特別レポート

湯浅勇治 指揮者を育てるウィーンの熱血教師

                   取材&文 道下京子

(このHPへの掲載にあたって、道下さん本人による、雑誌でカットになった部分の追加や、その他の修正が加えられました)

2月16日午後、渋谷エレクトーンシティー4階のリハーサルスタジオで、ある指揮セミナーを取材した。このセミナーの講師は、ウィーン国立音楽大学助教授の湯浅勇治氏である。正直に申し上げて、湯浅氏について、私は名前しか知らなかった。私が事前に得た情報は、近年の日本の「若手指揮者ブーム」の仕掛け人で、数多くの若手指揮者を育成した「スーパー教師」である、ということだけであった。そこで、取材に当たって事前の情報を得るべく、彼の教えを受けた若手指揮者の一人に尋ねたところ、「ぜひ、一度会って話をしてください」という返事だった。今回の取材ではほとんど事前の知識も情報のないまま、インタビューに突入した。

「よい指揮者になるための資質とは」

 このセミナーをコーディネートした一人、指揮者の大河内雅彦氏から、この取材の直前に衝撃的な内容のファックスが届いた。それは1992年2月24日付「日本経済新聞」文化面に湯浅氏が寄稿した一文である。そのなかで、「よい指揮者になるための資質」として湯浅氏は次のように述べている。

1.音楽を愛し優れた演奏家であること
2.何事にも興味を持つこと
3.音楽の基礎技法が完璧に備わっていること
4.人に好かれ物おじせず統率力があること
5.音楽的に運動神経がいいこと 
6.最低四〜五カ国語にたけていること 
7.勤勉でまじめなこと
 

 これらの資質の上に、ウィーン国立音楽大学の指揮科では、さらに様々なトレーニングが行われているという。これら全てがクリアーできなければ、卒業しても指揮者としての仕事が全くないとも述べられている。湯浅氏によると、年々、留学する日本人は増えているが、その多くは、語学に苦しみ、レッスンを受けるのもままならない状態であるとのことだ。この寄稿文は約10年前のものであるが、その内容はおそらく現在にも当てはめることができるだろう。留学を考えている方々に、ぜひ一読していただきたい。

 この寄稿文を唯一の手がかりとして私は湯浅氏の指揮セミナーに臨んだ。

 

第十三回「湯浅勇治氏による指揮セミナー」

 約2年ぶりの「湯浅勇治氏による指揮セミナー」(主催は東京指揮研究会)は、2月9日〜21日まで(8日間)渋谷と新橋で開催された。参加者は15歳〜42歳までと幅広く、女性の受講者もおり、とにかく受講者の多さに驚いた。このセミナーを受講するには湯浅氏からの強い要望で1つの条件が課されている。それは課題曲を全曲準備することであった。このセミナーの課題曲は2つの国際コンクールの課題曲でもあり、数えただけでざっと40曲以上はある。

 湯浅氏のあるレッスンをのぞいてみた。その受講者は在京のオーケストラの男性団員であった。曲はハイドンの交響曲第101番の第2楽章。2台のピアノ伴奏が、指揮者の棒にあわせて演奏する。湯浅氏は、途中で演奏を止めて、テンポの問題に触れる。

湯浅「目を瞑って。おい、お前ら、寝るなよ(笑)。」

「今のテンポ、ちょうどいいと思った人、右手を挙げて。遅いと思った人、右手を挙げて。じゃぁ、速すぎると思った人は?」

「じゃぁ、速いと思った人に聞いてみよう。速くないと思った人は、2人しかいなかったんだ。速いと思った人、どうしてそう思ったの?」

 しかし返答がない。湯浅氏は女性の受講者に聞くが、なかなか言葉にならない。すると突然、

湯浅「答えるのが遅い。お前と一緒に話していると、食べているものがウンコになって出てくるよ。早く!意見があるのならさっさと言えな!指揮者は何かあったらすぐ即答できなきゃいけない。さぁ…答えてみな。」

すると徐々に、それぞれの受講者の意見が出てきた。

湯浅「テンポの基準となるのは、この場所(と言って床を指差す)でやるのと、エコーマシーンをガンガンつけたところとかやるのとでは全然違うし、楽器が違うだけでもテンポは全然変わってくるんだよ。質問の中で三大教典の話が出てきたけど、レオポルド・モーツァルトはテンポついて何て書いてあるって?」

