術後写真館

私たちもこのような写真を公の場に公開することには勇気が必要です。恥ずかしい、変な目で見られては困ると思います。それをこえてこうして協力してくださった方々の気持ちを受けとめてこのページはご覧下さい。私たちが術前に感じていた不安を、今!感じている方の力になりたいのです。こわがらないでという先輩からのメッセージです。

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この写真館は、私達が手術前に胸をなくしてしまうかもしれない、術後自分はどんな姿になってしまうんだとうと不安におののいた経験から作りました。ご覧のように経験豊かな医師による温存手術を受けた場合は、日常生活ではほとんどかわりない姿を残すことが可能です。温存することが出来るかどうかは、腫瘍の大きさや、石灰化の状態、乳管内の癌の進展状況などによってケースバイケースとなりますが、このページの最後に乳房温存への道をメッセージとして記しましたのでご覧下さい。

希望会では、乳房再建をされたかた、センチネルノード生検をされたかたの画像を求めています。下記のようにご本人が特定できない画像でhpに掲載させてください。メッセージはご自身でご記入いただきます。ご協力いただける方はまでご連絡下さい!

38歳未婚 99年 名古屋市立大学病院 遠山先生執刀 T3N2M0(手術時) 右乳房非定型・腋窩郭清 術後3ヶ月で鎖骨上窩リンパ節に転移 タキソール4クール
DSCF0023.JPG (754669 バイト) 33歳既婚 97年 名古屋市立大学病院 岩田先生(現愛知県がんセンター乳腺外科部長)(執刀 T1NOMO 温存・腋窩郭清無 同一乳房に2つの腫瘍が認められたが温存を強く希望し温存。腋窩郭清も本人の強い希望で回避 リニアック50Gy CMF3クール
43歳既婚 98年 大船中央病院 雨宮先生執刀 と思っていたが、実は研修医が執刀していた疑いが後日浮上。

T2N0M0 温存・腋窩郭清無 広範囲な石灰化が認められたが強く温存を希望し実現 温存手術、腋窩郭清省略 リニアック50Gy CMF3クール

地元病院では温存手術は1/4切除、腋窩郭清必須とのこと。やむなくイデアフォーに相談し、大船中央病院へ

注)大船中央病院は医療費を長年にわたって不正請求していた疑惑が昨年より浮上中。一部患者と病院間の信頼関係が著しく損なわれているため注意が必要です。

5?歳既婚 98年 大船中央病院 雨宮医師執刀 2cmの浸潤性ガン リンパ節転移無 温存・腋窩郭清無 CMF1クール リニアック50Gy 3年間のホルモン療法(タモキシフェン内服)義姉の乳がん経験より手術痕のきれいな雨宮医師を選択しました。(山梨県立中央病院で全摘手術を強く勧められた姉が雨宮医師のもとで温存できたので)
 

 

44歳既婚 98年 大船中央病院 雨宮医師執刀 T3(腫瘍径6センチ)粘液ガンN1(リンパ節転移有り)術前CAFを3クールでしこりが3.5センチに、厚さも1/3になってから温存手術。腋窩郭清有り。術後にリニアック50GyCAF2クール。

初診の病院では水がたまっているといわれ経過観察不要とのこと。8ヵ月後しこりが大きくなったので再受診。そこで細胞診をしてガンとわかる。納得できず、知人の紹介で大船中央病院を受診。

術後腋窩郭清の副作用で浮腫が出現。現在に至る。左右の腕の違いは写真のとおり。わたしは腋窩リンパ節に転移をしていたので郭清もやむを得ませんでしたが、転移の無い方の腋窩郭清はこのような副作用もまれにはあるということをよく考えていただければと思います。

49歳既婚 H9年1月末に自分でしこりを発見。開業医の紹介で名古屋市立大学病院を受診。 小林医師(当時助教授)の診察を受け、腫瘍径1.6センチ、9割が良性繊維種であったということで2月に外来で切除。術後の細胞診の結果癌とわかり3月2日再手術(岩瀬医師執刀)腋のリンパ節を郭清。放射線25回CMF12回受ける。最初に穿刺細胞診をうければ外来手術を避けることができたのでは・・と後日悔やまれる。
44歳既婚 2000年8月 自分でしこりに気付き近所の外科を受診。穿刺細胞診で悪性細胞が出たため名市立大学病院を紹介され受診。腫瘍径2cmでT期。山下医師執刀による手術を受ける。放射線25回、悪性度グレイドVで、ホルモンレセプターがない為、CMFをするが2クールで中止。腋窩リンパ節郭清をしないですむなら、センチネルノードリンパ節生検を受けて手術をしたかったと思う。

