愛情が綺麗だなんて、そんなのウソ。
あり得ません。
いつだってあなたを思うわ、だって好きなの大好きなの。
束縛して離さないの。
渦巻くどろどろの感情で、あなたを包み込むの。
それが愛情。





~グ~ロ~テ~ス~ク~


休み時間のざわめきというのは、よくもまぁという程に様々な音が入り交じった独特の不協和音の連続だ。
とても耳障りが良いとは思えないのに、何故だかその真っ直中にいる生徒らは嫌悪感を除かせることなく、周りの音に負けじと声を張り上げてさらなる和音を造り出す。
泉にしてみれば、それは非効率この上なかった。なにも、怒鳴り合う必要などない。
皆が皆ごく普通に話してさえいれば、これほど騒がしい空間にはならないだろうと思う。
しかし、そう思っている泉も会話を交わす為にはどうしても聞こえるようにと声を荒げなくてはいけない時もあるので、結局は周りの生徒らと何ら変わりがないのだ。
ただ時々そうすることが面倒で仕方が無くなるので、そんな時は机に突っ伏して睡眠のポーズを取ることが多い。
その時も、泉は何となくある倦怠感のまま机に顔を伏せていたのだが、ふと耳に聞き慣れた声に顔を上げた。
よく通る低い声は、教室でというよりもグラウンドでよく耳にするものだ。
見れば、そこには泉が思った通りである声の持ち主の阿部が三橋と立ち話をしていた。
阿部が三橋を訪ねて来ることは決して珍しいことではないのだが、しかしなんだか様子がいつもとは違って見えた。
どう違うのかというと、阿部が不機嫌そうで(まぁ大体はそんな顔だけれども)三橋が泣きそうだった(これもいつもそんな状態だけれども)。
それで、泉のところにまで阿部の声が届いてきたということは、つまり阿部が少なからず声を荒げていたということだ。(それもまた、普段から怒鳴りっぱなしのようなものだけれども)
よくよく見ていると、どうにもいつもの感じではない。
まぁだいたい、阿部が一方的に三橋に怒鳴ることが多いから一見して三橋がいじめられているように誤解されたとしてもそれは決しておかしなことではない。むしろその方が、自然ですらあるだろう。
けれども、泉はそんな二人のやり取りに見慣れていて、それらが決して険悪な関係から来るものではないことを知っていた。
その泉が、おかしいと思ったのだからそれはやはり尋常ではない。
阿部が、何かを叫んで三橋の二の腕を掴んだ。顔を顰める三橋は、もう本当にいつ泣きだしてもおかしくはないだろう。
喧嘩というにはあまりにも一方的すぎる。
泉は立ち上がって、二人の元へと向かった。
阿部の声が近づくにつれて、内容まで聞き取れるようになるとそのやり取りが本当に一方的と知ることが出来た。
その内容が、阿部の独りよがりというか思いこみというか、何とも曖昧なことで真剣に怒っているので、それが滑稽に思えて泉はたまらず頬が上がりそうになりのを抑えるのに必死だった。

「お前、オレの約束よりもあんな奴との約束のが、大事だったってのかよ」

あなた、仕事と私どっちが大事なの?
そんなありふれた女の芝居が頭に浮かんだ。
あんな奴がどんな奴なのか、泉には到底知り得ないことだったが、ただ阿部だってそうやって一方的に立場の弱い三橋を詰ってることで十分「あんな奴」と呼ばれる要素はある。
泉は冷静にそんなことを思いながら、ますますいきり立って興奮する阿部の肩に手を置いた。

「どうしたんだよ?」
「なんでもない」

素っ気ない一言だけが返ってきただけだった。
しかし、泉はそれが非常に腹立たしかった。
なんでもない、の一言には「お前には関係ない」の意が含まれていたに違いない。被害妄想などではなく、阿部の一言にはそう思わせるだけの感情が込められていた。

「だって、お前がそんなに怒ってて、三橋が泣きそうで。それで何でもないわけないだろ」

泉は感情を抑えて、阿部を見据えて言った。
泉は普段、どちらかと言えば事なかれ主義である。自分を倦厭しているような相手には構わないし、仲の良い相手でも例えば機嫌が悪そうだとかそういった時には、まずは普段通りを装ってそれで駄目そうであればその日は極力放っておく。
だから、「関係ない」と言われればあぁそうですかと、一つ頷くだけであっさり引き下がる。
だって、その方が断然人間付き合いが上手く運ぶのだ。
それなのに、今の阿部の言葉には猛然と言い返している。
訳が分からない。三橋のことは、同級なのにもかかわらずどこか頼りない部分があるから弟のように思っていることもあるので、そのせいで義憤にかられているのかもとも考えた。
そしてすぐにその考えを打ち消した。
こうして悩んでいる時点で、それは「義憤」ではない。「義憤」ならば、独りよがりの正義感を振りかざして満足しているはずだからである。
ふと目があった時、阿部は、ほくそ笑むような表情を泉に向けた。

