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現在、過去、未来、最高のレスラーであるヒットマンの 過去から現在までを活躍を一気に紹介するとともに、 偉大な父であるスチュ・ハートさんのエピソードや 故オーエンに送ったブレットからのメッセージまで...。 間違いなくアメリカン・プロレスを代表する一人である ヒットマンの活躍をギュッと詰め込んだコーナーです。 |
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ブレット・ハート 1958年7月2日生まれ AB型 184cm. 110kg. カナダ・アルバータ州 出身 ハート一家では6男坊 WWF世界王座5回. WWFインター・コンチ王座2回 WWF世界タッグ王座2回. WCW世界王座1回 WCW・US王座4回. WCWタッグ王座1回 ( 2000年4月現在) ( 詳しくは ゛ヒットマンのタイトル歴 " をクリック ) |
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| スチュ・ハート ヘレン・ハート 結婚当時のハート夫婦 TVオープニング・ロゴ | ||||
前列右端がオーエン その後ろがブレット |
カナダ・カルガリーの名門レスリング一家であるハート家は スタンピート・レスリングの父、゛スチュ・ハートとヘレン夫人" が 1947年の結婚によって歴史は始まった。子供には、なんと 12人にも恵まれ上から、スミス、ブルース、キース、ウェィン、 ディーン、エリー、ジョージア、ブレット、アリソン、ロース、 ダイアナ、オーエンと男8人、女4人と大家族になったのだ。 ヘレン夫人なくしてハート家なしである。男兄弟は1度はみな プロレスを経験しスタンピート・レスリングで活躍したのである また、ハート家の4人姉妹は全てレスラーと結婚している。 |
![]() ハート・ファミリー |
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左からブレット、ダラス、 ジェイド、ジュリー、 ブレイド、サバイナ |
ブレット本人は、ジュリーさんと結婚し4人の子供に恵まれた。 奥さんジュリーさんは、なんとダイナマイト・キッドの奥さんと 姉妹同士。子供達の名はジェイト、ダラス、サバイナ、ブレイド と、男の子2人、女の子2人。長男ダラス君はWWFマガジンで コーナーを持っていたのでご存知の人も多いはず。 ハート家の娘さん達と結婚して新たなメンバーと言えば 義兄弟としてエリーさんと結婚したアンビルと ダイアナさんと結婚したブルドッグがハート家に加わった事に より、ハート家はいっそう大きなレスリング・ファミリーとなった。 |
![]() ダラス&ブレイト゛ |
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![]() ブレット&スチュ・ハート |
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| スタンピート・レスリングで活躍していた頃のヒットマン。左からノース・アメリカン王者の時。'83年当時の 左がブルース兄ちゃん、真中がヒットマン、右がキース兄ちゃん。デビュー当時のヒットマンとD・キッド!! |
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幼い頃からプロレスを見て育ったブレットだったがリングに 上がる事は高校を卒業しても考えておらず、そのまま大学に 進学。ところが途中で学費が払えなくなると、父の下でバイトで レフェリーをやるようになり、同時にミスター・アダチとミスター・ サクラダのコーチを受けた事によりフ゜ロレスラーになる事を 決意する。'79年の夏、ダイナマイト・キッド戦でデビューをすると 早くも'80年6月には新日に初来日を果たした。その後地元の タイトルを総ナメにした後に新日にも再び来日を果たし、初代 タイガーマスクとも戦った事で、日本でもその名は定着した。 。 |
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そして、ヒットマンは'84年7月にWWFデビューを果たしたが シングル、タッグ、ヒール、ベビーと試行錯誤の後、 ついに、1985年1月にハート・ファウンデーションを結成。 ( 詳しくは゛ WWF世界タッグ王者 " をクリック ) ジミー・ハートを付け、ヒールとして最初は売り出したが スバ抜けたレスリング・センスとアンビルとのコンビで人気が 出始めた'86年4月にはコスチュームをピンクに変えると共に ベビーに転向。'87年1月にB・ブルドッグスを破り、初のWWF タッグ王座を獲得。初のタッグ・タイトルは約9ヶ月間も守った。 その後もタッグとして活躍を続け'90年8月に再び返り咲く。 '91年3月に王座転落と共にヒットマンはシングルプレイヤーの 道を歩み始め、'91年8月にはインター・コンチ王座に輝き、 一度は王座転落をしたが'92年4月に再び返り咲く。インター・ コンチ時代は、ショーンやブルドッグと名勝負を繰り広げた。 (詳しくは゛WWFインター・コンチ王者"をクリック) |
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そして、'92年8月のサマースラムでブルドッグに敗れて王座を 転落してしまうが、もっとも記憶に残っている試合の1つです。 '92年10月にはリック・フレアーを破り、念願のWWF世界王者に 輝いたのである。 (詳しくは゛WWF世界王者"をクリック) 以後、ヒットマンはWWFのトップ・レスラーとして通算5回も WWF世界王者に輝いた。約13年間にも及ぶWWFの活躍で これほどの輝かしい記録を持っているレスラーは、他には いないだろう。まさにWWF一筋で活躍をしていたが'97年 11月にWWFを脱退し、12月にはWCWに登場したのであった。 |
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新天地をWCWに求めたヒットマンは、'97年12月15日にWCWに 初登場し、'98年1月24日のリック・フレアー戦において正式 デビューを果たした。当時のWCWは赤と白のNWO対決が 主流であったため、ヒットマンもこの流れに入っていく感じで ホーガン派、白NWOに合流。'98年7月にはWCWでは初のUS・ ヘビー級王座に輝いた。その後はホーガンと行動を共にし 白NWOとして活躍するが、'99年5月の突然のオーエンの死に ヒットマンはリングから姿を消した....。その後インタビューでは 姿を表すも正式復帰は4ヵ月後の9月13日だった。オーエンの 悲しみを乗り越えてリングに復帰したヒットマンは、 ついに、'99年11月にWCW世界王座に輝いたのである。 ( 詳しくは゛HART IN WCW " をクリック ) |
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ベヒーとして活躍をすると思いきや、2000年に入るとヒールへ 転向し、まさかのNWO再結成をしたのであった。 ヒットマンはケガのためベルトは剥奪されてしまったが、今後も その行動が注目されめのは間違いないであろう。 '79年にデビューして以来、キャリアは20年以上であり、 インタビューでは゛40才になったら引退したいね"と語っていた ヒットマンも、2000年で42才である。過去から現在へと トップ・レスラーとして活躍し続けたヒットマンの未来は、 もしかしたら、そんなに長くないのかも知れない...。ブレットが ヒットマンである以上、現在、過去、未来において最高の レスラーである事は間違いないだろう。 |
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