京阪奈ぶらり歴史散歩
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 疏水沿いの哲学の道を銀閣寺から南禅寺へ・・・
 
哲学の道・琵琶湖疏水と水路閣
今日の歴史散歩は、哲学の道を歩きます。
銀閣寺から蹴上駅まで、見物も含めて4時間くらいで廻れますが、哲学の路沿いには、甘味処やお土産物屋さんが軒を連ね、おもしろい出店もいっぱいあるので、
インクライン・船留り 途中のお店の誘惑に負ける時間を考えて、少し多めにみておいたほうが良いでしょう。

途中の社寺には、哲学の道より一本東にある直接お寺どうしを結んでいる道もあるのですが、せっかく桜の季節なので、私は琵琶湖疏水沿いの哲学の道へ毎回戻って、また南へ・・・という風に歩きました。

哲学の道には、それぞれの社寺への案内板があるので、それに従って曲がれば迷う事もありません。
市バス:銀閣寺道
 15分
1 銀閣寺
 すぐ
2 哲学の道
 5分
3 法然院
 15分
4 霊鑑寺
 5分
5 大豊神社
 7分
6 若王子神社
 5分
7 永観堂(禅林寺)
 5分
8 南禅寺・三門
 すぐ
9 南禅寺・方丈
 すぐ
10 水路閣
 すぐ
11 南禅院
 05分
12 インクライン
 すぐ
13 田辺朔郎像
 すぐ
14 船留り
 20分
15 田辺朔郎の墓
 25分
地下鉄:蹴上駅

歩行時間合計:約2時間
           番号をクリックすると写真に飛びます
                                                   1、銀閣寺
 
                             
                                     2、哲学の道              3、法然院
          
                                                      4、霊鑑寺
               
                                                5、大豊神社
 
                                                6、若王子神社
                            
                                                7、永観堂・禅林寺
                                8、南禅寺・三門 
                                              9、南禅寺・方丈 
                         12、インクライン              10、水路閣
                              13、田辺朔郎像         11、南禅院   
                              
                                  14、船溜り              115、田辺朔郎の墓
                                   
 
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銀閣寺
(拝観:500円)
銀閣寺
銀閣寺は、室町幕府8代将軍・足利義政が隠居生活をするために、慈照寺に建てた山荘です。

1階が住宅用書院造の心空殿、2階が禅宗様と和様を折衷した仏室の潮音閣と呼ばれます。

和風建築に欠かせない床の間はこの書院から引き継がれた様式です。
部屋全体に畳を敷いて「四畳半」などという部屋の造りも、枯山水に代表される日本庭園の基礎も、この義政の時代の東山文化で完成されました。銀閣寺
銀閣寺・展望所からの景色
裏山の展望所からの景色・・・向こうに嵐山が見えます
金閣寺と銀閣寺
銀閣寺は、よく北山の金閣寺と並び称されますが、決して一対の物ではありません。
建物もアチラは3階建て、コチラは2階建てで様式もまったく違います。
金閣寺は鹿苑寺というお寺の金閣という建物で、銀閣寺は慈照寺というお寺の観音殿という建物です。

そう、銀閣という名前でもないのですから、お金が足らなくなって銀箔を貼れなかったという事ではなく、最初から銀箔を貼る計画ではありませんでした。
金閣に対して通称として銀閣と呼ばれているだけなのです。

しいて、同じところを探すとしたら、「同じ足利将軍(金閣は3代・義満)が隠居所として建てた」という事くらいでしょうか。
しかし、お寺で戴いたパンフレットにも、しっかりと「銀閣寺」と書かれてあるので、そう呼んでも怒られはしないと思います。
蕪村と並ぶ日本南画の大成者・池大雅の本堂・襖絵銀閣寺・本堂の襖絵
銀閣寺・漱蘚亭 ←和風庭園の源流と言われている石組みは漱蘚亭と呼ばれています。

湧き水は義政公の時代から現在に至るまで、お茶のための水として使用されています。
銀閣寺・東求堂
東求堂・義政公の持仏堂で最古の書院があります
金閣寺は【きぬかけの道】のページに掲載しています
哲学の道
海運輸送と、飲料水と発電と・・・維新後の京都の町を飛躍的に近代化へ推し進めた「琵琶湖疏水」。