腋窩リンパ節を郭清しないという選択肢を医師からしめされていたらそういった選択をしたかもしれない。腋窩リンパ節郭清による後遺症は結構気になるのでこれからの人はよく考えてほしいと思います。

47歳既婚 2000年の記念すべき年の3月に近所の産婦人科医(以前から腫瘤はあったが、良性だといわれていた)から紹介され名古屋市立大学病院を受診。穿刺細胞診で癌と診断。腫瘍径2cm遠山医師執刀による乳房温存手術(腋窩リンパ節郭清)を受ける。入院期間12日、リニアック2Gry×25回

しこりに気付いたら、こわがらずに早く受診してください。

26歳未婚 1999年3月名古屋市立大学病院 岩瀬助教授(現熊本大学教授)執刀。T2N1M0病期UB。同一乳房に2つの腫瘍があったが温存。腫瘍径3cm、リンパ節転移有、HG:3、ER(−)、PgR(-)。術後CMF6クール、リニアック50Gy。以後治療なし。98年12月にしこりがあることに気づいたものの、癌とは疑わずに地元の総合病院を99年2月に受診。年齢的なこととリンパ節転移があることから全身への転移もあると脅され、全摘手術を強く勧められた。数日後知人の紹介で岩瀬助教授の診察を受ける。日常生活ではパットをしていますが、温存でよかったと思っています。(特に温泉)治療方法だけでなく医師との相性もあるので、早い時期にセカンドオピニオンを求めることをお勧めします。
名古屋市立大学病院 

 

乳房温存への道

 

1)早く受診してください。腫瘍は小さいほどきれいに温存できる可能性が高くなります

2)温存出来ないといわれたら、乳腺外科の専門医にセカンドオピニオンを求めましょう

3)複数の医師に不可能だと言われたら、温存できると言ってくれる医師を探してさすらうのはやめましょ

う。いたずらに治療開始を遅らせることは得策ではありません。→6へ

4)なぜ温存したいのかを自分に問いましょう。また温存できると言った医師には下記の自分が満足できるレベルをしっかりと伝えましょう。温存出来ても大きな変形をまぬがれないことがあります。

・どんなにわずかでも自分自身のふくらみが残せれば満足できる

・日常生活上、着衣の状態で気づかれない程度の胸が残れば満足できる

・乳頭を残すことができれば満足できる(温存手術後は手術した側は授乳は難しいです)

・水着、レオタード、胸のあいたTシャツ等を着たときにわからない程度の胸を残したい

・裸で勝負できる胸を残したい

5)目的によっては医師ができるといった温存と自分の望みがくいちがうことがあります

6)落としどころをさぐります(この時にあなたの希望と調整の努力をせずに、一方的に治療方法を押し付ける医師は避けたほうがよいでしょう。「命と胸とどっちが大事だ」という医師がよくいますが、「どちらも大切です」と答えてわかってもらえないようなら、その病院を見限ってもよいでしょう。じっくり相談し、充分メリットとリスクについて説明を受け、自分自身で治療方針を選択できるように導いてくれる医師をさがしましょう。)

 下記の順番は希望会のお勧めの順番ではありません!

・乳房切除し再建をめざす(再建を最初から考える場合は、放射線はかけないほうがいいとか、乳頭を残したほうがいいとか、皮膚をなるべくのこす等通常とは別の注意が必要です。よく主治医と相談しましょう。再建については方法、時期等を検討することが必要です。)

・術前化学療法で腫瘍を温存手術可能な程度まで縮小させることをめざす※化学療法は効果のあまり無い人もいます。その場合手術時期が遅れるというデメリットがあります。

・プチ筋弁法等を用い乳がん手術時に部分的に欠損を補充するような処置をしてもらう。※どこでもしてくれるわけではありません。

・あきらめる※術前の今あなたが感じている喪失の恐怖と苦痛はおそらく最大のものです。術後はもちろん悲しいですが、徐々に気持ちがおちつき受け入れられるようになる方がほとんどです。また20万円程度で、つけたままお風呂にも入れるという本物と見分けがつかないほどの樹脂製乳房も作ってくれる業者(義手、義足などを作るメーカーです)があります。

・自己責任で強引に温存手術をしてもらう(結果は自分でひきうける。かつ家族の了解もしっかりとっておく。万が一の自分の死後家族が医師を訴えたりしないように)

・その他