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 四条から五条へ・・・祇園の路地あるき+建仁寺〜六波羅
 
京都歴史散歩:祇園の路地あるき〜巽橋・辰巳大明神付近
以前upしていた四条から五条への1時間とちょっとののんびりコースに、路地あるきをプラスしてリニューアルしたコースです。

少し寄り道しても、約2時間ほどで巡れますが、やはり、今回もせっかく建仁寺に寄るのなら、→写真のような美しいお庭を見ながらのんびりしたいので、そのぶんの時間もとっていただきたいところです。

京都観光と言えば、ついつい、八坂神社から「ねねの道」を通って、二年坂〜参寧坂、そして清水へと向かいがちですが、一本西の静かな道を行くのもオツなものですよ。
建仁寺・石庭
      
                               A、巽小路 
                                 
 
 
                                 
      
                                           B、四条通花見小路東入ル北側八番小路
                                                   1、八坂神社
                                       2、花見小路
                       
                    C、団栗図子
                E、宮川筋通団栗下ル東側       D、京都ゑびす神社
                                    3、建仁寺 
                                   
 
                                             4、六道珍皇寺 
                                    
                   F、あじき路地 
                                  5、六波羅蜜寺 
 
 
                
           6、五条大橋 
 
京阪:祇園四条駅
  10分
A 巽小路
  03分
B 八番路地
  0すぐ
1 八坂神社
  0すぐ
2 花見小路
  0すぐ
3 建仁寺
  03分
C 団栗図子
  05分
D 京都ゑびす神社
  0すぐ
E 宮川筋通団栗下ル東側
  10分
4 六道珍皇寺
  05分
5 六波羅蜜寺
  05分
F あじき路地
  05分
6 五条大橋
  .すぐ
京阪:清水五条駅

歩行時間:約1時間
以前のコースは、ピンクの点線の経路にピンクの1・2・3・・・のコースで、路地あるきを加えるとブルーの点線とブルーのA・B・C・・・がプラスされます。
路地に興味のない方、この後、清水やねねの道へ行こうとお思いの方は
ピンクコースを・・・
地図を別窓で開く・印刷する
たつみこうじ
巽小路
京阪・祇園四条駅から、角に南座のある交差点を北へ・・・

道と白川が交差する所で右折(東)して、向こう側にお茶屋さんが並ぶ白川沿いの道を行きます。
白川沿い
正面に辰巳大明神
隣の道と合流する広場のような地点で出ますが、ここが、「田村はん」のビールのCMでもお馴染みの辰巳大明神がある巽橋(たつみばし)付近・・・

巽小路 このあたりは、祇園の代表のように、各メディアに登場する有名な場所ですが、黄色○で囲んだあたりに巽小路という路地があり、ひっそりとしたたたずまいが、情緒たっぷりです。
ちょっと豆知識・・・路地と図子
京都は、ご存知のように、中国・唐の時代の長安にならって、碁盤の目のように道が張りめぐらされていますが、大路や小路と呼ばれるそれらの通り沿いには、お店や家が並んでいます。
しかし、その通り沿いだけだと、真ん中に空き地ができてしまいます。

特に、大きな寺院や貴族の邸宅が移転した時などは、ポッカリと空き地になってしまう事もあり、大変もったいない・・・
って事で、その奥の空間に入るための細い道がつけられる・・・

やがて、その細い道にも、お店や家ができ、さらに町は発展していくわけです。
この細い道は、一般的に路地(ろーじ)と呼ばれますが、厳密には、路地というのは奥に入って行き止まりになっている道の事

大路や小路を結ぶ(つまり通り抜けられる)道は、
図子(辻子・ずし)と言います。
いずれにしても、つい見落としてしまうくらい細いのです。
四条通花見
小路東入ル
北側八番小
巽橋
祇園らしい風景と評判の巽橋を渡ってしばらく進み、富永町通で左折(東)・・・
花見小路を越えた所の右側、建物と建物のすき間のようなのが、
四条通花見小路東入ル北側八番小路
(京都の人はこれで場所がわかる)
四条通花見小路東入ル北側八番小路
こんな細い路地ですが、奥に行くと、創業120年の老舗の和菓子屋さん・・・
甘泉堂
甘泉堂さんがあったりします
八坂神社
(境内自由)
四条通
八番小路を抜けて四条通に出ると、もう八坂神社の西楼門が目に入ってきます。
八坂神社・西楼門 ご存知、日本三大祭の一つとして有名な祇園祭や、新年を迎えるおけら詣りで知られる八坂神社は、「祇園さん」という呼び名で親しまれる京の町の守り神。