湯浅「私は理詰めだから感覚でどうのとはあまり言わない」

湯浅氏のテンポに関する説明は、徐々に細部に入ってゆく。

湯浅「それからテンポの問題では弾きこなせる、弾きこなせないということがある。完全に弾きこなせるテンポでやると凡庸に聞こえるので、そういう場合は少し速くしてやれば、演奏者もやっと少し乗ってくる。私たち指揮者ができることでは、アゴーギグをどういう風にすれば、どう影響あるのかっということだ。ピアノがない時代を考えると、音量の変化で表情をつけられないから、たくさん音符を入れてみたりしている。」

 続いて湯浅氏の話は、時代による芸術の価値観の相違に及び、次に調性の表現の話題に移った。

湯浅「転調を扱う時、転調がきちんとみんなに理解できるかが問題だ。転調というものには、どんなものがある?」

受講生から意見が出てきた。湯浅氏は具体的な説明を求めるが、なかなか答えにならない。

 問題は、さらに煮詰められ、受講生とのディスカッションもエスカレートしてゆく。次に具体的にハイドンの楽譜を用いてディスカッションに移った。受講生へのさまざまな質問の後、

湯浅「明日までに調べてきて!わからない時には調べる。今の時代の見方で当時の作品の解釈をすると、全然違うんだから。私達は昔のテンポを知っているけれど、昔の人は私達のテンポを知らない。音楽を作っていく時に、その時代のこと、ここでは少なくともハイドンの交響曲第101番までのことを、知っておいて欲しい。作品を「向こう側から」見て欲しいんだ。作品を見ていてどうかなぁ、と思った時のテンポの基準の決め方。もう一度言うからね。」

湯浅氏はテンポの設定について、30分以上の説明やディスカッションを行った。様々な角度から、論理的に分析する湯浅氏の説明は、実にわかりやすかった。

 このセミナーの後に湯浅氏とのインタビューとなった。

 

【湯浅氏へインタビュー】

道:教え方のスタイルですが、ウィーンでの教授法と全く同じですか?

湯:同じではありません。僕は毎日教え方は違うんです。たまたま、今日はここにこれがあるから、この話をしておこうかということで題材を選んでいます。(数年来師事している生徒に向かい)昔に比べてみんなは棒は振っているよね?手の動かし方って、規則があるんだけど、分かるかな。指揮って、SEXと同じなんです。昼間からエッチな話をして、すみません。

道:いえいえ…その方がわかりやすいです。

湯:エッチがうまくなる条件、それはまず相手を愛することです。それから、いろいろ試してみて、自分たちにあった愛の形を見つけることです。この2つの点が音楽とよく似ているのです。テクニックに走ること、これは音楽では絶対にやってはいけないことなんです。それから、何かで習ったからといって、そのまま実行してしまうこと、これはみんなが一番初めにすることでしょうけれど、やってはならないことです。例えば、女性が裸でいると、それを見た男性はペニスが立つ…この自然な部分を変に隠そうとしたりすると、おかしくなるでしょ?

道:う〜ん、なるほど…。

湯:これが僕の教える時の考え方です。人間の心理って、同じ物が2度続いても大丈夫だけど、2度以上続くと必ず飽きる。音楽の場合、音を使う時間的芸術だから、よりはっきりとしています。またみんなは音楽での短い間隔の中での違いはわかっているけれど、もう少し大きいところのつながりとなると、あまりよくわかっていない。調性音楽は、そこがとてもうまく構成されていて、その調性音楽の作り方を間違えさえしなければ、形がちゃんと作れる。例えば、緊張と弛緩という問題がありますね。緊張する部分は、調性音楽の中では何か?ドミナントは日本語では「支配する」という意味ですが(「エッチの時なんかでもそうでしょ?」と湯浅氏)、例えばドミナントからトニックに解決するなど、その前の部分がちゃんとできていると、本来の構成はできる。しかし、それを逆手にとってという現象が今とても多くなっています。日本では先例に戻ろう、という感覚が忘れられてしまっているのです。その感覚をもう一度考え直そう、と考えています。

道:要するに、音楽の在り方や営みというものですか?

湯:なぜ、音楽を人間が使い、どうして芸術として残っているのか。そちらの側から考えることをしなければなりません。

道:それは、普遍的なものですか?