その疏水のほとり、銀閣寺から若王子橋までの1.6kmが「哲学の道」と呼ばれる小道です。

車の通らない静かな小道を哲学者たちが物思いにふけって散歩した事からその名が付きました。
哲学の道
哲学の道の桜の写真はページの末尾へGo
哲学の道遊歩道として整備されたのは、比較的新しく昭和45年。
その昔、「老いらくの恋」の歌人・川田順が人妻との忍ぶ恋の待ち合わせ場所にしたのはこのあたり。
法然院
(春と秋のみ)
京都・哲学の道・法然院 静けさに包まれた法然上人ゆかりのお寺。
普段は伽藍内部は非公開ですが、春4月1日〜7日と秋11月1日〜7日の、年2回一般公開されます。京都・哲学の道・法然院 京都・哲学の道・法然院
霊鑑寺
(拝観:500円)
椿の季節のみ
京都・哲学の道・霊鑑寺の日光椿 天然記念物の「日光椿」(←写真左)で有名・・・こちらも、椿の花の時期だけ公開されています。京都・哲学の道・霊鑑寺 延宝三年(1675年)造営の3間続きの書院
京都・哲学の道・霊鑑寺の書院
椿の写真はページの末尾へGo
大豊神社
仁和三年(887年)に、
宇多天皇の病気回復を願って建立された神社。哲学の道・大豊神社
哲学の道・大豊神社の狛鼠 哲学の道・大豊神社の狛猿
大豊神社での必見は、狛犬ならぬ狛鼠や狛猿などユニークな狛動物たち・・・椿や紫陽花も美しい
にゃくおうじじんじゃ
若王子神社
若王子神社
境内にはベンチなどがあって休憩するのにピッタリ
永暦元年(1160年)に後白河法皇が熊野権現を勧進して建立した神社で、室町の頃には最も栄え、寛政六年(1465年)には、八代将軍・足利義政による盛大な花見も開かれました。

その後応仁の乱で社殿が焼失し、荒廃しましたが、豊臣秀吉により再興され境内が整備されました。
若王子神社の鳥居のたもとには若王子橋があります。

琵琶湖疏水はここから地下にもぐり、哲学の道もここで終了します。
若王子橋
     若王子橋
永観堂
(禅林寺)
(拝観:500円)
永観堂・唐門
       唐門
斉衡二年(855年)に空海の弟子・真紹が藤原関雄の山荘を寺としたのが始まり。

正式名が禅林寺で、通称・永観堂と呼ばれています。

唐門は天皇の使いのみが出入りした特別な門・・・前の盛土を踏んで身を清めてから、お寺に入りました。
永観堂・禅林寺
永観堂・多宝塔
多宝塔
永観というのは、この禅林寺を発展させた僧の名前です。

その永観さんが、念仏の行に出て帰りが遅くなった時、御本尊の阿弥陀如来様が「永観遅し」と振り替えられたのです。
禅林寺の御本尊は「みかえり阿弥陀」と呼ばれるまさに、振り返った姿・・・顔を横にして微笑んでおられます。

山の斜面に沿って配置された伽藍へ向かう臥龍廊はまるで竜の体内を歩くような感覚
多宝塔からは、京都の町が一望
永観堂・臥龍廊
臥龍廊(がりゅうろう)
南禅寺・三門
(拝観:500円)
 
南禅寺・方丈
(拝観:500円)
三門

南禅寺・三門
臨済宗・南禅寺派の総本山の南禅寺は、正応四年(1291年)に亀山法皇の離宮の地を賜り創建されました。

中世には「五山之上(ござんのじょう)」という最高位を与えられ大いに栄えました。

今も大伽藍を誇る南禅寺・・・三門からはあの石川五右衛門も「絶景かな〜」と叫んだ京都一望の大パノラマ。

方丈には、「虎の子渡し」という枯山水の名園があります
方丈

南禅寺・三門からの景色
三門の上に上った人は皆「絶景かな〜」と言いたくなります〜
10 水路閣
琵琶湖疏水・水路閣
南禅寺の境内に突如現る水路閣。

これは、右の写真→のように、琵琶湖疏水のための水道橋・・・由緒あるお寺の境内を分断する設計を考える人も考える人ですが、近代京都の発展のためなら、それを許可しちゃうお寺の心意気にも感激です。
水路閣の上はこうなってます
琵琶湖疏水・水路閣
疏水全域の地図をクリックしていただくと大きなサイズでご覧いただけます
12箇所の史跡も表示しています

