ロリー


 



安い菓子を大量に買い込んで三橋に渡したことがある。
理由は何だったのか、大したことじゃ無さすぎて今ではさっぱり思い出せないがその時の三橋が満面の笑顔を向けてくれたことだけは今でも良く覚えている。
何故だかとても嬉しかった。
何故嬉しかったのか、という当時の気持ちを説明することは容易ではないが、ただ瞬間的に気分が舞い上がったのだ。
それからは単純なもので、会う度に駄菓子や時には新しく発売されたばかりのカップ麺や清涼飲料も買い与えた。回数を重ねるうちに、さすがの三橋もここまでしてもらう義理がないと感じたのか、はたまた何か裏があるのではと勘ぐったのか困惑した様子を見せるようになったが、俺はそんな三橋を安心させる為にゆっくりと極力穏やかな声色でただ俺がしてやりたいだけなんだよあげたものを嬉しそうに食べてもらうのが好きなんだ、と今になって思えば白々しい理由を挙げ連ねた。そして、それを信じた三橋も大概愚かだったのかもしれない。
いくら安い駄菓子ばかりだとは言え、大した理由も無しに男から毎回貢ぎ物のようにもらうことを想像してぞっとする。自分が三橋側の立場だったらまず金輪際その男に近寄ろうとはしないだろうと、自分がぞっとさせている側の人間だということを棚に上げて思った。思ったが、止めようと思ったことはなかった。
スナック菓子キャンディーゼリーに煎餅、さくら大根に干し梅、酢昆布。どれをやっても、三橋は美味そうに食べていた。 そのうち、三橋には菓子に限らず好き嫌いというものが無いのだということを知って、少し尊敬した。
すげぇなお前、と言うとはにかんだ三橋は食い意地が張っているだけですよ、と小さく言った。それはその通りだったので、俺は涙ぐむ程笑いまくった。
三橋は最初、目を見開いて少し戸惑った様子でいたが直に笑っている俺に他意が無いのだと分かったのかへらりと緩い笑みを浮かべて応えてくれた。
俺は菓子を与えた時以外に三橋が笑ってくれたのを初めて見たような気がしたから、大層喜んで軽く抱きついて変な顔だけど可愛いなぁ、などと口走ったのだ。
そこまで言っておきながら、当時の自分が何故自分の感情に気付くことが出来ていなかったのかということを考えると、あまりにも稚拙で情けなくなる。
気付いておけよ馬鹿!と、当時の自分を罵って殴りたいぐらいだ。もしタイムマシンがあればその頃の自分に会いに行って、お前ちょっと意地を張らずに正直になりなさいと諭すが、残念なことに二十一世紀になった世の中にもそんなものは存在しないので、後悔に歯ぎしりをするしかない。
男同士だから有り得ない、という先入観から周りがおかしいだろうと眉を顰める程に三橋の機嫌を取っていたのに、それが恋情が基盤になっての行動だと微塵も気が付かなかった。











ある日、三橋に会いに行くとそこには後輩の利央がいた。
色素の薄い髪、肌、目、彫りの深い顔立ちもだからと言って見苦しい程ではなくバランスが良い。一般的に、端整な顔立ちと評価されるのだろう。
自分もまた、どちらかと言えば容姿に恵まれている方だという自負があるので羨ましくはないが、遠目に見てもまぁまぁじゃんと言われる程度の自分と、結構格好良いじゃんと言われる利央との差はなかなか同じ男として悔しいものがある。
その利央が、よりによって自分よりも先に三橋に会っていて(しかも、その日は三橋に会いに行くなんて一言だって言われてはいなかった。俺が、三橋に会いに行くことを習慣化していることを知っているくせにだ)、菓子を渡しているのを見た時の嫉妬と腹立たしさと言ったら、すぐ横にあったコンクリートの壁を拳で叩いてさらに蹴り上げたとしても収まりそうにない程激しいものだった。
もちろん、何の達人でもない普通の高校球児なのでコンクリートの壁なんかを力任せに殴りでもしたらただじゃ済まないことは十分に分かっていたので、実行することはなかった。
しかも、激情を晒したまま三橋に会うことは築き上げてきた信用を一気に崩すことになるので、俺はけろりとした風を装って三橋に声をかけなければならなかったのだ。
赤青黄色、紫やピンクまで、様々な原色のパッケージの菓子を両手を広げて見せてくる三橋にさえ、俺は笑って対応した。
見たこともないパッケージの菓子は、利央の両親が里帰りした際の土産物だと言う。海外の菓子は大抵科学薬品をふんだんに使った原色の無駄に甘ったるい菓子、という俺の偏見は三橋が開けた小さな包みから出てきたトッフィーが立派な青だったことで立証されたことになったが、そんな体に害を及ぼしそうなものを平気な顔をして(むしろ得意げに)三橋に与える利央を殴り飛ばしたくなった。
そんな気も知らずに、三橋は真っ青の絵の具を混ぜ込んだようなトッフィーを頬ばり、甘いと目尻を下げた。
見かけに反して美味いのかと一つ貰って口に放り込んでみる。
甘い。
思わず顔を顰めてしまう、喉が焼け付くような甘さはちっとも美味くなかった。
失礼だなぁ、と利央が大して気にもしていない様子で、口だけは一丁前に憤慨した声色で責めてくる。
うるさい。ペシン、と後頭部を引っぱたいた。別段力を込めた覚えは無かったが、思った以上に音が響いたので、三橋はそれに目を丸くして少し怯えた風に俺の名前を呼んだ。
なぁに、と普段は滅多に出さない猫なで声は三橋の怯えを緩和させる為だった。それなのに、やっぱり三橋は怯えたままで利央くんを怒らないで、なんてことを言う。
怒ってないよと言った途端、ぐ、と喉が痙攣した。
トッフィーが喉に詰まる。焼け付くような甘い甘いトッフィーは溶けて食道にへばりついてしまう。だから、何度も俺は喉を鳴らした。へばりついたトッフィーを胃へと落とし込んでしまう為に、顔を顰めて喉を鳴らした。

「三橋は、利央のことが好きなんだね。何でも食べるみたいに、好き嫌いがないんだなぁ三橋は」

上手く声が出なかったのは、まだトッフィーが食道の辺りでべとべとしているからだろう。震える声も、きっとそうに違いない。そう思っていた。

「そんなことないですよ。でも、利央くん、す、好きです、良い人、」

ふぅんそっか、そっか。
言いながら鞄に入れていた駄菓子を三橋に渡す。

「今度は、もっと喜ぶものをあげるよ」

でかくて、持ち運ぶのには少々骨が折れるかもしれないけれど、三橋の好きな物なら与えてやりたいと思った。
その時、俺は三橋に恋をしていると気付いたのだ。同時に、初めて菓子以外に何かをプレゼントすることが出来ると興奮し、だけど喉の痙攣は収まらず、甘味の後味が残っていた口の中はいつの間にか塩辛い。



次の日、俺は泣きながら後輩を刺した。
謝罪の念ではなく、三橋が喜ぶ顔を想像したら嫉妬で泣けてきたのだ。







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