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| 邪馬台国がどこにあったか?という謎は、九州で吉野ヶ里遺跡が発掘されれば、にわかに九州説が活気づき、近畿で三角縁神獣鏡が発見されたとなると、畿内説がにぎやかになる。 いまだに論争の耐えない歴史上最大の謎と言えるでしょうが、こんな題名をつけると、ずっと研究なされている学識者の皆様に「素人が何いってるんだ!」と叱られそうですが、これはあくまで私の独断と偏見に満ちた仮説で、それも、九州だ近畿だというのではなく、あくまで『邪馬台国』・『卑弥呼』といった呼び名の事です。 少なくとも魏の国に貢物を持っていった誰かは、いたわけですし、その人物が住んでいた国もあったはずですから、それを無かったというのではありません。 そもそも『邪馬台国』と『卑弥呼』の原点は、そのことが記されている、『魏志倭人伝』なる書物。『魏志』は中国の晋の時代に編さんされた『三国志』の一つで、その中に倭人の項があるんです。それも、先の漢の時代に貢物を持ってきた使者が言った事を聞いて、それを又聞きした感じになってますよね。そうなるとどこまで正確な情報なのかが少し怪しくなってきます。 現に『魏志倭人伝』に書かれた距離や旅の行程のとおりの場所だと『邪馬台国』は太平洋の海の上にあったことになっちゃいます。 だからこそはっきりした場所がわからず九州説、畿内説の論争になるわけです。 中国に限らず、外国人が話したことを聞き、それを自分の国の文字で書く、という行為だけでもすでに伝え間違いがおこっていそうな気がします。私は、歴史好きが高じて中国語を少し習った事があるのですが、中国で外国の地名や人名などの固有名詞を文字で表すとき、だいたい3種類の表し方をします。 1) 音訳: その発音に近い漢字を日本のカタカナのようにしてあてる。 2) 意味を追加した音訳: 原音に近く、言葉の意味も表す漢字をあてる。 3) 音訳プラス翻訳: 音訳とその表す物のジャンルなどの漢字をあてる。 たとえば、ビル・ゲイツは、『比尓・盖茨』と書いて、《ピーアル・カイツー》と発音し、これは1)の音訳です。文字の持っている意味はあまり関係ありません。 そして、人物ではありませんが、『黒客』と書いて《ヘイコー》と発音しハッカーの事で、2)の意味を追加した音訳です。3)の例としては、『艾滋病』《アイツピン》でエイズの事、『桑巴舞』《サンパーウー》でサンバ(ダンスのリズムのサンバです)などがあります。 あと、『葡萄酒』は《プータオチュウ》でワインですが漢字の意味のままですよね。日本でも《ぶどうしゅ》て言ったりしますからねぇ。 日本人の人名の場合は、今は日本人は漢字を使ってますから『鈴木』さんならそのまま鈴木と書いて《リンモウ》って発音します。歌手のグループ名なんかは、意味のある漢字で表現してますね。サザン・オールスターズは『南方明星』《ナンファンミンシン》だったと思います。 マドンナは『聖母』と書いて《マドンナ》って読ませてました。 話を戻しますが、『邪馬台国』と『卑弥呼』の場合、貢物を持って来た使者が発音した言葉を1)の音訳で漢字をあてたんだと思うわけです。まさか使者が漢字で書いたとは思えませんからねぇ。 だからこそ卑しいの『卑』というようなあまり印象の良くない漢字をちょっとバカにした感じで使用したんじゃないかと・・・。だから『邪馬台国』と『卑弥呼』だったと言うよりは、『タマタイコク』と『ヒミコ』と聞こえた、と言うほうが正しいのではないかと思います。 日本の天皇の場合、昭和天皇でもわかるように、○○天皇と呼ばれるようになるのは、崩御されて次の天皇陛下が即位される頃になってからです。 現在の天皇陛下も皇太子殿下の頃、お名前で表す場合には新聞などでは明仁親王殿下となっていたように思います。 古代の場合も在位中は『天皇』と書いて《スメラミコト》あるいは《おかみ》《おおきみ》などと呼んでいて、名前のほうは『○○皇子』と書いて《○○のみこ》でした。 たとえば、天智天皇は『中大兄皇子』で《なかのおおえのみこ》、聖徳太子なども生存中は『厩戸皇子』《うまやどのみこ》でした。女性の場合はどうでしょう。 持統天皇は『鵜野讃良皇女』《うののさららのひめみこ》皇極・斉明天皇は、『宝皇女』《たからのひめみこ》よ呼ばれていました。 そう『卑弥呼』は《ひめみこ》ではないかと思うんです。 卑弥呼も女王、女性です。 女王の名前は『○○のひめみこ』だと使者が言った言葉の『ひめみこ』の部分だけが、ひめみこ→ひみこ→卑弥呼になったのではないでしょうか。 そうなると『邪馬台国』は《やまとこく》? 大和朝廷が全国を統一に進みだすのは、卑弥呼が使いを出してから百年後くらいの事ですから、場所はどこであれ、やはり邪馬台国は大和朝廷につながっていくのではないでしょうか。 卑弥呼の時代にそれにふさわしき《ひめみこ》と呼ばれる天皇クラスの女性が日本側の正史の中にいたかどうかは、私はまだまだ未熟者で思いつきませんが、これからも古事記やら日本書紀やらその他の色々な文献を調べて、勉強して、いつかその人物にたどりついてみたいと思います。 |