「レスリング・ウィズ・シャドウズ」って映画、知ってますか?

映画のタイトルは「ヒットマン・ハート/レスリング・ウィズ・シャドウズ」。カナダ・
トロントのハイ・ロード・プロダクションというそれほど大きくない映画会社が
製作した長編ドキュメンタリーが、さる10月19日からイギリスのシェフィールド
で開催中の゛イングランド・フィルム・フェスティバル " でプレミア上映されている。

原題をニュアンスみたいなものを無理やり和訳するとしたら「プロレスの光と影」
ということになるのだろう。映画は1997年11月9日、カナダ・モントリオールでいっ
たいなにが起こったのかを克明に伝えている。ドキュメンタリー映画だから゛ヒッ
トマン " ブレット・ハートもビンス・マクマホンも、もちろん実名で登場している。

゛'97年11月9日 " とは、ヒットマンがショーン・マイケルズに敗れWWF世界ヘビー
級王座から転落した日。ヒットマンにとっては、13年間在籍したWWFに別れを
告げた日。モントリオールの長い一日、というやつである。

企画書の段階では、この映画はヒットマンとその家族のふれあいを描いた゛ファ
ミリーもの " になるはずだった。ハイ・ロード社とWWFのあいだで契約が結ばれ
たのは'96年秋で、じっさい撮影がはじまったのが '97年1月。試合シーンについ
ては、ヒットマンがジ・アンダーテイカーを下してチャンピオンの座に返り咲いた
同年8月3日の「サマースラム」で撮影を完了。その後はカナダ・カルガリーで
ヒットマンとその父スチュー・ハートのふだん着の生活がフィルムに収められる
ことになっていた。

この映画がなにがそんなにすごいのかといえば、やっぱり情報開示の精神と
いうことになる。WWFサイドが試合会場のバックステージ・エリアでの撮影を
許可しているため、これまではあまり観客の目に触れることのなかったビハイン
ド・ザ・シーンがそのままスクリーンに映し出されている。ヒットマンとビンスの会
話が ゛加工 " されずに映画のワンシーンになっている。

ヒットマンの苦悩を3つのシンプルな単語で表現すると「レスリング・ウィズ・シャド
ウズ」になるのだろう。映画は、主人公ヒットマンの生い立ちから現在までをきわ
めてストレートに描写している。父スチューがレスリング・ビジネスのしきたりを
語る。12人の子供を生み、8人の息子たちがプロレスラーとなり、4人の娘たちを
プロレスラーの嫁がせた母ヘレンが ゛家業 " としてのプロレスを語る。ヒットマン
の妻ジュリーが「そろそろふつうの生活がしたい」とカメラに向かって語りかける。

ムービー・カメラがバック・ステージを走る。スクリーンに映っているヒットマンの
キャラクターは、リング上でもプライベート・シーンでもそれほど大きくは変わら
ない。'96年にヒットマンとWWFのあいだで交わされた゛20年契約 " 。年俸150万
ドル( 約1億8000万円 )。ライバル団体WCWとの接触。ありとあらゆるデータが
観客に伝達される。「ベルトを落としてくれ」と頼むビンスとそれを「ノー」と拒む
ヒットマン。そして ゛運命の11月9日" がやって来る。

舞台は全米生中継のPPVイベント「サバイバー・シリーズ」。ロケーションはモン
トリオール。タイトルマッチを数分後に控えたヒットマンが、バックステージで妻
ジュリーにこうささやく。
「心配するな。反則負けにするから」
ジュリーは、目をとじてつぶやく。
「私は、そうじゃないと思うの」。

映画のクライマックス・シーンは、ヒットマン対ショーンのWWF世界ヘビー級選手
権試合の゛実写版 " 。挑戦者ショーンがシャープシューターの体勢に入った瞬間、
いきなり試合終了のゴングが鳴らされる。レフェリーがショーンにベルトを手渡す。
ヒットマンの視線は、リングサイドから最後の゛指令 " を出したビンスだけをとらえて
いる。「レスリング・ウィズ・シャドウズ」は、物語のエピローグを観客の審判にまか
せている。いちばんすごいのは、映画がちゃんと世に出たことである。