京阪奈ぶらり歴史散歩
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 魑魅魍魎から御所を護る安倍晴明の跡をたどる
 
京阪電車の出町柳駅から出町柳駅まで、ぐるっとひとまわりで2時間程度の歴史散歩ですが、京都御苑や相国寺、西陣織会館など、それぞれに興味の引かれる場所があるため、見物に時間をかければ、いくらでも時間をかけれる場所。

興味のある場所にたっぷりの時間を用意したいところ。
御所の内部の見物は、事前の申し込みが必要です。

御所も相国寺も春と秋に一般公開されていますので、その時期に狙いを定めるのも良いかと思います。
謎めいた神秘の世界に生きる安倍晴明は千年の時を越えて未だ人々を魅了します。
 
                         1、相国寺 
                              
        2、白峯神社                       
 
  3、西陣織会館                                   11、大原口道標 
 
 
                                 
 4、晴明神社   5、一条戻橋                        8、梨木神社 
                                     9、廬山寺
 
                          
                         6、京都御苑
                                    7、法成寺跡 
                                       
 
 
 
 

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京阪:出町柳駅
1 相国寺
2 白峯神社
3 西陣織会館
4 晴明神社
5 一条戻り橋
6 京都御苑
7 法成寺跡
8 梨木神社
9 廬山寺
10 幸神社
11 大原口道標
京阪:出町柳駅
 
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法堂 1相国寺
足利義満が創建した禅宗五山の一つ。
重要文化財の法堂は、豊臣秀吉の寄贈で、堂内の天井に描かれた『蟠龍図』は、手を叩いた音が龍の鳴き声に聞こえ、『鳴き龍』として有名。

春と秋の特別公開(拝観:800円)以外の堂内拝観は申し込み制です。
鐘楼
特別公開の様子はフォトアルバムへGo
2白峯神社
白峯神社
明治天皇が崇徳天皇の怨念を鎮めるために創建。現在は、まりの神様として信仰されています。
関連ページ:平安京魔界マップへGo
3西陣織会館
西陣織の歴史や製造工程などをわかりやすく紹介してくれます。
機織体験や十二単の体験や着物ショーなども。

西陣織会館
一条戻橋 5一条戻橋
延喜十八年(918年)三善清行(みよしきよつら)の葬列がこの橋にさしかかった時、死んだはずの清行が生き返った事から、一条戻り橋という名前になったという。現在の橋は平成七年に架け替えられた物。
一条戻橋の伝説
太平記によると、源頼光の四天王のひとり・渡辺綱が、戻橋で美しい女性に家まで送ってほしいと頼まれ、馬に乗せたところ、たちまち鬼女になった。綱があわてて刀を抜き鬼の片腕を斬りおとすと鬼はそのまま逃げ去った。後日鬼女は、養母に姿を変え、綱のもとに片腕を取り返しに来た。
4晴明神社
晴明神社
6代の天皇に仕えた平安京最強のの陰陽師・安倍晴明を祀る神社。境内には、晴明の祈祷によって湧き出たといわれる名水・晴明井や平成七年に架け替えられる前の戻橋の欄干があります。
安倍晴明の怪奇逸話集もあわせてご覧下さい戻橋(復元)
晴明神社にある昔の戻橋。以前の欄干を使用して橋を復元してあります。
セーマンj
セーマン:晴明が考えた星の形をした神紋。護符に用いられています。
陰陽道と安倍晴明
陰陽道とは、古代中国の『陰陽五行説』に基づいて、陰陽の相反する気と五行(水・火・土・金・木)を使い、未来を占ったり、邪気を祓ったりします。
安倍晴明
晴明は自ら内裏の鬼門に邸宅を構え、星の動きを読み、式神(自分のしもべとなる鬼)を自由に操り、魑魅魍魎(ちみもうりょう)から千年の都・平安京をを護ったという。

母親はキツネだとか、人の行き死にをも自由に操れる力を持ち、数々の摩訶不思議な伝説がある反面、妻が式神を怖がるので、家には置かず、戻橋の下に隠しておいて、用事のあるときだけ、橋の下から出して使っていたというエピソードもある。

