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奈良坂の名のとおり、般若寺からの急な坂を下って行くと、
眼下に東大寺・大仏殿の大きな屋根が見えてきます。
とてもドラマチックな奈良入りです。 |
今回は、奈良国立博物館の『正倉院展』(10月24日〜11月12日)と、般若寺の『特別寺宝展』(10月26日〜11月10日)の開催に合わせて、奈良坂から正倉院への歴史散歩です。
京都へと向かう県道と平行する般若寺の前の道は、やはり京へ向かう古の街道。
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近鉄奈良駅、登大路を挟んで向かい側のバス停(21番・州見台行き)からバスが出ています(180円)。
番号をクリックすると写真にとびます






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| 奈良交通バス:奈良阪 |
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| 1 奈良豆比古神社 |
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| 2 般若寺 |
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| 3 浄福寺 |
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| 4 北山十八間戸 |
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| 5 五劫院 |
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| 6 知足院 |
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| 7 正倉院 |
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| 8 奈良国立博物館 |
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| 近鉄:奈良駅 |
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奈良坂について
| ここは、古くから「奈良坂越えの京街道」と呼ばれた要路で、大和を旅立つ万葉人が平城京との別れを惜しみ、涙した道です。 |
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奈良豆比古神社

今から千2百年前、第49代・光仁天皇の父・田原太子が病気療養したという古い歴史を持つ神社。 |
境内の北には、その時代からある樹齢千3百年の樟の木があり、もちろん天然記念物に指定されています。→
写真では、あまり大きさがわからないのが残念ですが、幹のまわりが12m、高さが30m、幹が二つに別れている部分でも高さ7mあります。
そばに立つと圧巻です。
神社で毎年10月8日に行われるお祭りで奉納される『翁舞』は、能楽の原点と言われる物で、こちらも無形文化財に指定されています。 |
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般若寺(600円)

楼門 |
般若寺は、飛鳥時代の高句麗の僧・慧灌(えかん)の建立。
その後、平城京遷都とともにこの地に移ったものの、源平の争乱で伽藍は焼きつくされました。
やがて、鎌倉時代に、民衆の信仰の結晶として再建されたのです。 |

本堂 |

十三重石塔 |
←般若寺といえば、この十三重石塔。
本堂との比較でその大きさが少しわかっていただけるかと思います。
現在の物は建長五年(1253年)の宋の石工の手によるもので、鎌倉時代の石造美術を代表する物です。
毎年、春(4月29日〜5月10日)と秋に行われる『寺宝特別展』は、この石塔修理の際に発見された |

笠塔婆 |
十三重石塔を手がけた宋の石工・伊行末の息子が、父のために建立した日本で最大・最古の笠塔婆。
能謡曲の名作『笠卒塔婆』は、これが平重衡(清盛の息子)の墓だと思われていた室町時代に、この塔婆をモデルに創作されたものです。 |
| 秘宝を公開するもので、石塔の中から出た1cmほどの白鳳仏やミニ五重塔など、細工の細かさがすごいです。 |
般若寺の10万株のコスモスは夏(6〜7月)と秋の2度楽しめます。
初夏のあじさい、春には山吹やレンギョウ、木蓮と花だよりに合わせて訪ねるのもイイですね。 |
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浄福寺
こちらのお寺の階段のところから北山十八間戸越しに大仏殿を眺めさせていただくと奈良坂らしい景色を満喫できます。
門は閉まっていましたが・・。 |
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北山十八間戸
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ここは、奈良の北側の山に造られた事からその名が付いた十八間の長屋です。
鎌倉時代に忍性上人が建てた街道筋に浮浪する不治の病の患者のための宿舎で、江戸時代に再建されました。 |
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平城京を去る人・・訪れた人・・それぞれが思いをこめてこの景色を見たと思うと感激もひとしおです。 |
五劫院(境内自由)

五劫院は、江戸時代の元禄・宝永年間に、その命を賭けて東大寺・大仏殿の復興に力をそそいだ僧・公慶の眠る場所。
その偉業は、東大寺だけではなく、古都・奈良の再興へとつながりました。 |
知足院(境内自由)
寛平二年(890年)に建立された知足院は非公開だそうです。
亡くなった父に祈っていた娘のもとにあの世からの手紙を授けた『文使い地蔵』が安置されています。
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知足院の境内の横手に♪いにしえの〜奈良の都の八重桜♪と万葉集で詠われた奈良の八重桜の原木があるそうです。
あたりを散策してみましたが、季節外れで花がないせいか見つけられませんでした。
今も現役で花を咲かせるという事なので、春にもう一度、写真GETに挑戦します。 |
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正倉院 逆光ですいません(ToT)入れる場所が限られていて、この位置からしか撮影できませんでした

