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年号を西暦で表わす | ||
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「明治15年を西暦で表わすと何年なんだろう?」と悩んだことはありませんか? | ||
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そんな悩みを一発で解消する方法があるんです! | ||
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次をご覧ください。ピンとくるかこないか。 | ||
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67(ムりナ)明治 11(イイ)大正 25(ニゴった)昭和 88(ヤバい)平成 | ||
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順に説明していきます ●67(ムりナ)明治 明治元年は1868年です。ですから明治の年号に67を足します。明治10は10+67=(18)77となります。 最初の例の明治15年は、1882年が正解となります。 ●11(イイ)大正 大正元年は1912年です。ですから大正の年号に11を足します。大正5年は5+11=(19)16年となります。 母は大正13年生まれです。ですから1924年生まれで、今年で82歳になりました。足腰も丈夫で元気です(笑)。 ●25(ニゴった)昭和 昭和元年は1926年です。ですから昭和の年号に25を足します。昭和20年は20+25=(19)45年となります。 ●88(ヤバい)平成 小渕恵三元首相が官房長官時代に「平成」の年号を掲示したのは、1989年でした。ですから平成の年号に88を足します。今年平成18年は18+88=(20)06年です。 | ||
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わかりましたか? ●67(ムりナ)明治 ●11(イイ)大正 ●25(ニゴった)昭和 ●88(ヤバい)平成 は時代の特徴を表しています。 明治時代には、江戸末期の『黒船来襲』などによって開国を余儀なくされ、日本は急速に西欧化されていきました。「和魂洋才」という言葉が示すように、西欧文化をそのままで受け入れるのではなく、日本の国情に合わせて消化していったのです。そこにはかなりムりナ(67)ことをしてきたわけです。ある意味では日本国民は優秀だったと言えるかもしれませんが。 大正時代は比較的いい時代でした。アジアの小国が日露戦争で勝利することで、士気を高揚させました。ですからイイ(11)時代なのです。 昭和時代には、『明治は遠くなかりけり(明治が遠くなったな)』とよく言われたものです。明治100年は1967年です。昭和で表すと、昭和42年に当たります。昭和時代は太平洋戦争で連合国に敗れ、米軍の指揮下で多くの国民はつらい思いをしたようです。昭和は「激動の時代」だったと言えるでしょう。田中角栄首相がロッキード社から1億円のワイロを受け、現職の首相が逮捕された、いわゆる『ロッキード事件』に象徴されるニゴ(25)った時代でした。 平成時代は、ある意味では昭和時代よりヤバ(88)い時代かもしれません。国の借金が1000兆円に達し(表向きには800兆円)、デノミを実施しない限り圧縮できないところまで来ています。 年金問題も深刻で、給付年齢を上げて支給を遅らせたり、給付額を減らすといった政策が打ち出されています。2008年には消費税を最終的に15%まで上げるための第一弾として税率アップが確実と見られています。 少子高齢化が拍車を駆けています。大前研一氏は『ロウアーミドルの衝撃』(講談社 P.66)の中で次のように述べています。 2004年における日本の生産年齢人口(15歳〜64歳)は8500万人、これに対して65歳以上の高齢者人口は2500万人だから、生産年齢人口3.4人で1人の高齢者を支えている計算である。それが2025年には、少子化によって生産年齢人口が7200万人に減少。一方高齢者人口は1000万人増えて3500万人になり、勤労世代2人で1人の高齢者を支えなければならないことになる。そういう意味でヤバ(88)い時代なのです。 この4つの時代を、年号から西暦へ、逆に西暦から年号で表す、便利でわかりやすい方法を発明したのは、最後の平成を除いて、母校日比谷高校で歴史を教えていた、五十嵐先生(私が在籍した昭和46年4月から49年3月当時)によるものです。歴史の時間に教えていただいた授業内容はほとんど忘れてしまいましたが、ムりナ(67)明治などは今でも覚えていました。それほどにインパクトが強烈だったのでしょう。 最後の「ヤバ(88)い平成」は私のオリジナルです。 ご活用ください!
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