ひょっとして都にはびこる魑魅魍魎より、奥さんのほうが怖かったのかも・・・。
6京都御苑
京都御所・西側
中立売御門から入った御所の西側の塀のあたり(パノラマ撮影)
御所周辺地図 南北朝時代から、明治に至るまで、500年以上にわたって天皇が居住した京都御所

拝観は、春と秋の一般公開以外は申し込み制ですが、そのまわりの宮家や公家の住まいだった部分が京都御苑という公園になって開放されています。
京都御所・紫辰殿
京都御所内部の写真は、
【京都御所・一般公開】のページでどうぞ

蛤御門
蛤御門の変の同調して、天王山で散った真木保臣以下十七烈士の墓は歴史散歩:まさに山場の天王山へGo

門には当時の鉄砲の弾傷が・・・。
アップにしてご覧あれ→
蛤御門の変(1864年)
薩摩と会津によって京都から締め出された尊皇攘夷派の長州藩は、起死回生を狙って大軍で京都に攻め込み、この門を挟んでの死闘が繰り広げられました。

この門は普段開けられる事がなく『禁門』とも呼ばれていたので、『禁門の変』とも言います。

後に維新の立役者となる長州も、この敗退で一次征伐を受ける事になります。
清水谷家の椋
清水谷家の椋
樹齢300年のむくの木のそばで、長州藩士・来島又兵衛があの日、命を落としました。
西園寺邸屋敷跡
西園寺邸屋敷跡
出水広場の菖蒲
閑院宮邸跡
閑院宮(かんいんのみや)邸跡
200ほどあった宮家・公家のお屋敷も明治になってほとんど東京に移りましたが、ここは現在も当時の面影を残す邸宅です。
拾翠亭(しょうすいてい)
ここは、五摂家の一つく九条家の建物。数寄屋風書院造で、茶会のための離れとして使用されていんた物。
拾翠亭
厳島神社
厳島神社
拾翠亭の横の九条池にある辧財天(べんざいてん)。
池との調和が美しい。
宗像神社
宗像(むなかた)神社
天孫降臨の時、天孫を護った3人の神様・宗像大神を祀る795年(平安遷都の翌年)からこの地にある神社。
建礼門
建礼門
木彫の猿
封印された猿
猿ケ辻
築地塀が折れ曲がった部分の屋根裏に木彫の猿がいます。猿ケ辻の名前はここからきていますが、この猿は御所の鬼門を護る日吉山王(ひえさんのう)神社の使者。しかし夜になるとこの辺うろつきイタズラを始めたので、金網で閉じ込められているらしい。
猿ケ辻
関連ページ:平安京魔界マップへGo
建春門
建春門
中立売御門
中立売御門
清和院御門
清和院御門
石薬師御門
石薬師御門
京都御苑の桜 京都御苑の桜
桜の季節はまた一段を華やぎます
京都御苑の桜
7法成寺跡
藤原道長にかけられていた呪いを晴明が解いたという逸話が残っています。現在は石碑のみ。
法成寺跡
8梨木神社
梨木神社
秋の季節には、両側の萩が美しく萩の宮とも呼ばれています。境内の染井の水は、京都三名水のひとつ・・・萩の写真はフォトアルバムへGo
9廬山(ろざん)
梨木神社本殿の前を東に出ると真向かいにあるのが、紫式部の邸宅跡に建つ廬山寺。源氏物語はここで執筆されたという。
10幸神社
 
(さいのかみのやしろ)
幸神社

猿田彦を祭神とする神社。御所とその鬼門を護る比叡山・延暦寺を結ぶ延長線上にあって、ここにも御所の猿ケ辻と同じ猿の木彫が鬼門の位置に鎮座します。
廬山寺の源氏の庭
廬山寺の源氏の庭
11大原口道標
大原口道標
最後は鴨川の飛び石を渡って出町柳の駅へ・・・
鴨川


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