探偵大学SP@ 美人教官に夢中運転お試しページ

                               山本昌輝

 ドアのノブがカチリと鳴る。待ち望んだ音に生唾を飲む。ドアがゆっくりと開く。その

陰から、ショートヘアで端正な横顔が覗くと、教室の中がパッと明るくなった。 紺のス

カートをふっくらと盛り上げているお尻を向けて、ドアを閉める。ストッキングの下の引

き締まった長い足が、教壇へと向かって行く。白い長袖のシャツの上に青いベストを着て

いる。左胸の白い名札が、柔らかい膨らみに付いている。その名札には、東和自動車教習

所、鈴木麗子、と書かれている。

 鈴木教官(二十五)が教壇の上に上がった。写真付きの教習原簿を見ながら、しっかり

とした声で十名の生徒の出席を取り始めた。

「野村さん」

俺は六番目に呼ばれた。でも、廊下側の一番後ろの席でうつむいて座ったまま、わざと返

事をしなかった。前回の四回目の学科教習で、鈴木教官は一回で返事をしなかった場合、

二回目はフルネームで呼ぶことを知ったからだ。

「野村勇次さん」

「はい」

俺は満足して顔を上げた。鈴木教官が少し厳しい目で俺と写真を見比べている。やがて、

目元を緩ませて、軽く頷く。他の誰よりも俺を見ている時間が長いような気がする。俺が

出席していることを、喜んでいるようにも見える。

 しかし、鈴木教官はみんなにそうしている。俺はちょっと落胆したが、そんな鈴木教官

がますます眩しく見える。薄い唇の下の歯並びのいい白い歯、鼻筋の通った鼻、淡く書い

た眉の下の利発そうな目、前髪のかかっていない広い額。

 もっと前に座れば、さらに鮮明に顔が分かるのだが、後ろの席の方が比較的目が合う回

数が多いので、ここに座っている。鈴木教官は一人に視線が集中することを避けるためか、

後ろのボードの方を見ている場合が多い。その時、自然と目が合うことがあるのである。

途端に恥ずかしくなりながらも、ヤッター、という気持ちになる。

 しかし、鈴木教官は普通通りの冷静な表情で授業を続ける。でも、大学までの先生とは

少し違うような気がする。知性に加えて、体育会系の活力に満ちているような気がする。

それは俺が鈴木教官をひいき目に見ているからかもしれない。あるいは教室が今までのよ

りも狭いので、陽光が満ち溢れ、鈴木教官の顔を輝かせているからかもしれない。

 いずれにしろ、俺は鈴木教官に引かれている。鈴木教官は俺のことをどう思っているん

だろうか。単なる生徒の一人としか見ていないんだろうか。西都大学社会学部二年の二十

歳の学生としか見ていないんだろうか。それとも、他のおやじよりは格好いいと思ってい

るんだろうか。俺は回りを見回して、ニヤッとした。

「野村さん、聞いてるの? 信号待ちしている時の心構えは」

俺は鈴木教官の軽い言葉の鞭に快感を覚えつつ立ち上がった。

「はい。正面の信号、前方や後方の車、自転車、歩行者などの動きを観察しながら、次の

行動を組み立てます」

「そうね。よそ見して、ニタッとしてちゃ、ダメよ」

「はい」

回りから笑いが起きた。俺は頭をかきながら座った。俺を斜めにらんだ鈴木教官のかわい

らしい顔が、頭の中に残る。これで鈴木教官も俺のことが印象に残っただろうか。次回の

授業の時は、写真と簡単に照らし合わせるだけで分かってくれるだろうか。学科教習は二

時限、技能教習は一時限しか鈴木教官の授業には出ていないから、まだそれは無理かもし

れない。でも、これから徐々に知り合いになりたい。

 

