京阪奈ぶらり歴史散歩
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竹林の山里・嵯峨野&紅葉の嵐山にじっくり+嵐山花灯路
 
大沢池
今回の歴史散歩は、阪急・嵐山駅から、渡月橋・天龍寺・・・そして清涼寺から大覚寺までの、嵯峨野の定番とも言えるコースです。

本来なら化野念仏寺も加えたいところを、念仏寺と大覚寺の両方は少し遠いかも知れないと、こちらのコースでは、途中から大覚寺へと向かう事にしましたが、時間と体力に余裕のあるかたは、ぜひ、念仏寺や鳥居本あたりまでどうぞ。

化野念仏寺、鳥居本・清滝へは、【保津峡から嵐山へ】のコースを参照してください。
そちらのコースでは、滝口寺・祇王寺から渡月橋までは、今回の逆コースとなります。

化野念仏寺
冒頭の時の帝とは、第52代・嵯峨天皇の事・・・嵯峨野には、風雅を愛した嵯峨天皇ゆかりの地が点在します。

京都観光の目玉とも言える場所なので、右写真のような案内板が、各要所に設置されているので、鳥居本や化野念仏寺へ足をのばす場合も安心です
嵯峨野
阪急・嵐山駅
 05分
1 渡月橋
 10分
2 天龍寺
 10分
3 野宮神社
 15分
4 常寂光寺
 04分
5 落柿舎
 06分
6 二尊院
 10分
7 檀林寺
 ,すぐ
8 祇王寺
 ,すぐ
9 滝口寺
 15分
10 清涼寺
 17分
11 大覚寺
 ,すぐ
バス停・大覚寺
京都市バス・28番で
阪急嵐山駅へ
歩行時間:約1時間40分
 
                                11、大覚寺
                                    
 
                                 
  7、檀林寺                     
  8、祇王寺                    10、清涼寺
                                 
 9、滝口寺                                 
                                      
 6、二尊院                             
                5、落柿舎                      
 
   4、常寂光寺  
                               3、野宮神社           
                  
                                  
 
                              2、天龍寺            
 
                                      1、渡月橋 
                                                
渡月橋
嵐山・渡月橋 嵐山・渡月橋
もう、説明はいりません・・・清水と並んで、最も京都らしい風景と言えばココでしょう。
渡月橋を渡り、まっすぐ行くと、左側に天龍寺の門が見えてきます
天龍寺
(拝観:600円)
天龍寺・菖源池庭園
嵯峨天皇を供養するために、足利尊氏が暦応二年(1339年)に建立・・・正式名称は霊亀山天龍資聖禅寺と言います。

とにかく、嵐山・亀山を借景にした菖源池庭園が見もので、庭園拝観料が500円、プラス100円で方丈など諸堂が拝観できます。

今回のコースだと、渡月橋
天龍寺・方丈
天龍寺・北門 からの道沿いにある東側の門から入り、諸堂を拝観してから、庭園を巡り、最後に北門から出て、野宮神社へ・・・

諸堂の拝観入口と庭園の拝観入口は隣接してます。
天龍寺・書院
天龍寺・多宝殿への通路 天龍寺・方丈
境内が広いので時間をたっぷりと・・
後醍醐天皇の聖廟・多宝殿↓
天龍寺・多宝殿
野宮神社
野宮神社 竹林の中にひっそりとたたずむのは、野宮(ののみや)神社・・・

第11代・垂仁天皇の時代(3世紀頃)から、南北朝時代(14世紀後半頃)まで、歴代天皇は、未婚の皇女を伊勢神宮の奉仕へと出すのが慣わしとなっていて、これを斎宮と言いました。

斎宮に立たれる内親王は、まず皇居内の初斎院で1年余り潔斎され、その後この野宮神社に入り、3年間の潔斎の後、伊勢神宮に向かわれたのです。

平安時代、最盛期の野宮神社は、嵯峨野一帯に天皇一代ごとに設けられるものでした。
黒木の鳥居
黒木鳥居とは、樹皮のついたままの鳥居の事で、形式としては原始的な最古の形式の物と言われています。

源氏物語の『賢木(さかき)』にも登場する「小柴垣に黒木の鳥居」が、現在に再現されています。
野宮神社の黒木の鳥居 野宮神社・境内
嵯峨野名物の竹林はぜひとも歩きたい!
嵯峨野の竹林
トロッコ・嵐山駅 小倉池
野宮神社から有名な嵯峨野の竹林(←)を抜け、
トロッコの嵐山駅(写真中央)を過ぎ、小倉池(写真右)を越えれば常寂光寺
常寂光寺
(拝観:400円)
紅葉の名所・小倉山に建つ常寂光寺・・・重要文化財の多宝塔は檜皮葺き和様と禅宗様の両方を取り入れた物です。

