼なところとかがなんて猫っぽいヤツなんだろうと栄口はぼんやりと思ってから、そういえば昨日会った「ミハシ」も結構吊り目だったなぁと思い出す。 (えぇ?っていうか、幽霊だって?じゃぁ、あの白いのってやっぱり骨・・なわけないよね。でも、じゃぁミハシはどうしてあれを持ってった?や、もしかしてミハシが人間じゃないとか) 馬鹿げてると思いながらも、一度不安になりだすと止まらなくなってしまう。 怪談話にぞくぞくすることはあっても、本気で怖がったことのない栄口は自分が今持っている感情が、果たして恐怖なのか不安なのか、興味なのかすらも分からないまま、叶に詳しいことを話すように頼んだ。 「俺も、聞いた話だから確かじゃないんだけど。何年か前にさ、殺人事件があったんだって」 「えぇ?なんか、ありきたりだなぁ?」 「でも、あっさりしてるところとか、何十年前じゃなくて数年前ってのが逆にリアルじゃない?その犯人が・・被害者もだけど、うちの学園の卒業生だったから、死体埋める場所にここの裏庭選んだっつー、いかにもなところとか。犯人のせっぱ詰まった心理を良く表してるような感じ?」 「そう言われちゃうと、その通りにも思えるけどさ」 でもなぁ。言葉を濁して、疑心の表情でいる栄口に叶がさらに畳みかけるように「でも、霊見たってやつ、けっこーいるんだって!」と力説する。 「なんか、信じて欲しいみたいな感じだよね、叶」 「そう?」 「うん。必死って感じ」 叶はそうかなと、平淡に言って瞳孔を伸縮させた。ますます猫のようだと思っているところに、叶が信じるか否かを聞いてくる。他の男子生徒らも、興味深そうに栄口の言葉を待っているところを見ると、詰まるところ彼らは暇なのだろう。 大して親しいわけでもない栄口にまで、こうして話題を振ってくるのだから相当暇に違いない。 まぁ、栄口にしたって日誌を書くこと以外に特別しなければいけないこともない。学生の本分から言えば、暇があるなら勉強でもしろといったところなのだろうが、生憎と栄口はそこまで勉学に励む気はない。適度にやって適度な成績を納める。それで十分だと彼は想っているからだ。 ということで、栄口はどうせなら話に乗ってやろうと「幽霊なんて、俺は見なかったけど」と切り出した。 気になっているのは昨日のあの、ミハシという少年のこと。 中学からエスカレーターで高校に上がってきた叶なら、ひょっとして知っているかもしれないと思い話してみることにする。 「昨日、妙なやつになら裏庭で会ったよ」 一連の流れを話すと、まず叶以外の連中がそれってやっぱり幽霊なんじゃないの?と聞いてくる。 しかし、それはないと栄口は即座に否定した。 確かに気味が悪いことではあったけれども、ミハシが生身の人間であることは明らかだった。幽霊になんて遭遇したことはないし、ひょっとしたら話に聞くよりも幽霊というものはずっと存在感のあるものなのかもしれないけれども。 「でも、あれは幽霊じゃないよ。こう、おどろおどろしいって感じじゃなかったし」 「信じたくないだけやないの?」 織田という、高校一年生の割には上背があり老けた感じの男子生徒が、ニヤニヤしながら聞いてくる。テレビでしか聞いたことのなかった関西弁は、身近で聞くとなんだかとても軽くて巫山戯た感じがして、栄口はあまり好きじゃないなと思っている。しかしそれは、関西弁を話す人間全員がそうであるわけもなくて、織田が常に人を食ったような態度をとっているからなのだろうということも分かっている。 栄口は、あまりあからさまにはならぬように気を遣いながら否定の言葉を返す。 「違うよ。だって、そいつうちの制服着てて、そんでお互い名乗ったし」 「ハーン。そんで、名前なんて?」 「ミハシ、って」 三橋ぃ? 織田が素っ頓狂な声を上げてから、叶を振り返った。 「おい、叶。三橋やて」 ニヤニヤ笑いながら、ちらりと栄口を横目で見てくる織田の不躾な態度に、栄口は内心ムッとした。 (これだから関西人は) 関西人が聞いたら、即座に怒り出しそうな文句を心中で思って、栄口はなんだよと不機嫌に言った。織田がまた、ニヤリと笑う。 「自分、その子となんかあったんと違うか?」 「別に、ないよ」 何かはあったが、直接ミハシと栄口の間に起こったことではないから嘘じゃない。