階段を駆け上って、僕を追い越すと
君は上から僕を見下ろしてこう言うんだ。
「この卑怯者!」ってね。
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曲がり角を曲がり際に人をぶつかるだなんて、なんてベタで情けないんだろう。 なんとか尻餅を付くことだけは免れた利央は、そんな自分とは相対的に派手に転んでしまっている少年を見下ろしながら思った。 「すんません」 利央の謝罪の言葉に、少年の肩が大きく揺れた。伏せられた顔はいつまでも上げられることがないし、立ち上がろうともしない。 ただ、その態度だけはとても怯えているようでそれがじれったくて仕方がない。 学ランを着ているし、地元の中学生だろうかと利央はしゃがみ「大丈夫?」と少年の顔をのぞき込むようにして聞いた。 「う、ひぃっ!」 素っ頓狂な悲鳴を上げて、大きく身を仰け反らせた少年。 利央は、その顔に容貌に心当たりがあった。 「えーっと、あんた、あれでしょ?西浦のピッチャー・・・の、三橋?」 人差し指を突きつけて言われて、三橋はまだオドオドとしながらもこくりと頷く。 「オレさぁ、今からあんたんとこ偵察行こうと思ってたんだわ」 肩を派手に上下させて、うおっと奇妙な声を上げた三橋に利央はケラケラと笑って喜んだように言う。 「リアクション良いなぁ」 そういうの好きだよ。 笑い続ける利央に、三橋は顔を真っ赤に染めて照れを誤魔化す為か落ち着きのない癖毛を手で押さえた。 自分だってまだ子供で、しかも同い年のくせに三橋のおぼつかない仕草に子供みたいだななんて思って、内心どこか新鮮だった。 周りが年上ばかりの環境で、なんとはなしに子供扱いされてばかりの利央には、三橋のような存在は嬉しいものである。 「うちの学校にも、お前みたいなのいたら良かったのに」 「そ、そんなっ。おれ、なんか・・」 勢いよく首を振る三橋を見て、利央はひょっとしたら「キャッチャー」としてだという誤解をされたかなと思った。 しかし、仮にそうだとしてその間違いを正すのも面倒だったし、こうして会話を続けていく分にはなんら影響はないと判断した利央は、どうでもいいかと楽観的に結論づけた。 それに、あわてふためく三橋を見ているのはなんだかおもしろい。 「あ、血ぃ出てる」 「え」 「肘んとこ。すりむいちゃったみたいだね」 本人も気が付いていなかったようで、利央に言われて肘を見て恐る恐る触れては顔を顰めている。 そうしてコロコロと変わる表情を見ていると、悪戯心がむくむくと利央に湧き上がってくる。 からかってみたら、どんな反応を返してくるのだろうかと考えた。 どうせなら思い切り驚かせてやりたいと思って、利央は擦り傷のある方の三橋の腕をつかみ取ると、べろりと舌で舐め取った。 舌先から鉄分独特の、塩気と苦さが広がる。 「う、わ、」 震えた三橋の声と反応が期待通りだったことに気をよくして、利央はもう一度、今度はわざとゆっくりと舌を滑らす。 ちらりと上目で見ると、三橋ののど元が戦慄くのが分かった。 「なんだ、叫び声でも上げてくれるのかと思ったのに」 「び・・っくり、して・・・」 そう、だから飛び上がって叫んでくれるかなと思ってた。 言いかけて、掴んでいる三橋の腕に鳥肌が立っていることに気が付く。それに、震え方も尋常ではない。 「あ、ごめん」 利央はそこでふと、自分がしたことの非常識さを認識した。 「男に腕舐められたら、そりゃ、気色悪いよな」 利央は、右手を顔の高さにまで挙げてごめんと繰り返した。 三橋は、そんな利央に眼球を落ち着かなく左右に動かして、あーだのうーだのと言葉にならない声を発している。 「や、じゃ、なくて。オレ、風邪っぽくて」 ようやく出た言葉も、今にも泣き出しそうな程に小さくか細い。 視点の定まらない眼球と、怯えた様子は情緒不安定さながらに不自然だ。 「ぶ、部活なら・・・まだ、みんな、やってる、よ」 何かを耐えるように、両手の指を胸の前で何度も交差させながら三橋は言った。 「あぁ、うん。それは良いんだけど。それより、風邪って。熱あるんじゃないの?」 言い終わるよりも先に、利央は三橋の額に手のひらを当てていた。 うひ、と高い声を三橋が出す。 若干近くなった三橋との距離で、その目尻に浮かんでいる涙までもがはっきりと見えた。 怯えられてるんだなぁ、と利央は寂しい気持ちになりながらも、そういう顔が良いなと漠然と思う。 きつく目を瞑っている三橋を、無防備な子だなと笑って、可愛いと思って、キスをした。 ガサガサにささくれ立った唇は、女の子のそれとは全然違う。 色気もないのに、けれど利央は心中に湧き上がる照れくさいくせに嬉しいような、妙な高揚感を感じずにはいられなかった。 「困ったね。男相手なのに、全然気色悪くないよ」 「・・お、オレ・・のが、困る、よ」 「あらら、泣いちゃわないでよ、三橋」 困ったなぁ。 利央が呟くと、三橋の見開かれた目からはボロリボロリとさらに涙がこぼれ落ちてくる。 「ごめんね。ごめん。でも、ヤじゃなかったんだよ、オレ」 頬を伝う涙を指で拭おうとして、指先が触れただけで三橋の体が大きく揺れた。 仕方のないことだと思いつつも、そうした態度にショックを隠しきれない。 「あのさ、こんなことしといてムシが良いと思うんだけど」 しゃっくりあげる三橋の背中に手を置いて、慰めてやりたいと思っているのに、また拒絶されることが怖くて手は空で止まる。 「オレ、三橋には嫌われたくないよ」 返答を求めているような口ぶりで、だけれど否定されるのが嫌で三橋が何か言いごもるのを遮って続ける。 「傷、舐めたのも。キス、したのも。しといて、ヤじゃなかったなんてムカツク言い方だろうけど。でも、普通嫌だよね。嫌だと思うじゃん?でも、全然違うんだもん」 最後の方は、八つ当たりに近かった。 裏返った声でまるで責めるような口調に、三橋の怯えた態度は一層強張ったものになる。 それがまた利央には辛くのし掛かった。 泣いてしまいたい、と思った。 でも、それよりも泣いてる三橋を慰めてやりたい。抱きしめてぎゅぅって抱きしめて骨が折れたらごめん。でも、そうしたら、オレが一生面倒見るからね。 利央が真剣に思ったことは、確実にさらに三橋を怯えさせるだけに違いない。 「好きってことなんだ」 ほらほら、またそうやって泣くんだから。 泣けば許されると思ってる、卑屈で卑怯なお前のことなんかが気になって仕方がないオレは一体何なの? 「でも、お前だって。腕舐められた時、気色悪くないって言ったんだから」 責めるように。 三橋の態度から、おそらくはこうしてきつく言われることを厭うであろうと分かっていてわざとゆさぶりをかけた。 でも、利央はそうやって自分の気持ちばかりを突進させて、風邪をひいてる三橋に「お大事に」とも「早く帰って、休みなね」とも言えない自分に自己嫌悪を覚えるのだ。 (神よ。それでも若さ故に恋に突進してしまう私の罪をお許しください。アーメン) |