ビジネス街のドまん中・歴史を見つけに中之島へ・・・
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淀川の本流・大川が天満橋の下で二つに分かれ、島になっている所が中之島です。
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東西2キロに満たないこの島に合計20の橋が架けられ、江戸時代から蔵屋敷が立ち並ぶ大都会でした 。
今もビルが立ち並ぶその中に網の目のように張り巡らされた昔ながらの路地に、生まれ育ったこの町で不覚にも迷ってしまった。仕事帰りにちょっとぶらり・・・。
少々迷ったとしても1時間ほどの歴史散歩です。 |
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| 京阪または地下鉄:天満橋 |
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| 1 八軒屋船着場跡 |
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| 2 熊野街道・出発点 |
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| 3 釣鐘屋敷跡 |
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| 4 高麗橋 |
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| 5 少彦名神社 |
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| 6 愛珠幼稚園・銅座跡 |
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| 7 適塾 |
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| 8 淀屋・屋敷跡 |
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| 9 中央公会堂 |
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| 京阪または地下鉄:淀屋橋 |
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八軒屋
船着場の跡
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船宿が8軒あったことから八軒屋と名付けられたこの場所は三十石船の発着所、関西の交通のかなめでした。
当時賑やかだったここも今はこの石碑と、横を曲がった所にある石段と石垣が残るだけになってしまいました。
関連記事・三十石船の話は枚方宿へGo |

当時の八軒屋船着場の賑わい(大阪歴史博物館) |
↓八軒屋当時を偲ばせる北大江公園前の階段
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↑上も下も駐車場になっているので、ものすごくわかり難いですが、当時は石垣の上が岸で下が川だったという事です。 |
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熊野街道・起点の碑
このあたりは渡辺の津と呼ばれ、京から三十石船に乗り、ここから上陸・・・天王寺を通って遠く熊野三山まで、熊野詣の人々で賑わっていました。
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釣鐘屋敷跡
寛永11年(1634年)3代将軍徳川家光が、地子銀(固定資産税)を免除する約束をしたことから、感謝した町民が記念に鐘楼を建てて時刻を知らせるのに使っていました。 |
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高麗橋
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橋のたもとには『里程元標跡』ここが各地への距離の起点でした。江戸時代に西詰めにあった櫓をデザインにした欄干が当時をしのばせます。 |
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少彦名神社
ビルの谷間の見落としてしまいそうな鳥居・・・これが、谷崎潤一郎の『春琴抄』、菊田一夫の『がしんたれ』の舞台となった少彦名(すくなひこな)神社。

日本の薬祖神である少彦名命(スクナヒコナノミコト)と、古代中国の農耕・医薬の皇帝・神農(しんのう)氏を祭神とするところから、地元では「しんのうさん」と呼ばれる薬の神様。
このあたりは、江戸時代から350年間続く「薬屋の町」=道修町(どしょうまち)で、現在も、武田長兵衛商店=武田薬品をはじめ日本を代表する製薬メーカーの本社が軒を連ね、毎年11月22日・23日の神農祭も賑わいます |
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市立愛珠幼稚園と銅座の跡

明治32年建築の愛珠幼稚園、その門の前に銅座の跡の石碑が立っています。銅座は銅の精錬から売買まで一手に引き受けていた役所で、明和3年(1766年)から明治維新まで続いていました。 |
緒方洪庵の適塾
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緒方洪庵は医師であり、教育者でもありました。2階の大部屋で開かれていた『適塾』では、大村益次郎や福沢諭吉らが学んでいました。種痘を行った事でも知られていますが、江戸時代に出版された大阪名医番付でもトップにその名が記されています。
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適塾のとなりはベンチのあるちょっとした広場になっていて洪庵先生の銅像がありました。
休=月曜・祝日の翌日
開館=10時〜16時 |
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淀屋の屋敷跡

淀屋は米市と金融とを手がけていた豪商で、屋敷は100間・1万坪あったと言われています。 |
名前はやはり淀屋から
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公会堂の手前にある大阪府立中之島図書館は明治33年の建築。住友家が建物と図書購入金を大阪府に寄付したものです。 |
中央公会堂

ルネッサンス風の赤レンガの建物は中之島のシンボル。大阪商人・岩本栄之助が、明治の末に100万円の大金を寄付して建てられましたが、大正7年に完成した時には、栄之助は相場に失敗しピストル自殺をはかった後のことでした。 |

左が中之島、右が北浜のビル街、向こうに見える橋が栴檀木(せんだんのき)橋です。栴檀木橋からは江戸時代、天満・天神・難波の大阪三大橋が手前に、遠く生駒山を背に大阪城が臨める絶景ポイントでした。
| 江戸時代には、蔵屋敷が立ち並んでいた中之島が、公園になったのは明治32年のこと、今はバラ園などもあり、すっかり市民のいこいの場です。季節がよければここから東へぶらり、桜ノ宮まで夜桜見物といきたいものです。 |
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ちょっと より道
の八軒屋船着場跡は、あの大塩平八郎が乱の後、船に乗って逃亡した場所ですので、天満橋から谷町筋に沿って、大塩平八郎ゆかりの地を訪ねるのもいいかも知れません。
大塩のお墓のある成正寺の近くの寺町通りには、緒方洪庵先生のお墓のある『龍海寺』もあります。
また、上記の【大塩平八郎の足跡をたどる】でご紹介した東町奉行所跡は、こんなに大阪城と近いですから、この中之島コースを逆ルートで巡り、八軒屋船着場跡→東町奉行所跡→大阪城というコースなら、丸々一日、たっぷりとお楽しみいただけます。
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