TVインタビューでヒットマンは
スティングに共闘宣言をした
'98年7月
DDPを下し見事、US王者に輝いたヒットマンと共に
ゴールドバークが世界王座に輝き、WCWマットは
新たな局面を迎えていた。本格的に動き始めた
ヒットヒマンはTVインタビューにおいて、赤NWOの
メンバーである、スティングに対して「共闘宣言」とも
受け取れる発言をした。白NWO加入後もどちらかと
言えば別行動をしているヒットマンが、赤NWO加入で
微妙なポジションになってしまったスティングにエールを
送ったのであった。しかし、このヒットマンの行動は
ここから始まるスティングとの抗争の第一歩だったとは!!

ヒットマン&スティンク゛は実に
新鮮なタッグチームである




白NWO加入から、わずか
3ヶ月で亀裂が生じた?
'98年8月
共闘宣言からヒットマンを取り巻く状況も少しづつ変わり
始めていた。スティングとの不思議な友情関係、ますます
白NWOの中で浮いた存在となっていったヒットマンは
再びホーガンとのタッグでスティング&ルーガーと戦うが
暴走したホーガンに怒ったのは、赤NWOのメンバーでは
なく、意外にもヒットマンであった。反則攻撃を続ける
ホーガンに対してヒットマンは怒り心頭。これを期に
TVインタビューに登場したヒットマンは「ファンのみんなに
謝りたい..私のいる場所は白NWOではない!!」と、
ヒットマンは白NWO脱退、ベビーフェース転向へを宣言。


TVインタビューでヒットマンは
白NWOからの脱退を表明





スティングに対して裏切りの
シャープシューターを決めた
'98年9月
ヒットマン&スティングという究極のベビータッグ
誕生か?と、思われた矢先に事態は急変。9月28日の
TVマッチで急きょ実現したヒットマンvsホーガン戦で異変は
起こった。試合開始そうそう左ヒザを負傷し動けない
ヒットマンに攻撃を続けるホーガンの前にスティングが登場
ヒットマンがタンカで退場になった事で、急きょホーガンvs
スティング戦へ。試合を決めようとしたスティングが
サソリ固めの体制に入った瞬間、リングサイドに戻って来た
ヒットマンが、なんと!! スティングにDDTを決め、そして
とどめのシャープシューター!! これまでのヒットマンの行動は
全てこの時につながっていたのだ。再びホーガンと手を
組んだヒットマンには会場からは大ブーイングの嵐だった。

再び合体を果たした
ヒットマン&ホーガン




前哨戦ではスティングが
ヒットマンを追い込んでいた

'98年10月
スティングへの裏切り、ホーガンとの再合体でヒール道に
逆戻りしてしまったヒットマンは本格的にスティングとの
抗争に突入した。私が一番見たかった抗争が実はコレで
あったのだ。WCW登場以来のヒットマンの対戦相手は
どこか新鮮味がかていたが、スティングとの対戦は実に
興味深いものである。次回のPPVに向けて始まった2人の
抗争は週を追うごとにエスカレートして行き、ついには
リング外でのハードコア・マッチまで発展してしまった。

'98年10月25日 HALLOWEEN HAVOC
両者とも一歩も引かない素晴らしい内容であったが、
ヒットマンのバット攻撃によりスティングは戦闘不能状態に。
シャープシューターに、ピクリとも動かないスティングに
対して、レフェリーはヒットマンのTKO勝ちをコールした

戦闘不能なスティングに対して
なおもシャープシューターを!!




'98,10.26のTVマッチで
DDPに敗れUS王座転落
'98年10月、11月
ハロイン・ヘイボックの終了後、WCWに激震が走った!!
まず翌日のTVマッチにおいてDDPの挑戦を受けた
ヒットマンがまさかのフォール負けで王座から転落。そして
ホーガンの突然の引退宣言(実は足の手術&リハビリ)。
これにより追い続けていたホーガンが姿を消したため
ヒットマン物語も微妙に修正を余儀なくされる事になる
そして登場してきたのが、ゴールドバーグであった。
次なる標的にヒットマンが選んだのはWCW王者
ゴールドバーグであっため、ヒットマンvsゴールドバーグの
世界戦の可能性がでてきたが、しかしヒットマンを取り巻く
状況は'99年に入ると激変するのであった.....。

'98.11.30のTVマッチで再び
王座に返り咲くヒットマン