正倉院は東大寺にありながら、宮内庁の管理で皇室の私物とされていますので、以前は、奈良国立博物館の正倉院展の期間のみの公開でしたが、2005年から年末・年始・土日祝日以外の毎日午前10時〜午後3時まで門が開放されるようになりました。ありがたい!
正倉院とは
第45代・聖武天皇が亡くなった後、光明皇后が、天皇の遺品や儀式で使用した物、海外からきためずらしい宝物を、大仏に捧げ、ここに保管したのです。
宝物が収められていたのは、この正倉という建物で、この正倉の建つ塀に囲まれた一帯を正倉院と呼びます。
正倉の内部は、屋根裏も含めて3階建て。
| 宝物はこの正倉の中に『唐櫃(からびつ)』というキャビネットに収めら |
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れていて、虫や湿度の急激な変化による宝物のダメージを少なくするよう工夫されていました。
正倉の扉は天皇の許しがないと、みだりに開ける事はできず、常に厳重に護られたいたそうです。
現在は同じ正倉院内にある、昭和に建てられた東宝庫と西宝庫で保管されています。 |
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校倉造とは
三角の木を組んだ『校倉造(あぜくらづくり)』という建て方で、ねずみ返しがつけられ、ねずみが侵入できないように、また、床が高い事によって、通気性もあり、湿気から宝物を守る造りになってるんですね。
正倉院は柵があって近くで見れないので、校倉造を近くで観察したいなら、東大寺・三月堂の南にある高床式倉庫をお薦めします。 |
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場所は歴史散歩・東大寺の地図を参考にして下さい |
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奈良国立博物館
最後に第58回『正倉院展』が行われている奈良国立博物館へ・・・。

拝観:平常(常設)展示=500円
正倉院展込み=1000円
年末年始と毎月曜日(休日の場合は翌日)は休館です。
今回の正倉院展のような特別展等の場合は、展覧会毎に拝観料が変ります。 |
宝物について
何と言っても正倉院の宝物の魅力は、遺跡からの出土品ではない、という点です。
使用していた物をそのまま守り続けてきたすばらしさ。 |

孔雀文刺繍幡(くじゃくもんししゅうばん) |
孔雀文刺繍幡・・・は、法要や儀式の時に飾られた垂れ幕です。
白瑠璃碗・・・瑠璃とはガラスの事でペルシャからシルクロードを通って運ばれた物です。 |

白瑠璃碗
(しろるりわん) |
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ら
で
ん
し
だ
ん
の
ご
げ
ん
び
わ |
螺
鈿
紫
檀
五
絃
琵
琶 |
だそうです |
イランでこの碗によく似た物が出土していますが、やはり輝きは断然こちらですね。
螺鈿紫檀五絃琵琶・・・インド生まれ。
写真は、貝が散りばめられた裏側で、表にはラクダの絵が書かれています。
なんと、世界に五絃の琵琶はこの正倉院の物だけ |
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今回の展示品について・・・
| 毎年開催されている正倉院展ですが、宝物の数の多さと、保存上の理由から、同じ宝物は10年に一度くらいしか、展示されないのだそうです。 |
↓表面を模したお土産の定規 |
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・・・で、私が今回最も目を引かれたのは、紅牙撥鏤尺という、とても美しい『ものさし』です。
象牙を赤く染め、彫った所が白く浮き上がる・・・この手法を撥鏤(ばちる)と言うのだそうです。
ミュージアムショップで実物大の現代版を買いました〜。 |
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表面は模様のサイズが一つ一尺となっていて、一応長さが測れるとうにはなっていますが、あまり実用的とは思えないので、 儀式などで使用されたと考えられています。
お土産には実用できるように目盛りが付いていました。
今回は・・・もちろん、どれもすばらしいんですが、紅牙撥鏤尺の他に、緑瑠璃十二曲長杯(緑色のガラスのさかずき)や象牙の尺八なんか、昨日まで誰か使っていたんじゃないかと思うくらいスゴかったです。
今回は見れませんでしたが、白瑠璃碗に似た瑠璃杯という抜けるように青いワイングラスがあるそうなので、いつか見てみたいですね。
なんせ、10年に一度だからなぁ〜、めぐり合えるかな? |
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