「オレはただ自分に納得のいかないことを、三橋に抗議してるだけだ。そうだな、まぁ、なんでもなくはなかったかもしれないよ。でも、だからってそれがお前にまで影響を及ぼすことじゃぁないだろ?」
「とにかく、阿部の態度はあまりにも一方的過ぎるよ」
「だから?それでお前は、三橋クンが可哀想だからいじめるのは止しなさいとでも、注意するつもりかよ?」
「したら止めるのかよ?」
「止めない」

阿部は吐き捨てるように言った。

「お前にはまるで関係ないんだし。構うなよ」
「そんなこと言われたって。こんなところで目立つようにやってるからだろ」

その言葉に、阿部の双眸にちらりと意地悪な光が差したように思えた。
なんと憎たらしい目だろうと、泉は一瞬だけ目線を合わせて逸らした阿部を睨み付けた。
高みから見下ろしてくるかのような、優越感に浸りきった目つき。そりゃぁ、阿部は普段から高飛車で自己中心的な部分のある人間だったけれども、それらはかえって阿部の阿部という人格を印象づけるだけのもので、憎たらしいだとか嫌らしいと感じたことなどは一度もなかった。それが、今はどうしたことか阿部のそんなちょっとした目つきが嫌で嫌で仕方がない。
ねっとりとした感じが、なんというか火サスに出てくる「犯人役」の役者が演じるものに似ている。
つまり、とても悪意に満ちたものだったのだ。

「じゃ、他んとこ行ってやるよ」
「今更だろ。それより、続けなくて良いから、三橋のこと責めるの止めろよ」
「そんなん納得がいかない」
「無理矢理引き出す答えで、お前納得するのか?そんなの、馬鹿馬鹿しいだけじゃん」
「無理矢理じゃないもん。なぁ?」

後半は泉ではなくて、三橋に向けられたものだった。
それこそまた、脅しの何物でもない。

「三橋」
「三橋」

阿部と泉が、コンマ秒の違いで名前を呼ぶ。
三橋は、びくりと怯えたように首を竦めて、それからちらりと阿部、泉の順に視線を向けた。
大丈夫、言いたいこと言えば良いよ。思ったこと言えば良いよ。
阿部が文句言ったら、オレがなんとかしてやるから。
そんなことを、視線が合った瞬間に内心で語りかけた。もちろん、それらが全て鈍い三橋に伝わるだなんて、そんなドラマや小説のように都合の良いことなんてないとは思っていた。けれども、意気込んでいたから、ついそうせずにはいられなかったのだ。

「あ、の・・」

か細い声。

「おれ、ちゃんと、話したいから。泉くん、あの・・・ありがと、ね?」

ちらちらと、阿部の方を見ながら落ち着かない様子で三橋は泉にそう言ってきた。

「じゃ、そういうことだから」

阿部が、スカした態度で泉を鼻で笑う。

「・・・ふぅん。あっそ。まぁ、三橋が良いなら良いけど」

でも、やりすぎるなよ。と阿部に笑って返してやった。
何でもないふりして、何にも考えてないふりして、泉は素っ気なく言って教室に引っ込んだ。
どうせ、阿部は三橋を泣かしてさらに険悪な状態になるんだろうな、とそれを想像して愉快でたまらなくなる。



それなのに放課後、部活での二人はすっかり元の鞘。むしろ、かえって結束が固まっているようにすら見えた。

(なんだ、つまり痴話喧嘩だったってことね)

馬鹿馬鹿しい。
泉は、力任せにバットを振りきって空振りをしたのに合わせて、あーあと大きくため息を吐いた。

(勝手に勘違いして、かき回したオレのが悪者じゃん)

憎たらしいくらいに優しい顔で三橋を見る阿部と、そんな阿部に照れたようにはにかむ三橋と。

(ちくしょー、はいはいご馳走様)

泉は、なんだか泣きたくて溜まらなくなってきた。
大きく空振って、あー!と叫ぶ。
悔しがる泉って、なんか新鮮だと隣にいた栄口が笑って言ったのに、泉はオレだって男だよと苦い表情で答えて、ちょっとだけ喉の奥を鳴らして泣いた。
涙も出さず、鳴き声も出さず。
ほんのちょっと、喉にからみつく切なさを噛みしめて、心で泣いた。


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