この多宝塔越しに見る嵯峨野の眺望は見事です。
常寂光寺・多宝塔越しに見る嵯峨野の眺望
常寂光寺・仁王門 茅葺きの仁王門の紅葉は小倉山の中でも名所中の名所・・・

豊臣秀吉が建立した東山・方光寺の大仏開眼供養への出仕を断った日蓮宗の僧・日メiにっしん)が、その隠遁の地として、自らが大好きな和歌の里・小倉山を選んで、この寺を開いたとされています。
常寂光寺
紅葉の写真は【保津峡から嵐山へ】のページで
落柿舎
(拝観:200円)
落柿舎 今回は残念ながら門が閉まってましたが・・・
落柿舎は、あの松尾芭蕉の門下で、芭蕉十哲にも数えられる向井去来が晩年を過ごした草庵です。

茅葺きの案は、わび・さびの風情ある造りで、俳人らしい趣のあるものです。

「庭にあった40本の柿の木の実が、一夜にしてほとんど落ちつくした」というのが、その名の由来で、松尾芭蕉が、名作
「嵯峨日記」を執筆した場所としても有名です。
二尊院
(拝観:500円)
本尊に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を祀るところから、二尊院と呼ばれますが正式名称は二尊教院華台寺(けだいじ)と言い、嵯峨天皇の勅願で開山したと言います。

小倉山を背景に総門から本堂まで伸びる参道は「紅葉の馬場」と呼ばれ、嵯峨野屈指の紅葉の名所として知られています。

伏見城の「薬医門」を移築した総門、藤原定家が百人一首を選定したとされる「時雨亭」など見どころたくさんです。
二尊院・紅葉の馬場
二尊院・御園 二尊院・本堂
本堂
紅葉の写真は【保津峡から嵐山へ】のページで
檀林寺
(拝観:500円)
檀林寺門跡
祇王寺への道の途中に檀林寺がるので、まずはコチラへ・・・
紅葉が美しいお庭もありますが、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子の創建なので、皇室ゆかりの宝物が多数あります。
ひょうたん池の庭 檀林寺・本堂
屋根瓦の菊の
ご紋が光ます!

本堂・瓦
祇王寺
(拝観:300円)

清盛供養塔と祇王の墓
祇王について
祇王『平家物語』に登場する白拍子・・・男装姿に身を包んで歌って踊る、豊富な知識と上級の芸を持った最高級の遊女です。
時の権力者・平清盛の寵愛を受け、妹・祇女とともに、一世を風靡しますが、やがてその寵愛が仏御前へと移る中、愛の空しさを感じて母・妹とともにひっそりと暮らしますが、そこへ、やはり清盛の寵愛を失った仏御前が訪れ、ともに、その余生をここでここで暮らしたのです。
祇王寺と言えば、やはり、その悲しい逸話とともに、哀愁をそそる秋の紅葉のこの姿が一番ですね。
嵯峨野屈指の人気スポットです。
滝口寺
(拝観:300円)
滝口寺 祇王寺のさらに奥まった所にある滝口寺へ・・・
滝口寺
滝口寺は、平家物語の悲恋で知られる滝口入道ゆかりのお寺です。
一方、悲恋の相手の横笛が仏門に入った奈良の法華寺には、滝口から彼女の送られた手紙で横笛自身が作ったとされる横笛像が安置されています。
 ★法華寺の場所は・・・
 奈良歴史散歩【佐保・佐紀路】のページへ
滝口寺・横笛の歌碑 滝口寺・平家一門供養塔
↑横笛が指を切って、その血で歌を書いて帰ったとされる石(左)と滝口・平家一門の供養塔(右)
滝口と横笛の恋(平家物語より)
平重盛の家臣・斉藤時頼は、建礼門院付きの女官・横笛に恋をしますが、身分の違いから父に叱責され、主君の信頼を裏切り恋に迷った自分を恥じ、ここ嵯峨の法住院にて出家し、滝口入道と称します。

「一目会いたい」とやって来た横笛は、面会を断られ、泣く泣く近くにあった石に歌を書いて帰宅・・・修行の場所を知られた滝口は、高野山へと入りますが、一方の横笛も、奈良の法華寺に入り、尼となりました。

ともに、仏の道に進んだ二人は、一首の歌を交わしますが、まもなく横笛は亡くなり、滝口はその未練を断ち切るかのように高野山にて修行に励んだという事です。
新田義貞の首塚
新田義貞・首塚
また、滝口寺には、新田義貞の首塚(左)と、妻・匂当内侍(こうとうのないし)の供養塔(右)があります。

