私 の 好 き な 曲



モーツァルト


交響曲第40番 ト短調

モーツァルトの数多い交響曲の中で、短調はこの40番と25番のみ。そして、この40番の「ロマンティックな哀愁」を帯びた調べは多くの人に愛されている。シューベルトはこの曲をこよなく愛し、「ああ、天使の声が聞こえる・・・・・・」と涙していたらしい。

この曲を聴くと、名指揮者ワルターの言葉、「モーツァルトの音楽は人生の終焉の至福に似ている」を思い出す。そして彼は、モーツァルトを演奏する際、団員によくこう言っていたそうだ。「泣き伏したくなるほど、明るく、明るくなければならない。」これ以上の言葉はないのではないだろうか。



ベートーヴェン


ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝」

誰が付けたのか不明という「皇帝」の名が実にふさわしい。はじまりの豪華絢爛といった響きが大好き。
演奏家の技を魅せる場であった協奏曲に対しベートーヴェンがとった技法、交響的な要素を取り入れ、オーケストラを充実させるという試みは成功を収め、その実力の程が大いに発揮されている。

交響曲第9番 ニ短調「合唱付」

年末になると日本各地から聞こえてくるおなじみの「第九」は、交響曲に合唱を取り入れるという初の試みが為されたもので、シラーの「歓喜に寄す」を題材に作られ、歌われている。

「・・・抱擁し合え無数の人々よ、この接吻を全世界に与えよう。兄弟よ、星々の幕屋(まくや)の上に、必ずやいとしき父は住まわれる・・・」――「クラシック名曲ものがたり集成」(志鳥栄八郎著/講談社)より――

この曲の初演は、本人の強い希望によりベートーヴェン自身が指揮にあたっている。しかし、既に聴力を失っていた(!)ベートーヴェン一人では不可能なため、舞台には2人の指揮者が立った。演奏後、その素晴らしい曲に、聴衆は嵐のような拍手を送ったが、観客に背を向けたままのベートーヴェンには届かない。団員の一人に観客の方へ向かされてはじめて、彼はその大成功を体感したという。



スメタナ


モルダウ (交響詩「わが祖国」第2楽章)

チェコの首都プラハを貫く「モルダウ河」の流れを表現する美しい旋律が心地よい。私はこの旋律が大好きで、現地を訪れるのが夢である。

作曲者スメタナは、愛国心がとても強く、自国を流れるモルダウも強く愛しており、その愛する祖国を描いたのが6曲から成るこの交響詩である。
スメタナはこの名曲えお聴力を失いつつも練り上げ、その情熱がより一層、曲を美しく響かせているのだろう。



ラフマニノフ


パガニーニの主題による狂詩曲

パガニーニ(イタリアのヴァイオリン奏者)の奇想曲の主題を用いて作られた曲。ラフマニノフはピアノ奏者としても素晴らしい才能を発揮しており、この曲の初演では、彼自身がピアノを演奏している。主題となっている旋律がとても親しみやすくて美しい。私はこの曲の第18変奏(アンダンテ・カンタービレ)の美しい旋律にいつもうっとりしてしまい、思わず何度も繰り返して聴いてしまうほどだ。

余談だが。アシュケナージ(ピアノ)&ハイティンク(指揮)、フィルハーモニア管弦楽団による、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」と「ピアノ協奏曲第3番」が収められたCDが私の一番のお気に入りである。音の美しさを言葉で伝えることができなくて悔しいが。



シベリウス


ヴァイオリン協奏曲 ニ短調

弦が泣くようななんとも言えない物悲しい響きが、シベリウスの祖国フィンランドを、孤高の人と呼ばれたシベリウスを思わせる。また、愛国心の非常に強かったシベリウスは交響詩「フィンランディア」を残している。



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