そうへりくつを理由にして、栄口は首を横に振って否定した。 織田は少しつまらなそうな顔をして、なんやつまらんと言いながらもすぐに持ち直したかのように得意の笑みを口元に浮かべる。 「でも、気になるんやろ?」 気にはなる。だから、こうして話しているのだ。 しかし、織田の言葉には言外にからかうが混じって見えるので気に入らない。 「だから、なんだよ」 先程よりも強い口調で言うと、織田はおぉ怖、とおどけた調子で言った。 「そんなに恥ずかしがらんでも良いのに。まぁ、確かに三橋はえぇよな。確かに、あの子ならおどろおどろしいなんてもんじゃないわ」 「お前、ミハシを知ってるの?」 「自分何を間抜けなこと言ってんの?」 「何が間抜けなんだよ」 「隣のクラスにおるやろ。うちの理事の孫娘の三橋が」 織田が呆れた様子で言う。 「孫、娘?」 「三橋ルリやろー?なぁ?」 前半は栄口、後半は後ろにいる叶の含む友人らに向けられたものだ。 一同が頷くのに、栄口は強い口調でだからと割り込んだ。 「話の流れで分かって欲しかったんだけど、そいつ女じゃないよ。男だよ」 「はぁ?男で三橋ぃ?」 素っ頓狂な声を出す織田に、叶が馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりに顔を顰めてため息を吐く。 「今現在、三橋なんて苗字のヤツこの学校には、三橋ルリ以外にはいねぇよ」 そうにべもなく言う叶に、栄口は何もそんな風に突っぱねて言うことはないじゃないかと表情には出さなかったが不満に思った。 しかも、つい今したがまではあまり乗り気ではない栄口に畳みかけるようにして答えを促してきていたくせに、急にそれを翻してこの話しは終わりだと引き上げようとする。引き上げるとは言っても、所詮同じ教室の中なので大して距離が開くわけでもなんでもないのだが、とにかく叶は急に不機嫌になってもうあとは何も話したくはないと不機嫌な表情でそっぽを向いてしまった。 「なんだぁ、あれ」 織田を振り向いて非難めいた口調で言うと、少し困ったように織田は太い眉をきゅっと下げて「あんなぁ、」と歯切れ悪く言い出す。 「叶なぁ。三橋関係の話題には、ちょっと、かなり敏感やから」 「三橋ルリが?なんだ、あいつ好きなんだ」 「そうやなくて。男の方の、なぁ」 「織田」 叶が割り込むように織田の名前を呼んで、会話を途切れさせた。 「うちにいる三橋は、あのうるさい女だけだろ」 「せやけど。でも、」 「なんだよ。お前もううるさい黙っとけ」 偉そうに言う。 基本的に、叶は誰に対してでも偉そうな態度だけれども、こと織田においては一層その態度は横柄なものになるようだ。 そんな叶に織田は、機嫌を損ねるようなこともなく仕方がないなぁとため息を一つ吐いただけで争おういう気は見えない。 「あのさ」 栄口が話題の軌道修正を行おうとして口を開くと、織田が慌てたように身を屈めてコソっと耳元で言う。 「とにかく叶の言うことは正しいで。お前の言う三橋が、ここにいるわけないんやから」 「は?」 聞き返そうにも、織田はそそくさと離れていってしまう。 全く情けない。おおいに情けない。 栄口は、脳内で織田に向かって思い切りあっかんべをしてやった。 何が哀しくて、話を振られた自分がこんな風に中途半端な答えのままで放っておかれなければならないのだろうか。 「ちょっと、訳分かんないんだけど。いないはずってなんだよ、おい」 これじゃぁ、さらに不安が増えただけで何の解決にもなっていない。 冗談じゃないぞ、と栄口は叶を問いつめようと席を立った。 その視界の横に、二日前までなら何の疑念も持たずにおうと声を掛け合ったであろう親友の姿が映った。 「栄口」 「・・水谷」 「あのさ、」 言いかける水谷の言葉を、栄口は無理矢理遮って「俺、今取り込み中だから」と素っ気なく言い放つ。そのまま叶の席に行こうとした栄口の腕を、水谷が掴んで止める。 椅子が床と擦れて、ギギィと嫌な音を出した。 「誤解なんだよ」 「はぁ?」 これでまた不可解なことが一つ増えてしまった。 栄口は、居心地が悪いのと訳が分からないのと腹立たしいのとでぐるぐるした感情のまま、もう一度「はぁ?」と甲高い声を出した。 |
やがて僕らは土に還る。
>>