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幽霊対決

                                山本昌輝

 

 午後九時、ヤマトテレビ第三スタジオで男女バトル喧嘩の生放送が開始した。正面の左

側に半透明のガラス越しに男女二人が向かい合って座っている。右側にはアドバイスをす

る五人のタレントが着座している。その後ろの席には五十人の客がいる。カメラの右横に

いるディレクラターの田島明夫(三十五)が、バトル開始の合図を送った。中年男の司会

者が、それではどうぞ、と言った。

「昨日の夜見たわよ。あなたと若い女がホテルから肩を組んで出て来るところ。あの女ね。

私を振って、結婚する相手は」

と女は今にも怒りが爆発しそうな口調で言った。

「違うって。仕事先の人だ。打ち合わせをしてただけだ」

と男は上擦った声で言った。

「とぼけたってダメよ。もう調べはちゃんとついてるんですからね。あの女があなたの会

社の専務の娘ってこともね。あなたは私を捨て、出世の道を選んだ。そうでしょ」

女の声が鋭く高ぶってきた。

「誤解だ。正直に言うよ。実は専務に見合いを進められたんだ。仕方なくデートをする羽

目になった。でも、あれ一回切りだ。もう別れたんだ。関係ないんだ」

男が両手を振って必至に説得している。

「嘘よ嘘。あなたはあの子に結婚指輪も買って上げたじゃない」

「どうしてそれを」

「後を付けて、それもちゃんと見てたのよ。みんな専務にばらしてやる。私が妊娠三カ月

だってことも」

「おまえ、妊娠してたのか」

男が驚きの声を上げた。

「そうよ。なのに、あなたは他の女と。許せない。全部ばらしてやる」

女が狂ったように絶叫した。

「待て、こらっ」

男がヤクザのように怒鳴った。

 田島は真っ青になって、両手で×を作り、止めさせろ、という合図を送った。慌てて司

会者が二人を止めた。田島は回りの音が聞こえなくなるぐらい動揺した。あの二人がリハ

ーサルとは違ったことを言ったからだけではなく、その会話の一言一句が田島が女と別れ

た時のとまったく同じだったからである。

(なぜだ。なぜあいつらは俺たちの会話を知ってるんだ。偶然か。いや、あんなにピッタ

リ合うはずがない。あいつらはどこかで俺たちの話を盗みやがったんだ。そして、俺に脅

しをかけに来やがったんだ。何を企んでいやがるんだ。どこまで知ってるんだ。まさかあ

の後、俺がネクタイで秀美を絞め殺し、埋めたことも知ってるんじゃないだろうな。そん

なはずない。誰にも見られていないはずだ)

 田島は一年前の夏のある日を思い出した。夜の十一時頃、商社OLの岡本秀美(二十八)

が田島のマンションの部屋にいきなり入って来た。そして、さっきのように言い争ってか

ら、小走りで玄関へ向かった。田島は首から紺の地に白の水玉模様の入ったネクタイを外

し、秀美の首にかけて、思いっ切り締めた。秀美は白目を剥き出しにし、苦しそうに口を

歪めてから、ダラッと床に崩れて死んだ。秀美の死体を地下の駐車場まで持って行き、乗

用車のトランクに入れた。山林奥深くまで行って、スコップで穴を掘り、秀美の死体を埋

めた。

 その一か月後、田島はヤマトテレビ専務の娘と結婚した。二か月後にはアシスタントデ

ィレクターからディレクターになった。十一か月後には男の子にも恵まれた。秀美の家族

が彼女の捜索願を出したが、今のところ発見されていない。田島は秀美と隠れて交際して

いたので、誰も田島を疑う者はいなかった。すべて順調に進んでいた。

(何で今頃になって。あいつらの目的は何なんだ。金か?金なんてねえぞ。復讐か?だと

したら、あいつらは秀美の家族か友達か。よし、こうなったら、徹底的に調べて、あいつ

らの化けの皮を剥がしてやる)