三条河原にさらされていた義貞の首を盗んで、匂当内侍が、ここに庵を開いたのだとか・・・
匂当内侍・供養塔
ちょっとウラ話・・・新田義貞の恋

新田義貞と言えば、後醍醐天皇足利尊氏とともに鎌倉幕府を倒し、尊氏が反旗をひるがえした後も天皇について戦う義に篤い武将・・・、楠木正成と並ぶこの時代の人気者ですが、そんな彼は36歳で熱烈な恋をします。

九州へ逃走した尊氏に追い討ちをかけるかどうかの相談をしに、天皇のところへ出向いた義貞は、宮中で一人の女性を見かけます。

静かに琴を弾くその美しい姿に、一瞬にして恋に落ちる義貞・・・『中将(義貞)行方も知らぬ道にまよひぬる心地して、帰る方もさだかならず、淑景舎(しげいしゃ)の傍にやすらひかねて立ち明かり』・・・
これは、
『太平記』に記されているその日の義貞の様子。

淑景舎とは、彼女の邸宅。
義貞は、あまりにもポーっとなってしまったため、どこをどう通って家に帰ってよいのかさえわからず、彼女の家の前で立ちすくんだまま、一夜を明かしたと言うのです。

この時、義貞36歳・・・まるで、10代の少年のような恋心です。もちろん、次の日もその次の日も、思うのは彼女の事ばかり。
食事もノドに通らずげっそりと痩せてしまいます。

彼女は、公家・一条経尹(つねただ)の娘・・・本名はわかりませんが、天皇に仕える下級女官の官職名・勾当内侍(こうとうのないし)と呼ばれていました。

義貞の胸の内を伝え聞いた後醍醐天皇は、「そんなに思いつめているのなら・・・」と、彼女を義貞に与えます。

義貞は、もう狂喜乱舞!・・・片時も彼女を離さず溺愛します。彼女も、それに答えます。
無骨なアズマ男の義貞ですが、その分純粋で彼女一筋。
一方の後醍醐天皇は正式なお后だけで18人というスゴ腕ですから、かえって嬉しかったのかも知れません。

この後『太平記』は、
『中将、内侍に迷うて、勝つに乗り疲れをせむる戦ひを事とせず。そのつひえ、はたして敵のために国を奪われたり』
と、「義貞が負けたのは、内侍との恋に溺れたせいだ」と書いています。

本当にそうなのかどうかは、わかりませんが、確かに、この後、義貞は勝ちに見放されてしまうのです。

逃走先の九州で態勢を立て直した尊氏は、湊川の戦いで、新田軍、楠木軍を破ります。正成は討死し、義貞は京に敗走。

やがて、京にも攻め込んできた尊氏の勢いに押され、越前へ退去します。

その時、京の都に、彼女を残したまま落ちた義貞・・・越前で奮戦するも、なかなか思うようには勝利できず、すぐに京を奪還する見通しが立たないと判断した義貞は、彼女を越前に呼び寄せる事にします。

彼女は、すぐに身支度を整え、一路、越前へと向かいましたが、義貞は、敵が篭もる藤島城に向かう途中、遭遇した別隊の敵の矢に眉間を撃ち抜かれ、彼女の到着を待たずに命を落とすのです・・・彼女と始めて会ったあの日から二年・・・38歳の夏でした。

その後の彼女は、尼となって京の嵯峨の庵で、義貞の菩提を弔いながらひっそりと暮らしたとも、狂乱して琵琶湖に身を投げて義貞の後を追ったとも言われています。

時間があれば
化野念仏寺へ
化野念仏寺へ行くなら、このまま北へ(写真左)・・・ただし、行き帰り1時間ほどみておいたほうが良いですね。

念仏寺まで行った場合は、この「八体地蔵」の別れ道からも、大覚寺方面へ行けます。

化野念仏寺は【保津峡から嵐山】のページで紹介しています。
八体地蔵の別れ道
10 清涼寺
(拝観:400円)
清涼寺・仁王門
仁王門
今回のコースだと、清涼寺の西門に突き当たりますが、せっかくなので、ぐるんと回って、正面の仁王門へ・・・

ここは、
光源氏のモデルとも言われる嵯峨天皇の皇子・源融(とおる)の別荘があった場所です。
清涼寺・本堂
本堂に安置された本尊・釈迦如来像は日本三如来の一つに数えられる国宝・・・清涼寺は嵯峨釈迦堂とも呼ばれます
庫裏へと向かう通路 本堂裏の庭園を通って庫裏へ・・・
本堂裏手から、庫裏(くり)へよ向かう廊下は、まさに源氏物語を思わせてくれる優雅な世界・・・