 授業が終わった。鈴木教官が澄ました顔で教室から出て行った。俺も廊下に出た。鈴木

教官が二階から一階の事務室へ向かっている。俺も下に用事があったので、後を追う形と

なった。回りにも人はいたが、百六十五センチ程の鈴木教官の後ろ姿だけが鮮明に見える。

用事があるのは言い訳で、単に後を付けているだけなのかもしれない。

 階段の途中、鈴木教官が授業中に手を拭くのに一回だけ使った白いハンカチが、ベスト

のポケットから落ちた。俺は階段を降りて、踊り場でそれを拾った。すぐに渡そうと駆け

降りたが、鈴木教官の引き締まった腰の動きを見ているうちに、歩くスピードが遅くなっ

た。声をかければ渡せたが、それをしないまま、事務室に入るのを見送った。

 慌てる必要はない。帰りまでに渡せばいいのだ。その後も渡す機会は何度もあったが、

ついに今日の鈴木教官の退勤時間まで、あちこちで時間を潰して待つことになった。

 

 午後五時、鈴木教官が白いコートを着て、玄関から出てきた。三月の冷たい風に一瞬肩

をすぼめて、足早に愛車へと向かって行く。俺はスクーターに跨がり、スモークのシール

ドのヘルメットを被った。

 これからやろうとすることは、ストーカーではない。鈴木教官の自宅までハンカチを届

けに行く親切行為だ。俺が所属する大学のミステリークラブでもまだ実行したことのない

追跡行為の練習だ。

 しかし、これはどう弁明しても、ストーカーには違いない。けれど、何日もしつこく付

け回したり、危害を加えたりするつもりはない。ちょっとだけ、制服を脱いだ鈴木教官の

日常生活を覗いて見たいだけなのだ。

 鈴木教官が白のセダンを発車させた。俺もスクーターのスタートボタンを押した。車は

西東京から、富士街道を直進して行った。しばらくしてから右折し、練馬の石神井台の

アパートの前で停まった。午後五時十五分だ。

 鈴木教官が車から降りて、新築の八人入りのアパートの階段を登り、202号室に入っ

て行った。路上駐車したままなので、また出て来る可能性が高い。着替えをして、友達の

家へでも行くんではないだろうか。ひょっとしたら、デートをしに行くかもしれない。俺

はわくわくしながら、電柱の陰から、階段を見張った。

 午後五時二十四分、鈴木教官が黒のハンドバッグを右手に持って、階段を降りてきた。

さっきまでの白いコートの代わりに、襟元に黒い毛の付いたファー襟の黒のコートを着て

いる。コゲ茶のロングのスカートから、黒のパンツに変えている。化粧は変えていないが、

モノトーンの服装からか、ずいぶんと大人っぽく見える。明らかに教習所での鈴木教官と

は違う。これは何かある。俺はますますこの先を探ってみたくなった。

 鈴木教官が再び車に乗り込んで出発した。俺もスクーターで追いかけた。車は西武池袋

線の大泉学園駅の方へ向かっている。踏切を乗り越えて、午後五時三十五分、東大泉の車

場で停止した。

 鈴木教官がハンドバッグを持って、車から出て行った。俺もスクーターを駐車場に止め、

ヘルメットを座席の下に仕舞ってから、後を付けて行った。日が沈んで、辺りが薄暗くな

っている。それに反して、街角は街灯や店先から漏れる光で映えている。その夕闇の繁華

街に鈴木教官の姿が溶け込んでいる。何か夜の女という感じだ。俺は嫌な予感がしつつ後

に続いた。

 その予感が的中した。午後五時三十八分、鈴木教官はクラブの裏の通用口から入って行

った。俺は後頭部を鈍器で殴られたぐらいのショックを受けた。鈴木教官はそこでホステ

スをしているかもしれない。何もホステスが悪いと言っているのではない。副業をしてい

れば、それがまずいと言っているのである。教習所の指導員はサイドビジネスは禁止され

ているはずである。それがばれれば、首になるに違いない。

 しかし、クラブに入ったからといって、ホステスをやっているとは限らない。友達に会

いに行っただけかもしれない。それにしても、もう十分も経過している。着替えや化粧を

しているんではないだろうか。早々とそれを終えて、妖艶な姿で接客をしているかもしれ

ない。耳がカーと熱くなった。

 午後六時、まだ鈴木教官は出てこない。俺はもうじっとしていられなくなった。思い切

って中に入り、確かめてみよう。午前中に親からの仕送りの十二万円を下ろしたばかりだ

から、金銭的には問題はない。服装的にも、紺のジャンパーを脱げば、問題はない。エン

ジのセーターにグレーのジャケット、グレーのズボンに黒の革靴という出で立ちだ。後は

容姿だ。髪は短く七、三に分け、細長い顔をしている。百八十センチの長身が店内に入れ

ば、意外と大人の雰囲気を醸し出すかもしれない。

 

