日本の未来シンキング・グループは、あらゆる角度から世界の中の日本が、現在から未来へどのように向かっているのかを点検し、修正すべき事項や、意欲的に推進したい動きを指摘して、長い眼で誤りのない国づくりを導く灯台の役割をしたいと考える。
 この地球に人類が発生して以来20世紀までは、人類は幾つもの誤りを繰り返しながら全体としては確実に進歩の方向へ進んできました。
 ところが科学の世紀と呼ばれる。人知の歴史的積み上げの結果である科学の進歩と、人間の寿命の有限がもたらす必然として、子孫に命を引き継いでゼロから次の世代の急激な知識の受け継ぎをしなければならない人間とのギャップが目立ち始め、殊に、政治・経済をはじめとする社会科学は、必ずしも過去の知識の蓄積のみで進歩するとは限らないだけに、変化=進歩ではない状況にある。
 歴史を俯瞰すれば強大な古代ローマ帝国の市民が裕福な生活を享受しながら、自己中心主義に陥って自滅したように、祖先の懸命な努力が子孫に引き継がれなかった例もある。望むべくもないけれども、もし生まれた子に親の知識や教養の蓄積が引き継がれているならば、こんにちのような文明の歪みは起きず、世界はまったく別のものになっていたであろう。
 このサイトは、幅広い視点で日本の人々が必ずしも意識していない文明の「変化」や「停滞」そして「凋落」について指摘をし、あるべき方向を読者に考えていただき、少しでも望ましい将来を展望することを使命とするものである。
 
 一例を挙げれば、一昔以前には子供の生活の周囲には常に両親や近所の人たちの働く姿があった。こどもは働く意志や意義、作業のノウハウ・勤労とその成果の楽しみを体得しながら育ったものだ。
現在では両親の職場を見たことがない子。親の悩みを自らの悩みとして共感する経験のない生活がある。それは生産の集中・分業・機械化・情報処理化などによって、職業を体感として学ばずに育ってしまい、社会へ出て途方に暮れる青年の姿となって現れている。
 わが国はこのような労働の形態の変化が起き、教育によってそれを補う対策としては「生きる力」という表現で呼ばれているけれども、実質的には効果のある対策にはなっていない。そのような問題意識のもと、国家として遅れているソフト面の政策で新たな設計図を描くための「部品」を拾い集めて書いている。世界の知的リーダーとして存在感を示すための「部品」でもある。