かの源融が、志半ばで亡くなったため、息子たちが後を受け継いで、この地に御堂を建立しますが、
「源氏物語」では、光源氏が、大覚寺の南に「嵯峨の御堂」を建てたとなっており、融が源氏のモデルでは?という根拠となっているのです。
豊臣秀頼の首塚

清涼寺には、豊臣秀頼の首塚があります。

昭和五十五年(1980年)に、大阪城・三の丸跡地の発掘現場がら出土した秀頼と思われる首を、秀頼・再興の由緒を持つ清涼寺に埋葬したものです。

首には、介錯の跡も残っているとか・・・
豊臣秀頼・首塚
11 大覚寺
(拝観:500円)
大覚寺・宸殿
さすがに、御所は建物内を歩かせてはいただけませんが、ここは歩けます!
右近の橘、左近の桜・・・まさに、離宮・・・優雅なひとときです。
大覚寺は、嵯峨天皇が離宮・嵯峨院を建立したその場所・・・

天皇の皇女・正子内親王が大覚寺に改め、孫にあたる恒寂(ごうじゃく)入道親王が初代住職となりました。

南北朝時代には南朝の御所となり、南北朝合一の講和会議が行われた場所でもあります。
大覚寺・式台玄関 狩野永徳筆「山鳥図」
大沢池
大沢池
大覚寺の東側には、ご存知、大沢池が広がります。

大沢池は、離宮の庭池で、周囲1kmの日本最古の庭苑池です。

遠くに見える東山連邦を背景に、この五大堂の観月台から見る池の眺めは、また格別!

仲秋の名月には観月会も行われ、月見の名所としても知られる場所です。

また、平安時代から鎌倉時代にかけての石仏(野仏)も見られ名勝に指定されています。
大沢池 大沢池
優雅な舟遊びに思いを馳せたり、向かい側から大覚寺の心経宝塔を眺めてみたり・・・大沢池の表情はさまざまです。
併せて 巡りたい


嵐山・嵯峨野は紅葉の名所でもあります。
季節を合わせて巡るのもいいかも・・・
ただし、祇王寺・二尊院は異常に混みます!お覚悟を・・・
清滝 嵐山の紅葉写真
化野念仏寺・清滝などを含む
【保津峡から嵐山コース】
はコチラからどうぞ
嵐山花灯路あらしやまはなとうろ体験記 〜初冬の嵐山を彩る光のイベント〜
大覚寺
ライトアップを待つ
大覚寺と大沢池
毎年、初冬の嵐山を彩るライトアップイベント『京都嵐山花灯路』に行ってきました〜

2008年は、12月12日〜21日の9日間の開催、午後5時〜8時半まで・・・

今回の私は、少し離れた位置にある大覚寺へ先に行って、明るいうちに庭園などを拝見し、そのまま大覚寺で夕暮れのライトアップを待ち、その後、無料のジャンボタクシーで二尊院へ・・・そこから渡月橋をめざすことにします。

嵐山・花灯路の地図マーク
嵐山・花灯路の地図
大覚寺
大覚寺は、昼と夜の入れ替えがありませんので、昼間の庭園をゆっくりと楽しんで、夕暮れを味わって・・・と、昼と夜の二つの顔を楽しめます。

境内では、十二単などの衣装着替え体験や、手づくり灯り展などのイベントも行われています。
大覚寺・大門の昼間 大覚寺・大門の夜
大覚寺・本堂 大沢池と大覚寺
大沢池側からの大覚寺もなかなかのものです・・・
二尊院
二尊院付近
二尊院・総門
落柿舎
昼の落柿舎
健在、改修工事中(2009年9月まで)の落柿舎も昼と夜では趣が違います。
夜の落柿舎
常寂光寺
常寂光寺
嵯峨野の竹林
やはり、嵯峨野と言って思い浮かべるのは、この竹林・・・ライトアップにも力が入っているようです。
昼間の嵯峨野の竹林
夜の嵯峨野の竹林 嵯峨野・竹林のライトアップ
この竹林があるのは、大河内山荘から、野宮神社・天龍寺のあたり・・・

青く幻想的なライトアップで、ロマンチックさを演出してくれていますが、やはり、人が一番多いのもこのあたり・・・でも、さすがに息を呑む美しさ・・・一見の価値アリです。
渡月橋 嵐山・渡月橋付近
見物をしてみた印象としては、やはり少し範囲が広いように思います。

無料のジャンボタクシーやシャトルバスなど便利に用意して下さってはいますが、一日ですべての場所を拝観するのは不可能ではないか?と・・・

事前に、中まで拝観させていただくお寺をいくつかに絞っておいたほうが、一つ一つをゆっくり見物できると思います。

やはり、外せないのは、竹林と渡月橋・・・あとは、時間とお好みに合わせてチョイスするのがベストです。
嵐山・渡月橋

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