祭神は素戔鳴命(スサノヲノミコト)と奥さんの櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)と、その子供たち・・・
八坂神社 八坂神社 八坂神社
楼門の前は賑やかだけど、境内は意外と静か・・・厳かです
八坂神社・本殿
わかっちゃいるけど、あまり大々的に募集してほしくないなぁ(本殿前にて↑)
境内には、舞妓さんもお参りするという美御前社↓・・・
美人になる湧き水が湧き出ています。
もちろん、つけ放題ですがつけるほど美人って事でもない
美御前社
八坂神社・境内地図
有名な四条通に面した楼門は西の楼門です。
はなみこうじ
花見小路
花見小路・石標 再び西楼門から四条通戻ると「花見小路」の石標←があるので左折(南)・・・

地図でご覧の通り、花見小路は南北に長く続いていますが、「いかにも祇園」という雰囲気は四条通より南側です。
花見小路
花見小路 そのまま、花見小路を南に向かっていくと、祇園甲部歌舞練場・・・

さらに、突き当たりに建仁寺があります。

けんにんじ
建仁寺
(堂内:500円)
風神の図
建仁二年(1202年)栄西が中国の百丈山の殿堂を模して建てた臨済宗のお寺。
日本最古の禅寺で、現在も禅の道場として人々の心のよりどころです。

境内は自由、お堂内部のみの拝観料です。
風神雷神図は、俵屋宗達の晩年の最高傑作↓
風神雷神図
三門より
三門より法堂を望む→
潮音庭 法坊には、襖絵の美しい広〜い畳敷きのお部屋がいくつもあり、様々なお庭をすわってゆっくりと観賞できます。
たっぷり時間をとって禅の心を味わいたい場所。
←潮音庭
石庭
表示に時間がかかる場合がありますが石庭のパノラマ画像をどうぞ→
法坊
法坊
法堂
法堂
法堂・天井図
法堂の天井図は圧巻!
幻想的で心引き締まる
石庭
石庭
どんぐりずし
団栗図子
建仁寺の門の前を右(西)に曲がる通りが、団栗(どんぐり)通り・・・

現在は、火災の後に拡張されて普通の通りになってますが、かつては、
団栗図子と呼ばれた路地でした。

歴史上、京都最大規模の火災となった天明八年(1788年)の天明の大火は、この団栗図子の空き家から出火しました。

団栗通を、鴨川まで行かずに、その手前の大和大路通で左折(南)します
団栗図子(通)
ゑびす神社
京都ゑびす神社 通りを歩いていて右側に見えて来る鳥居が京都ゑびす神社・・・

鳥居から境内に入って、お参りしたら、戻らずに、向こう側の門から出ます。

門から正面に見える路地に、次の宮川通団栗下ル東側があります
京都ゑびす神社から路地へ
宮川筋通団
栗下ル東側
ゑびす神社の前の道にこっそりと入り口が・・・

宮川筋通団栗下ル東側は、まるで迷路の抜け道のように・・・

抜けた先は、お茶屋さんが並ぶ宮川通
宮川通団栗下ル東側
れたような路地は
宮川通団栗下ル東側
やがて直角に曲がり
宮川通団栗下ル東側
文具屋さんがありつつ
宮川通団栗下ル東側
宮川通へと抜ける
ろくどうちんのうじ
六道珍皇寺
(拝観無料)
建仁寺から珍皇寺へのルート
八坂通へ出て建仁寺の南側の門の前へ、門の近くに「←六波羅蜜寺」と看板のある道がありますが、そこを行くと、直接六波羅蜜寺に行ってしまうので、もう一本東の道・・・NTTの角を右(南)へ曲がります
六道珍皇寺 珍皇寺のある場所は六道の辻と呼ばれ、あの世への入り口とされています(下記囲み記事参照)。
六道珍皇寺 珍皇寺は、嵯峨天皇に重用された平安の天才・小野篁(たかむら)ゆかりの寺でもあり、篁作の閻魔像や、霊界と行き来した井戸も残っています
伝説によれば、篁は亡き母に会うため、この珍皇寺を訪れ、この井戸を使って毎夜々々冥途へと通ったのだとか・・・

ちなみに出口となる井戸は、大覚寺近くに明治の頃まであった福生寺というお寺の井戸らしい
小野篁・通いの井戸
ろくはらみつじ
六波羅蜜寺
(拝観:500円)
ちょっと豆知識・・・六道の辻
平安時代頃、五条坂から今熊野あたりの阿弥陀ヶ峰のふもと一帯は、鳥辺野と呼ばれる、京の東の葬送の地でした。

都の人は、人が亡くなるとその遺体を棺おけに入れ、鴨川を渡り、かつての五条通であった、現在の松原通を行き、鳥辺野へと至る珍皇寺にて、野辺の送りの法要を行い、この地で最後のお別れをした後、僧侶たちによって、風葬の地である鳥辺山へと運ばれたのです。

