ネットショップ殺人事件無料お試しページ
山本昌輝
消費者センターに苦情が多かった業者の指導が無事に終了した。その帰り、最近苦情が
急増している別の業者へ急遽向かった。あるビルで講習会をやっている、という情報が入
ったからだ。取引指導課の課長補佐の大山真一(四十一)は、セダンの助手席に座りなが
ら、また少し痛くなった胃を右手で押さえた。表面上は気丈に振る舞っているが、内心で
は、怖い人間が経営しているのではないか、と不安に戦いている。それを和らげるために
も、業者に指導に行く時は一人では行動しない。今日も二人の部下に付いてきてもらって
いる。
ビルの前に着いた。大山は部下とともに階段を登り、三階に行った。学校の教室のよう
な大きな部屋の後ろのドアをそっと開けた。前の壇上で女が笑顔でしゃべっている。
(あいつか! 五年前、恋人商法で消費者センターに苦情を殺到させたあの女悪徳商人か。
電話や書面で警告しても、改善しなかったので、今日と同じメンバーで指導に行った。ど
んなあくどい奴がやっているかと思ったら、目鼻立ちの整った二十六歳の美人だった。口
が滑らからでうまく、包み込むような笑顔を振りまく。ついこっちまでもニコッとなって、
騙されそうになった。指導後は大人しくなったと思ったが、また始めたのか。苦情による
と、ネットショップも開設したらしい。この講習会は販売の促進を兼ねた物に違いない。
消費者や真面目にやっている他の業者のためにも、今度こそ正常路線に戻してやる)
「私はちょっと中を伺ってきます。前のドアから逃げるかもしれないので、そこで見張っ
ていてもらえますか?」
「分かりました」
部下達は前のドアへ向かった。大山は黒のバックからグレーの帽子を取り出し、目深に被
った。黒のサングラスもかけて、顔が分からないようにした。深呼吸をしてから中に入り、
一番後ろの席に座った。
金田知子(三十一)は人なつっこい笑顔で商品の説明をしている。壇上の右下と左下に
は、黒のスーツを着た背の高い男が立っている。金田知子の調子付いた高い声が、約五十
名はいる老若男女を誘惑している。
「このエスパー開発講座を受講すると、こんな超能力が身に付きます。いいですか、よく
見てて下さいよ」
金田知子は両手を開いて天井に上げて、大きな目で蛍光灯をにらんだ。突然、蛍光灯が点
いたり、消えたりした。客はいっせいに上を見上げた。口をポカンと開けている人もいれ
ば、何だこりゃ、と言って、顔を強張らせている人もいる。間もなく蛍光灯の点滅はやん
だ。
「済みません。ついつい力を入れ過ぎちゃって」
金田知子は壇上の前の机に両手を付いて、軽く頭を下げた。
「い、今のは先生の超能力だったんですか?」
最前列の席に座っていた若者が立ち上がった。
「まあ」
金田知子はちょっと気取った顔を横に向けた。会場のあちこちから、スゲー、マジかよ、
という驚きの声が上がった。しかし、若者の左横の中年男がみんなに聞こえるように不平
を漏らした。
「何か怪しいな。スイッチを切り換えただけなんじゃないのか」
金田知子はチラッと中年男をにらんだ。
「これでもですか」
金田知子は机の上に置いてある花瓶に開いた右手を近付けた。すると、花瓶がパキーンと
割れ、かけらが四方に弾け飛んだ。キャーという女の悲鳴が上がった。イスから転げ落ち
る者もいた。
「驚かして済みません。みなさん、破壊することだけが超能力だとは思わないで下さい。
むしろ、超能力とは建設的な物なのです。自分を高めて、他者に好影響を与える。泥沼に
咲くハスの花となり、周りの者を魅惑する。そんな闇に光を与えるのが超能力なのです。
人間は何もしなければ、老化する一方です。生きるとは、老いとの戦いでもあるのです。
何の努力もせず、色あせて行く魂に、誰が引き付けられるでしょうか。光り輝く存在にな
るためには、自分の中に自分の会社を作って行く覚悟がなくてはなりません。このエスパ
ー開発講座はあなたの精神の経営のサポートをして、能力を最大限に伸ばします。どうで
す。あなたも眠っている才能を呼び覚ましてみませんか。今なら、六ヶ月受講の通常価格
三万二千円のところを、特別価格の二万八千円。限定五十名様がお買い上げできます。あ
らっ、まだ信用していない方がいらっしゃるようですね。それでは、誰か一人ここにきて
もらいましょうか。私が部屋の中を透視してみせましょう。そうですね、一番後ろの席で
サングラスをかけていらっしゃる方。こちらにお越し下さい」
大山はビクッとした。まさか自分が指されるとは思わなかった。仕方なく立ち上がった。
「そうです。あなたです。まあ、背が高くて、ダンディーな方ですね。どうぞ、こちらに」
金田知子はまったく気が付いていないようだ。この細長い顔や肩幅の広い体形はもう記憶
にはないのだろうか。正体を知ったら、さぞかし驚くだろう。大山はおもしろ半分で壇上
へ向かった。白のジャケットとスカートに身を包んだ金田知子が近付いて来る。胸まであ
る長い髪がふっくらとした頬にかかっている。こっちを向いて、ピンクの唇から白い歯を
見せて微笑んでいる。手招きまでもしている大歓迎振りだ。大山は壇上に上がった。
「さあ、これからあなたの部屋を透視しますからね」
金田知子は両手を上から下にゆっくりと降ろしながら、こっちをしげしげと見ている。超
能力の先生はまだ透視ができていないようだ。大山は一挙に帽子とサングラスを取った。
「あらっ!」
金田知子は右手を口に当て、目を見開いた。
「何があらっですか」
「後でゆっくり伺いますから、ここはちょっと」
金田知子は声を低くして、客席とは反対側の左目でウインクをした。大山はその色っぽさ
にクラッとしかけた。金田知子は何事もなかったかのような調子で言い始めた。
「見えてきました。法律関係の本がたくさんありますよね。固い仕事をしていらっしゃる
方ですか。あれ、誰か部屋に訪ねてきましたよ。お母様のようです。中に入れなくて、困
っています。早く帰って上げた方がいいですよ」
ドア側にいた男が壇上に上がってきた。どうやら強制的に廊下に連れ出すつもりらしい。
突然、後ろのドアが開いた。黒のフルフェイスのヘルメットを被った者が乱入してきた。
拳銃を前方に突き出した。銃声が一発轟いた。キャー、という悲鳴が響いた。犯人はすぐ
に出て行った。金田知子とドア側にいた男が壇上に倒れている。やられたのはどっちだ!