湯:全然変わりません。もしかして数百年経ってから、例えば男性が女性を好きになれなくなったり、男性が男性しか愛せなくなるくらい、世の中が大きく変わってしまうということがなければ、全然変わりません。

道:先生のように、具体的に説明できる方って、少ないと思いますが・・・。

湯:そんなことはありません。それは当り前のことであって、みんなが言うのを忘れてしまっているのです。

道:皆さん、物おじせずに自分の考えを言葉にして言っていましたね。

湯:でもね、こちらから言って、確かに相手から返事は来るけれど、すぐには来ません。調べてきて、OK!というのは駄目です。

道:ウィーンですと、国籍の違う人も来ているわけで、どのように教授されるのですか?

湯:大変といいますか、最近はボイコットされる()。「みんなには私に教わるだけの実力がない」というと、それで、学生は(自分のクラスを)辞めていってしまうんです。なにしろ休講6回だから。

道:ナショナリティの違いに、どのように取り組まれていらっしゃいますか?

湯:そんなの、全く気になんてしていないよ。ウィーンに来た生徒に「ここに何をしに来たんだ?」と聞きます。それで、もう一度がんばろうって。みんながこの学校でできることだからね。ウィーンにはモーツァルトがいて、ベートーヴェンもいて残ったものが伝統となっています。ただし、残ったものすべてを伝統だ、と鵜呑みにするなと言っています。僕が他の先生と違うところは、来た学生に対して僕自身が誓うのです。「オレはこいつを絶対指揮者にしてやる」と。そこから始まるのです。僕は学生に「プライドを持て!」と言います。だから僕の生徒は、みんな生意気なんです。うちの生徒はどこへ行っても言われます。でも、僕は生意気でも構わないと思っています。

道:先生のプロフィールがあればと思いますが。

湯:今、ここにあるのが僕のプロフィール。プロフィールを書かなければいけない世界もあるのかもしれません。今、ここにこう在るというのが自分のプロフィールであって、これを習って誰に習って…と言うのは、今のその人ではありません。僕がみんなに言っていること、それは自分ができることに対しても責任を持つことと、自信をもつことです。

道:先生は趣味も半端ではないとお伺いしておりますが…。

湯:僕は30年間我慢してきました。そして、ガァーッと始めました。ベンツが2台分買えます。秋山(和慶)さんに勝るとも劣りません!ダイヤグラムもできます。何だと思う?鉄道模型です

道:先生はご自身の使命をどのようにお考えになっておられますか。

湯:僕の仕事は学生たちが自立するための、いつも自立できるためのアドバイザーなんです。それ以外のことはあまり考えていません。自分なりに、どこの段階でもうまく鍛えられる…その状態とそれを訓練する方法を教えます。もっと具体的に言って、今、君には何がない、と。指揮者にとって、いろいろな物を自分でどのようにして勉強していったらよいのか、ということです。指揮者が音楽を作っていくために、どのようなものを結び付けていくか、と。ここですが、ほとんどの人は、最初の頃は何も知らないし、わかりません。でも、それはみんなが教えてあげればいいことです。人によっては、指揮者なんて孤独だ、と言う人もいますが、そんなのは家のなかで言っていればいい!僕の周りの人たちは、みんな仲がいいのです。僕に習っていない人でも、みんなつながっています。だから周りの人達に、こいつをよろしくお願いしますね、という感じ。すると、どこかしら、みんな手伝ってくれる・・・そのような世界で成り立っています。

湯浅勇治氏より予告

今度、小澤(征爾)さんと面白いことをしますからね。近いうちに、何か・・・。今、2人で結託していることがありますから。でも、今は秘密です。

取材・インタビューを通して

 湯浅氏とのインタビューは多方面にわたり、この記事にまとめるために(雑誌に記載できる言葉を選んで!)、その大半を割愛せざるを得なかったことは、残念だった。湯浅氏はさまざまな事例を挙げて具体的にズバズバをおっしゃり、とても刺激的なインタビューであった。

 後日、セミナー終了の打ち上げにもお伺いした。そこには、湯浅氏がインタビューで言った通り、多方面の方々が集まってこられ、鉄道模型関係の方もいた。「来るものを拒まず、という性格ですから、世界中から彼の門をたたくのです」と、取材を通して知り合った方から、メールをいただいた。また、このセミナー会場で、私はある指揮者と10年ぶりにお目にかかった。「我々はいつもあんな感じでだらだらと食い、だらだらと飲みつづけます。そんな中で理解し合い、また傷つけあいながら理解を深めていきます」と。湯浅氏を通して現代人が忘れかけている「人と人との温もり」の大切さと、「よく遊び、よく食べ、よく寝て、よく勉強しろ」というある種の「けじめ」のある生き方を強く感じた。



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