焼塚から千城台東・提灯塚まで

この区間は千葉市小倉町、一部四街道市(吉岡)、千葉市谷当町、千城台東まで。


 原野の開拓とニュータウン

 焼塚付近を更に東に進むとまだこのあたりは原野であった面影も残る。
国道51号の交差点を過ぎると中新田でこの付近も戦前は開拓地であった。
少し先に進むと四街道市吉岡になる。ここも1843年(天保14年)に開拓地で吉岡新開と呼ばれた。
街道の両側に開拓者の集落があり、今でも残っている。

 今、この街道を歩いてみても当時の開拓の苦労が相当な物であったと伺える。
吉岡を過ぎると右側に大きな団地がある、千城台団地である。昭和40年から工事が始まり開発前は 70%が山林であった言われ、49年に完成し、当時千葉市最大のニュータウンであった。
更に東に行くと御成台研究学園都市があり、東京情報大学が広い敷地にドカッと立っている、又周辺は 住宅地も建てられ新しい都市になろうとしている。

 この先から急な下り坂になり、上り切った右手の御成公園の一角に提灯塚(一里塚)がある。
この提灯塚は街道を挟んで両側に合ったが今は片側にしかない。


御成台研究学園都市にひときわ目立つ
東京情報大学
提灯塚

 



この区間にある主な神社、寺院

八幡神社(若松町)
鹿島神社(吉岡)

昭和14年、開拓者のふるさと宇耶谷村にあったものを移転し村の神様として崇拝する。