佐渡の零細鉱山を巡る−大立/田切須
真野湾沿いには大須の他、大立/田切須の鉱山跡もある、これらを巡ってみる

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 大須の金鉱山跡は蕎麦畑の向こう

大須の隣の集落が大立である。ここにも捨てられた金鉱山跡があるらしいので探して見た。
坑口は写真の蕎麦畑の奥にある、減反の田圃で替わりに作るのは蕎麦で、佐渡には蕎麦畑が大変多い。
古老の後について、蕎麦畑を横断し、雑木林の中の水路の縁を行く。古老は、「ここからはひとりで行け」と留まり、V字の水路に両足を掛けて進んでいく。足の間を清水が猛烈な勢いで流れていく。 



 大立で案内してくれた古老

大立集落のバス停近くの農家の古老に聞くと、口で説明しただけでは判らないだろうと自ら軽トラで案内してくれた。八十四歳で「もうイカンちゃ」と言うが、狭い農道を軽トラで分け入り、車が入れない場所では先に立ってくれた。
彼等が逝くともう佐渡の零細鉱山はその場所も判らなくなるだろう。
彼が云うには、鉱脈は山から海岸に向けて走っているそうな、この辺りは粘土質の大地で、掘り進む事が出来ず、敗退したと思われる。



 大立鉱山、坑口は清水があふれていた

水路に沿い、雑木林を分け入ると、坑口が人が立って入れる程の大きな洞穴として残っており、清水に満たされている。奥までかなり大きい坑口となっている。
金の涸れた鉱山は、今は水だけが湧きだし下の蕎麦畑を潤している。
清水はあまりにキレイで、暗がりでは見えない、写真を写していて、思わず水に足を入れ、靴を濡らしてしまった。  


 田切須はお婆ちゃんに案内してもらった  

田切須の金鉱山は海に面し戦争前まで大規模に採掘されていた。国道から海岸に降りて行く沢沿いに鉱山跡がある。
ここもやはり外来者には場所が皆目分からず、地元のお婆ちゃんに案内して貰った。
金採掘のために地表の水田の水が干上がったり、井戸が涸れたりして、鉱山会社に補償を求めたりしたこととか・・歩きながらいろいろ話してくれた。
田切須鉱山は、試掘許可書や、地元との補償念書など、いろいろな近代に於ける文書を残していて、時々の採掘規模などが判る。
所有者は次々替わり戦後も細々と採掘が行われていた。



 田切須(たぎりす)鉱山跡の全景

鉱山は海に面した沢全体に分布していたようだ。
田切須はそこそこ産出量が多く近代になっても採掘が続き、産出がはかばかしくなくなると、採掘権が転売され、別の資本が採掘を始める・・といった具合だったらしい。
採掘跡を辿ると、硬質の切り立った岸壁がある。
この岸壁に沿って鉱脈があったと云う。
所々に人の手になる石積みがあり、当時の鉱山を忍ばせる。
振り返ると海原が見える、鑛山の跡は海に流れ出し、
「ここに昔鑛山の営みがあった」と知る人が知るだけである。




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