初めて俺はクラブに入った。ドアを開けたのはいいが、ほの暗い店内のどこを行けばい

いのか分からず、たじろいでしまった。そこへ白いワイシャツの上に黒のベストを着たボ

ーイが寄ってきて、案内してくれた。

俺は白い壁際の半四角形に並べられたゴゲ茶のソファーに着いた。すると、早速愛嬌の

ある二人の若いホステスが、馴れ馴れしく両脇に座った。ホステスは気軽に話しかけなが

ら、透明なテーブルの上で水割りを作ってくれた。

 俺は電車の中であった出来事を話して、ホステスを笑わせた。時々回りを見回して、鈴

木教官がいないかどうかを確かめた。いないと分かって安心した途端、奥の方から、天井

の回転したスポットライトに当たりながら、鈴木教官が笑顔で歩いてきた。俺は水割りの

氷を背中に入れられたようにゾクッとした。

 鈴木教官は右斜めの席に座った。僕は咄嗟に体を左側にずらした。それでも、様子を見

たいので、横目で鈴木教官を伺った。鈴木教官はベージュのセーターの上にピンクのジャ

ケット、膝が少し出るぐらいのピンクのスカートを着ている。金のイヤリングとネックレ

スをしている。赤い口紅や青のアイシャドーなどをして、厚化粧をしている。教習所では

見せたことのないような色っぽい仕種で客と談笑している。赤いハイヒールから斜めにす

らりと伸びた足の膝の上には、パンティー隠しの白いハンカチが置かれている。

 俺は生唾を飲んで、ズボンのポケットの中に仕舞っていた鈴木教官の白いハンカチに手

を忍ばせた。もしかしたら、このハンカチもパンティー隠しのハンカチかもしれない。手

の平からはみ出さないようにハンカチを丸めて、唇を拭く真似をしながら、そっと匂いを

嗅いでみた。チョークの匂いがした。

 突如、誰かが後ろから、俺の右肩を軽く叩いた。振り返ると、鈴木教官が立っていた。

ビクッと体が震えた。心臓が止まるかと思った。

「ちょっと、こちらへ」

鈴木教官が手招きをした。俺は言われるままに立ち上がった。ここまで付け回してきたこ

とに対して、説教されるかもしれない。口止めされてから、追い出されるかもしれない。

ドキドキしながら、付いて行く。いい香りの香水の匂いに包まれる。やはり教習所での鈴

木教官とは違う。そこでの鈴木教官は生徒に匂いが付くのを配慮して、香水は付けていな

い。今はホステスに成り切っている。観葉植物の前で止まった。

「ごめんなさい。俺、誰にも言いませんから。秘密にしますから」

俺は鈴木教官の前で頭を下げた。鈴木教官は右手の人指し指を立てて唇に当てた。俺はそ

のシーという合図を上目使いで見て頷いた。

「事情を話すから、裏口で待っていてくれる?」

鈴木教官が俺の耳元でささやいた。

「はい」

鈴木教官が左目でウインクした。ライトで輝いている左頬が、つまみたくなるぐらいかわ

いらしくキュッと上に上がった。俺は、何でも言うことを聞きます、という気持ちになっ

た。クラブを出て、裏口近くの物陰で鈴木教官が出て来るのを待った。

 

 午後六時二十分、鈴木教官が裏口から出てきた。突然、黒のセダンが近付いてきて、助

手席のドアが開いた。

「キャー、助けて!」

鈴木教官が無理矢理引き込まれた。黒のセダンが急発進した。

「待て、この野郎!」

俺は怒鳴って追いかけた。誰だ、あいつは。どうしてあんなことをするんだ。鈴木教官が

何をしたっていうんだ。疑問が激しく渦を巻く中、必死に走り、駐車場に停めて置いたス

クーターに乗って追跡した。