 田島は台本のプロフィール欄を見た。男は坂本浩一、二十九、会社員、東京都渋谷区・

・・・、電話番号・・・・。女は川口恵美、二十九、会社員、東京都世田谷区・・・、電

話番号・・・・。これらは虚偽である可能性の方が高い。実際に確かめなければならない。

田島は番組が終わり次第、主犯と思われる坂本の後を付けることにした。

 五十五分後、番組が終了した。田島はスタッフに、用事があるから、と言い残して、坂

本の後を追いかけた。坂本が乗用車に乗って行ったので、田島もタクシーで追跡した。坂

本はプロフィール欄の住所通りの所に到着した。アパートの左から二番目の部屋に入って

行った。

 田島はその様子を外で見ていた。坂本の部屋の半透明のガラス窓には、カーテンが引い

てなかったので、坂本の影が動いているのが見える。突然、別の影が現れた。髪が背中の

中程まである女のようである。いきなり女が後ろから坂本の首に紐のような物を巻き付け

た。坂本は後ろに両手を回し、のけ反っている。女は身を横に傾けて、紐を締め上げてい

る。

「ヤベー」

思わず田島は声を上げて、階段を駆け登って行った。鍵のかかっていない坂本の部屋のド

アを開けて、中に入った。危なく悲鳴を上げそうになった。坂本が窓の側で仰向けになっ

ている。どうやら死んでいるようである。女は部屋中どこにもいない。すぐ上がって来た

ので、外から逃げることはできないはずだ。窓ガラスには鍵がかかっているので、ベラン

ダから逃げたとも考えられない。まるで消えてしまったようだ。それよりも、さらに驚い

たことは、坂本の首に秀美を殺した時のと同じ紺の地に白い水玉のネクタイが巻かれてい

たことだ。

(どういうことだ。何で同じネクタイで殺されているんだ。何で凶器を現場に残して置く

んだ。まるで俺への当て付けみたいじゃないか。まさか俺を嵌めようとしてるんじゃない

だろうな。きっとそうだ。一体誰が。そうか、あの女だ。川口恵美だ。二人は仲間割れを

して喧嘩になった。川口は坂本を殺し、俺に罪を着せようとした。あの性悪女めが。これ

から行って、すべて吐かしてやる)

 田島は坂本の首からネクタイを取って、それを背広のポケットの中に仕舞った。ドアを

そっと開け、誰もいないことを確かめた後、ノブに付いた指紋をハンカチで拭き取ってか

ら、外に出た。そして、タクシーで川口恵美の住所へ向かった。冷静になるにつれて、だ

んだん腑に落ちない点が浮かんできた。

(大の男がああも簡単に女に殺されるだろうか。それに、川口が俺が秀美をあれと同じネ

クタイで殺したことなんて知ってるはずがない。凶器を放りっぱなしにして置く意味なん

てないじゃないか。第一、女はどこから逃げたんだ。窓には鍵がかかっていたし、出口に

は俺がいた。川口にできる技とは思えない。男をやすやすと殺し、霧のように消えた。ま

るで化け物の仕業のようだ。まさか、秀美が化けて出たのでは。そう言えば、あの影は秀

美にも似ていた。秀美が坂本を殺し、俺に罪を被せるために、ネクタイを置いた。秀美が

俺に復讐している。そんなバカな。妄想だ)

 田島は両手を組んで体の震えを抑えた。タクシーが川口のアパートの前に着いた。田島

は二階の左から三番目の川口の部屋の下へ行って見上げた。半透明のガラス窓には髪が背

中の中程まである女の影が動いている。

(なーんだ。川口だったのか。秀美のわけがないわな。おっと、安心してる場合じゃねえ。

あの女、叩きのめしてやる)

 田島が動こうとした瞬間、別の長い髪の女が現れた。その女は前の女の首に紐のような

物を回して締め上げている。坂本の時と同じだ。

「しまったー」

田島は血走った目で階段を駆け上がり、ハンカチを使って、ドアのノブを回した。やはり

鍵がかかっていない。急いで部屋に入ると、川口が居間で仰向けになって死んでいる。首

には同じネクタイが巻かれている。またしても女は煙のように消えている。田島は頭を抱

えて、心の中で絶叫した。

(どうなってるんだ。誰が二人を殺しやがったんだ。あの女はどこから逃げやがったんだ。

どうして俺が行く所に殺人が起こるんだ。誰かが俺を嵌めようとしてるのか。秀美か。や

っぱり秀美なのか。あいつが化けて出て、俺に復讐してるのか。こうしちゃ、いられねえ。

早くここから逃げなきゃ)

 田島は素早く川口の首からネクタイを抜き取ってから、駆け足で逃げて行った。川口の

アパートからだいぶん離れた所でタクシーを止めた。タクシーに乗ろうとした時、後ろか

ら軽く肩を叩かれた。

「相乗りしません」

と色っぽい女の声をかけられたので、ニヤッとして後ろを振り向いた刹那、

「わっ!」

と田島は悲鳴を上げて、慌ててドアを閉めた。女は秀美だったのである。

「早く出せ」

田島は引きつった顔で前のめりになった。

「連れの方はいいんですか」

タクシー運転手がルームミラーをチラッと見て言った。

「連れじゃねえよ。いきなり割り込んで来やがったんだ」

「済みません。お客さんの後ろにピッタリいたから、てっきり連れかと思いましたよ」

「何っ。いつからいた。ずっといたのか」

田島は背筋に冷たいものが走った。

「さあ、私の目に入った時にはもう」

「そうか。とにかく関係ないんだ。早く出してくれ」

「はい」

タクシーは発車し、前屈みになって中を覗いていた秀美を置き去りにした。田島は後ろを

見た。恨めしいそうにタクシーを見送っている秀美の姿がだんだん小さくなっていく。

(あれは秀美じゃない。他人の空似だ。俺は神経質になっているだけだ。それにしても、

よく似ていた。少し下唇が出た細長い顔、上目使いをする垂れた小さな目、160センチ

程の細身の体、透き通った声。やっぱり秀美なのか。お前は土の中から蘇って来たのか。

畜生、このままじゃ眠られねえ。そうだ、秀美を埋めた所へ行こう。あいつが地獄からは

い上がって来たかどうか確かめてやる)