意富比神社(おおいじんじゃ)
| 船橋大神宮で呼ばれているこの神社の縁起の伝えは古く「日本武尊」から始まっている。 日本武尊が東征のとき、葛飾郡湊郷(今の船橋)で戦い劣勢になったとき海上で光るものがあり、舟の中に神鏡があり 尊はその前で矢を放ち逆襲となり、その神鏡を祀ったことからとなっている。 この“意富比の神”は大炊の神(おおい)の意で食料の神であると言われている。 そして海上守護神として古くから崇敬され守り続けられてきた。 本殿は海を向いていて、漁師町の船橋を江戸時代いやもっと昔から人々と共に生活してきた重要な神社である。 この境内に「灯明台」が置かれ、民間でたてられたものとされ明治22年頃に設置されたと伝えられいる。 (高さが12メートル)現在は解体修理・復元され電車の窓からも見える。 例大祭は10月20日である。 現在、船橋市民の生活に密接に関わりあっている、大神宮様である。 意富比神社の大宮司を務めているのが東金の旧家の富氏で、家康との親交が深く、昭和57年12月23日の新聞に大きく報道され富氏家から家康史料が数多く発見され、注目を浴びた。 |