いつしか、このあたりを
「六道の辻」と呼び、現世から冥界への入り口とされたのです。

六道とは、仏教の説く六道輪廻の世界の事で、
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上界の六つの世界の事です。

死んだ人は、、生前の行いによって、この六つのうちのどこかの世界に行くとされ、六道の辻は、この6種の冥界への入り口で、こここそが人の世の無常とはかなさを感じる「あの世よこの世の分岐点」とされたのです。

かつて、この一帯では、珍皇寺と六波羅蜜寺の他にも、西福寺・愛宕念仏寺・閻魔堂・姥(うば)堂という六つの寺があり、それぞれが死者に引導を渡していたと言いますが、珍皇寺・六波羅蜜寺・西福寺は現存するも、愛宕念仏寺は嵯峨野へと移転し、残りの2寺は廃寺となってしまいました。
六波羅蜜寺
六波羅蜜寺
天暦五年(951年)醍醐天皇の第2皇子空也上人によって開創され、当時流行した疫病を自らが十一面観音像を刻み鎮めたという六波羅蜜寺
六波羅蜜寺の組物 その後平安後期には、平忠盛が軍勢を止めたことから、広大な寺内に平清盛をはじめとする平家一門の邸宅が5千2百余り建ち並ぶようになり、六波羅は平家の一大拠点となりました。

←組物が色とりどりで素敵です。
しかし、全盛を誇った平家も滅亡。その時に、六波羅蜜寺も本堂以外を焼失してしまいました。
その後も度重なる兵火に見舞われますが、幸いにも国宝・十一面観音像や重要文化財の空也上人像、平清盛像などの木像が現在も残っています。
六波羅蜜寺の角を曲がってしばらく行くと、道のド真ん中に三角形でジャングルジムだけがあるミョーな公園の前に出ます・・・あじき路地に行くなら右側奥のブルーのコース、そのまま五条通へ出るならピンクのコースへ・・
五条通へのルート 六波羅蜜寺から五条通りへ
ピンクの道もなかなか赴きがある道
あじき路地
ブルーのルートをしばらく行って、大和大路通を渡り、お風呂屋さんの角を右(北)へ・・・お風呂屋さんの隣があじき路地です。

裏町の映画館がありそうな路地ですが、奥に入ると、築100年ほどの町屋がズラリと12軒・・・まるで、タイムスリップしたような感覚におちいり六ます
あじき路地 あじき路地
五条大橋
五条大橋
ご存知、牛若丸(源義経)と弁慶の運命の出会いの場所と言われている所。

ふたりのオブジェもあります。

♪ 牛若丸
(文部省唱歌) 
一、 京の五条の橋の上 大の男の弁慶が
長い薙刀ふり上て 牛若めがけて斬りかかる
二、 牛若丸は飛び退いて 持った扇を投げつけて
来い来い来いと欄干の 上へあがって手を叩く
三、 前や後ろや右左 ここと思えばまたあちら
ツバメのような早業に 鬼の弁慶あやまった
義経と弁慶の出会い
『義経記(ぎけいき)』によれば、ふたりの出会いは安元二年(1176年)6月17日の堀川通の道端で、牛若丸も、すでに2年前に元服して義経と名乗り、年齢も18歳ですから、幼さは無く、もうりっぱな大の男でした。

弁慶は、この17日の最初の出会いの時、義経の太刀を奪えなかったばかりか、軽くあしらわれた事が悔しくて、翌18日が清水の縁日の日だったので、「沢山の人がやってくる、ひょっとしたら昨日の男も来るかもしれない」と、狙いを定めて、清水寺の正門の前で仁王立ちで待っていたところ、弁慶の予想通り義経が登場!

義経が、「せっかく来たので、先にお経を読ませてくれ」と言うので、ふたり一緒に御堂へ・・・その後、「昨夜の続きを・・・」という事で、切り合いが始まるのですが、その場所が、なんと清水の舞台!

そこで大立ち回りの末、弁慶の上に義経が馬乗りになって、「どうだ!参ったか!わしの家来になるか?」聞くのです。

まぁ、『義経記』自体がフィクションまみれなので、事実かどうかは怪しいし、出会いは五条大橋のほうがドラマチックで良いのですが、大抵のドラマは、五条大橋で家来になるので、一度は清水のシーンも見て見たいもんです。
いっしょに巡りたい!
祇園界隈の定番・ねねの道や参寧坂・清水を巡るなら
【八坂から清水へ〜ねねの道を昼と夜の二度楽しむ】
六波羅蜜寺の拝観後、五条通へ行かずに五条坂から清水へ・・・


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