                疏水地図
琵琶湖疏水のお話

都が東京に遷された事で、京都の町の人口や産業が衰退をし始めていた事を何とかしたいと考えた第3代目知事・北垣国道は、琵琶湖から京都への運輸水路の開発を提案します。
それが完成すれば、舟運の発達はもちろんの事、都市部の飲料水も確保、家屋密集地の防火や衛生管理にも役立ち、周辺の田畑も潤います。

工事担当者に、田辺朔郎技師や、嶋田道生測量師らを抜擢し、市民らの協力も得て、明治十八年(1885年)に工事が着工され、困難を極めた工事も、着工から五年近く経った明治二十三年4月7日、就労者400万人、125万円という膨大な費用をかけて大津の琵琶湖取水地点から鴨川落合まで11.1qの疏水が完成したのです。

やがて、明治二十七年(1894年)には、疏水が伏見にまで延長され、琵琶湖と淀川が結ばれるに至って、近江と大阪が直結し、物資や旅人の往来で、大変な賑わいを記録しました。

しかし大正時代に入って、京津電車や京阪電車が開通し、大正十年には国鉄の山科トンネルの開通とともに現在の山科駅が開設されたため、人の足としての疏水の役目は終わりました。
その後も貨物の輸送は行われていましたが、それもやはり時代とともに陸上輸送へと移り変わり、昭和二十六年(1951年)、砂を積んだ三十石舟が通ったのを最後に、貨物運輸としての任務も終えました。

しかし、運輸業からは引退したものの、疏水の水は、現在でも水道用水など現役で活躍中で、日本の重要な工事を外国人の設計監督に頼っていた明治の初め頃に、
日本人のみの手で行われた誇れる一大事業です。

現在は、近代の遺産として水路閣など12箇所が国の史跡に指定されています。

11 南禅院
(拝観:300円)
文永元年(1264年)に亀山天皇が離宮とされた所・・・つまり南禅寺発祥の地と言える場所です。
ここのすばらしい庭園は、苔寺・天龍寺とともに京都・三庭園に数えられています。
南禅院・庭園
南禅院・庭園
傾斜鉄道
12 インクライン
インクライン(傾斜鉄道)

インクラインとは、人や貨物の疏水での水上運搬にとって、最大の難所だった琵琶湖と京都の間に立ちはだかる山を、「滑車で巻き上げるワイヤーロープにつないだ軌道上の台車に舟を乗せて、人や荷物を舟ごと運んでしまおう」というもの・・・36mというあまりの高低差のためこの部分だけが陸上輸送になったのです。

最初は水力利用のつもりだったインクラインは、アメリカ視察を終えた田辺技師らの発案で、電力利用で行われる事となり、蹴上には日本初・世界で2番目の水力発電所も建設され、発電の一部を利用して疏水完成後には、京都の町に明かりがともり、日本初の路面電車も走り、京都は一気に近代化へと向かいます

現在のインクラインは桜の名所となってます
インクラインのしくみ
一言で言うと「ケーブルカー」のしくみと同じです。
ドラムでワイヤーロープを巻き上げて台車を上下させます。
所要時間は片道10分〜15分、スピードは2段変則ができるようになっていました。
レールはイギリスからの輸入で、軌道の中心には直系60pの縄受車を、約9m間隔で設置して、ワイヤーロープが地面にスレるのを防いでいました。

琶湖疏水記念館に模型が展示されています。
仕組み図

↑クリックすると
大きなサイズで見れます
13 田辺朔郎像
田辺朔郎像 琵琶湖疏水とインクラインの完成に力を注いだ田辺朔郎は、当時、大学を卒業したばかりの青年でした。

