メディアミックスによる飛躍
1980年からの飛躍的な部数の伸びの原因は一体なんであったのだろうか。前項のまとめでも述べたとおり、その大きな原因はメディアミックスにあったといえる。
70年代にも、『男一匹ガキ大将』、『ハレンチ学園』、『ど根性ガエル』、『マジンガーZ』、『侍ジャイアンツ』、『サーキットの狼』と、アニメ化や実写映画化されたものは多かったが、商品化権を全てテレビ局や制作会社が保有するなど契約内容や扱われ方が、出版社側に不利なものばかりだった。そこで比較的部数の伸びも安定してきた80年代に入って漫画家の著作権と雑誌の編集権を、アニメ化する際に徹底することになった。ようやく他のメディアにも目が向いてきたとも言えるだろう。その時に手腕を発揮するのが1976年に集英社に入社した鳥嶋和彦であった。(後のメディアミックス雑誌『Vジャンプ』編集長。96年にジャンプの編集長になる)鳥嶋はアニメ化する契約条項を細部までチェックし、台本の直し、キャラクターの修正要求と、漫画家の納得できるようなアニメ化のシステムをつくりあげた。また鳥嶋は1980年から鳥山明『Drスランプ』の新連載をスタートさせ、次回作『ドラゴンボール』をアニメ、映画、キャラクター商品、ゲーム、玩具などの他のあらゆるメディアを巻きこんで一大センセーションをプロデュースした。ファミコンの動向をいち早くジャンプに取り込んだのも彼であったという。
このメディアミックスの流れは80年代は顕著にあらわれ(年表、コミックス一覧参照のこと)『キン肉マン』、『ストップひばり君』、『キャッツアイ』、『キャプテン翼』、『ウイングマン』、『よろしくメカドック』、『北斗の拳』、『ハイスクール奇面組』と続々と連載漫画がアニメ化された。このアニメの人気は漫画にも相乗効果としてはねかえってきた。
また、テレビ局や制作会社の間にはジャンプの連載をアニメ化すれば必ずヒットする、という神話のようなものが出来上がってきた。連載一回目を読んだだけでアニメの原作権を買いにくることもあったという。
アニメだけでなく、ファミコンゲームが全盛期になるとそこでもメディアミックスは力を発揮した。ジャンプの漫画に代表されるようなバトル中心のストーリー展開はゲーム化もしやすかったのだろう。80年代から90年代にかけた代表的なジャンプのバトル漫画は軒並みゲーム化された。