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成田街道の分岐からほぼ真っ直ぐ東に走っている。津田沼駅北側の交差点を過ぎ、
前原東を通過すると習志野市に入る。 広大な習志野原を北に控えている。 今は大団地群で東京への通勤圏で急激に人口が増えた所である。 この習志野の地名は比較的浅く明治6年に明治天皇が軍の大演習がこの地で観閲したときに銘々されたと書かれている。 御成街道は習志野市藤崎に入る。この藤崎には正福寺の大イチョウが習志野市の天然記念物になっている。この正福寺の建立年は解からないようであるが、イチョウの大きさから相当古いお寺ではないかと思われる。また、お寺の本堂は明治初期に藤崎小学校の校舎として使われた歴史がある。 正福寺の大イチョウ
道路の中にイチョウが立っているが、境内を道路が貫通しこのような位置になる。 |
| 藤崎の先が大久保になる。明治までは大久保新田といわれ、延宝年間(1673年から81年)に市角頼母が開発されたと言われている。
誉田八幡神社の神主であった市角頼母や部落の長である疋田一族が開拓したと記録されている。 疋田家には家康が東金に向かう途中、休憩されたと伝えられている。 |
| 街道を更に進むと実籾に入る。戦国時代、実籾町本郷には千葉氏一族が住んでいた所でもある。 街道の左手には大原大宮神社があり縁組みの神様として知られている。 |
| 京成線の踏み切りを渡るとまもなく一里塚になる。今はこの塚の跡形もないが以前は塚には椎の木が植えられていたが、現在、習志野市立第二中学校に植えられている。
実籾交差点から左に入った所に由緒ある無量寺がある。 本尊は阿弥陀如来(聖徳太子作)・側尊は正観音菩薩(運慶作)や十九夜塔、念仏塔などがあり、また、ここに1つの花に3つの実が生る親子梅が有名である。 |


| 誉田八幡神社 (習志野市大久保) |
大原大宮神社 (習志野市実籾) |
無量寺 (習志野市実籾) |