当初は反対派の説得から始まったその偉業には、感謝!
後ろに見えるのは蹴上発電所。

船溜り近くにある慰霊碑は田辺が工事で殉職した17名の為に建立。
「一身殉事 萬戸霑恩」の碑一身殉事 萬戸霑恩」の碑
14 溜り
 
15 田辺朔郎
    の墓
船溜り

ここまで疏水の上を来た船がここから、台車に乗せられて運ばれて行った・・・

荷物だけならともかく、旅人もそうして運ばれた光景は想像するとちょっと笑ってしまいますね。
琵琶湖疏水・船溜り
船溜りに架かる大神宮橋を渡ってさらに進む道が日向大神宮の参道です・・・この写真は、橋の上より撮影しました。
田辺朔郎の墓
日向大神宮と大日山墓地への道
右の鳥居がい日向大神宮で、鳥居の左の道を行くと大日山墓地へ行きます。
スイマセン(ToT)・・・実は田辺さんのお墓見つけられませんでした。

大日山墓地は京都市民の共同墓地となっているので、たくさんのお墓が並んでいて、「一番奥の左」とだけ聞いて行ったんですが、見つけられませんでした〜
地下鉄・蹴上駅へ
インクラインへのトンネル 今日は、銀閣寺側から出発しましたが、インクラインのほうから廻る場合は・・・

蹴上駅の向かい側にある水路閣っぽいこのトンネル(写真左)をくぐり、すぐに右に曲がって写真右の坂道を登れば、左が田辺さんの銅像の方へ、右がインクラインです。
インクラインへの道
桜花 フォトアルバム
哲学の道の桜
哲学の道
もう、説明はいりませんよね〜とにかく疏水沿いはず〜っと桜が続きます。

桜に気を取られがちですが、春の花たちはそれぞれに、それぞれの風情をかもし出しながら、私たちに微笑みかけてくれていましたよ。
琵琶湖疏水沿い・哲学の道の桜 琵琶湖疏水沿い・哲学の道の桜 琵琶湖疏水沿い・哲学の道の桜
南禅寺の桜
↑上の写真は、南禅寺・三門の2階からの景色・・・
石川五右衛門じゃなくても思わず「絶景かな〜」
琵琶湖疏水沿い・哲学の道の桜
琵琶湖疏水沿い・哲学の道の桜
南禅寺・三門 インクライン

 ←南禅寺・三門と ↑インクラインの桜
哲学の道の桜以外の花たち
大豊神社の水仙 哲学の道の山吹
↑こちらは、山吹。

←左は大豊神社の水仙。

桜の下で可憐に咲く右の花は→
何でございましょうや?
哲学の道で見つけた花
哲学の道の桜とレンギョウ
桜とレンギョウ


疏水沿いのユキヤナギ

疏水沿いのユキヤナギ
霊鑑寺の椿
霊鑑寺の散り椿
散り椿
霊鑑寺は、哲学の道から少し東に入ったところにある臨済宗のお寺。
普段は拝観できませんが、お庭に多くの種類の椿がある事から、椿の咲く時期だけ公開されます。
霊鑑寺のおろらく椿
おそらく椿
花が咲いていない時に「これは何?」と殿に聞かれ、困った家臣が「おろらく椿でしょう」と答えた事から名前が着いたとか
霊鑑寺の日光椿アップ 中でも一番は、樹齢300年以上と言われる京都市天然記念物の日光椿・・・「カラコ咲き」という変った咲き方します
霊鑑寺の日光椿
霊鑑寺の椿・衣笠
衣笠
霊鑑寺の椿・雪中花
雪中花
霊鑑寺の菜の花
霊鑑寺の菜の花
その他気になった物
銀閣寺道の天ぷら ←銀閣寺道の入り口にあったおいしそうな天ぷら。

新聞にも紹介された名物だそうな。

外人さんにはチーズ入りが人気でしたが、私は「湯葉」を購入・・・

なかなかおいしかったっす。
↓なぜ?二番
京都で2番目に美味しい店の看板
一番と書かないで、あえて二番とはなぜ?
京都で2番目においしい店
・・・で、京都で2番目とおっしゃるお店がコチラ・・・それだけ謙虚なのかしら?上下に「←ソコ」と押すところは強気


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