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当時、昭和53年春頃、各新聞に全面の行徳ハイムの入居者募集の広告が出ました。
終戦後、三十数年、高度成長期の初頭、団塊の世代がそろそろ「持ち家を」と思っていた頃のことです。
東西線の行徳駅を下り、現在の「西友」の前あたりより、モデルルーム行きの送迎バスが往復しておりました。
購入希望者が多く、抽選となり、特に一階の角部屋は庭が広いので数十倍の確率になりました。
周囲の建物は「ルネ新行徳」のみ、江戸川の堤防までは一面の蓮畑で、小川も流れておりました。
日常の買い物は現在の「ハイパー通り商店街」に在った「ハイパー中村」のみ、駅までは徒歩約20分、新駅予定と言われておりましたが、「妙典駅」が出来たのは、二十数年後、当時の現役は既に定年を迎えておりました。
今朝、物置を整理しておりましたら、当時のパンフレットが出て参りましたので、一部をスキャンして、此処に載せましたので御笑覧下さい。
2006年9月27日
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