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マンゲリラ
山本昌輝
膣が燃えるように熱い。血管がドクッドクッと脈打っている。内から突き上げて来るよ
うな激痛が襲って来る。何かが膣の中にいる。そいつが粘膜を刺している。しかも、次第
に巨大になりながら、外へ向かってはい上がっている。赤ん坊が急激に成長しつつ、自ら
の意思で生まれ出て来るような感じだ。
吉原実穂(二十六)は真夜中の自室のベッドの上で汗をびっしょりかきながら、その痛
みに耐えた。両手できつくシーツを握り締め、顎を上げてあえぎ声を上げている。奴が上
がって来る。鋭い爪でかき分けるように。大きな爆弾が発射台に向かってゆっくりと進ん
でいるようにも感じる。
ついに奴が膣外に出た。複数の冷たい足が外陰部に当たっている。それがムズッムズッ
ムズッと上がって来る。ヘアーを踏み締めて迫って来る。実穂は全身に鳥肌を立てながら
下を見た。パジャマの下腹部がモッコリと膨れ上がっている。それが急速に大きくなって
いる。今にも弾け飛びそうだ。
ガバッ!何かがパジャマのズボンから飛び出した。
「キャー!」
実穂は上に覆い被さった物を見て絶叫した。それは全身は真っ黒、顔は逆三角形、胴は四
角い偏平形。身長は約三メートル。鋭く尖った三本の指を持った六本の足が、空気をかき
むしるように動いている。肉が腐ったような異臭が襲って来る。細くつり上がった黄色い
目がこっちをにらんでいる。口を大きく横に開き、シーシーシーという音を立てながら鋭
い歯を見せた。よだれがポタリポタリと実穂の頬に落ちて来る。鋭利な歯が目前に迫り、
猛烈に臭い息がかかって来る。
「うっ」
実穂は小さく唸った後、気絶した。
朝、実穂は二階の窓から入って来る夏の風によって目を覚ました。はっとして、あたり
を見回した。何もいない。昨夜のは夢だったんだろうか。しかし、窓を開けた覚えも、ク
リーム色のカーテンを全開にした覚えもない。奴はそこから逃げて行ったんだろうか。実
穂はベッドから降りて、何か証拠となる物は落ちていないかどうか探し始めた。けれど、
何も発見できなかった。
「夢よ、夢。あんなことがあったから、悪夢を見たんだわ」
実穂は思い出したくもない場面を目に浮かべつつ、独り言を言った。それは二週間前大学
生風の四人の男にA海水浴場の小屋に連れて行かれ、レイプされたことだった。彼らは笑
いながら、実穂の体を凌辱した。その日以来、実穂は精神が乱れ、体調を崩した。結婚前
の体を汚されて、自殺しようとさえ思った。しかし、あんな獣たちに一回限りの人生まで
も奪われたくないと思い返し、踏み止まった。
今日は婚約者の織田武(三十一)を両親に紹介するため、実家へ行く日。実穂は深呼吸
をして、窓を閉めてから、新たな気持ちで着替えを始めた。パジャマのズボンを脱いで、
パンツを下ろした時、思わず、あっ、と声を上げた。何とパンツには黄色いおりものが付
いていたのである。
「どうしよう。性病移されたのかしら」
実穂は目の前が真っ暗になり、目眩がした。気を取り直し、本棚から産婦人科の本を取り
出して、何の病気か調べることにした。エイズ、尖圭コンジローム、性器ヘルペス、梅毒、
淋病、クラミジア・・・・・・、どれも違う。トリコモナス膣炎かカンジダ膣炎の症状に
近い。トリコモナス膣炎はトリコモナス原虫が膣内に巣くうことによって起こり、黄緑色、
牛乳状、薄い膿汁様のおりものが増える。カンジダ膣炎はカンジダという一種のカビによ
って発生し、黄色の粥状、あるいはカッテージチーズ状のおりものが増える、と書いてあ
る。
実穂は大学時代の生物学科に在籍して時に購入した顕微鏡でパンツに付着したおりもの
を見ることにした。トリコモナス膣炎なら、トリコモナス原虫がピクピクと動いているは
ずである。カンジダ膣炎なら、カビの特徴である菌糸や胞子が確認できるはずである。お
りものをスライドガラスに載せて、接眼レンズに目を近付けて見ようとする。網膜にトリ
コモナス原虫がピクピクと動いている姿やカビが菌糸を張りめぐらしている様子が浮かぶ。
顔を歪めて横を向く。勇気を出して、接眼レンズを覗き込む。
「いない。よかったー」
実穂は首の力が抜け、大きく息を吐いた。安心する間もなく、また不安の波に飲まれた。
「じゃ、これはなんなのかしら。まさか、夢に出てきた奴の仕業では。まさかよね」
奴の卵がスライドガラス上にあるのでは。それが急激に大きくなり、襲って来るのでは。
実穂はそんな妄想を抱きながら、恐る恐る接眼レンズに目を近付けた。
「ドンドン、ドンドン」
実穂はビクッと体が震え、心臓が止まりそうになった。難のことはない。誰かが部屋のド
アをノックしているだけだ。
「どなた様ですか」
咄嗟に実穂は顕微鏡を背中で隠すようにして聞いた。
「俺だ、武だ」
聞き慣れた明るい声が流れてきた。実穂は狼狽した。今この場でもっとも会いたくないの
がきた。これなら、奴が現れた方が増しだ。