平成18年1月からおこなわれていた山里出枡形(やまざとでますがた)の発掘調査で、裏込(うらごめ)と呼ばれる石垣の背面の状態や、地中に埋もれていた階段、排水目的で作られた会所(かいしょ)が確認されました。
階段は、寛永7年(1631年)以前に描かれた絵図『大坂城普請丁場割之図(おおさかじょうふしんちょうばわりのず)』に描かれ、徳川築城時代の物と思われますが、会所は描かれておらず今回が新発見となる物です。
大阪城から南へ行った玉造と鶴橋の間あたりにある真田山。ここは大阪夏の陣の時、真田幸村が陣を張っていた事から真田山という地名になったらしいのですが、この真田山まで大阪城のどこかの井戸(最初は金明水の井戸だと言われていましたが)から抜け穴があって秀頼は落城の時そこから逃げたと、地元では、昔からまことしやかにささやかれておりました。
もしかして今回発見の会所が・・・と現場の人に聞いてみましたが、残念ながら途中から非常に狭くなっており、とても人間が行き来できる通路ではないとの事、う〜ん秘密の抜け穴ではなかったか・・・残念!
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今回発見された会所
一辺約1.6mと1.2mの花崗岩を組み合わせたもの。上面には内側へ水を流し込むための溝があり、内部には、石で組まれた暗渠(あんきょ)がある。
発掘現場 |