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そしてヴィラ・デステへ 再度トイレに行ったあと、次の目的地ヴィラ・デステへ向けて出発。住宅街のような道を調子よく飛ばしていると、対向車が出てきて慌ててブレーキを踏む。いつものクセでつい左側を走ってしまい、対向車を驚かせてしまったようだ。少し調子に乗っているなと気を引き締めていくことにする。ここからヴィラ・デステまではおおよそ一本道でいけそうだ。山の中腹にあるため、おのずと坂道を登っていくことになる。道幅も広く、少し高いところからの見晴らしは本当にすばらしく、ついついアクセルを踏み込んでしまう。 30分も経たないうちに着いてしまうが、周辺に駐車場が見当たらず、やむを得ず路駐することにする。あたりをうろうろするが、運悪くパトカーが巡回していてなかなかとめられない。しばらくして近くの建物の前に一台分のスペースを発見、そ知らぬ振りをしてとめてしまう(このあたりはあまり真似しないほうがいいと思います)。ヴィラ・デステに通じる道は両側が土産物屋で固められていて、雰囲気としては日本の観光地とあまり変わらない。サッカーのユニフォームや革製品など、別にここで売らなくてもいいじゃんって感じの店ばかりだ。観光地の梅宮辰夫の店のような胡散臭さだ。こちらも平日とあってか商売っ気はまるでなく、ぼったくりに遭うこともなく、こちらも8000リラ払って中へ入る。
16世紀半ばにフランス王フランソワ1世によって枢機卿になったイッポリート・デステが、失脚した後にティヴォリに移り住んだときに、ベネディクト派の修道院を改築させたのがこのヴィラ・デステだそうだ。ヴィラ・デステの名は、あのアルファロメオの往年の名車で、147のルーツとも言われる車に冠されている。この旅行から帰って一年も経たないうちに、横浜(ムゼオ・アルファロメオ展)でお目にかかったときには、何か因縁めいたものを感ぜざるをえなかった。 中はフレスコ画で飾られていていかにも金持ちの別荘といった風情だが、なんといっても圧巻なのは噴水だ。水は今でも豊富に湧き出ていて、館内の壁のいたるところに水汲み場ができるほどだ。庭に至っては噴水だらけで、もうα波出まくり状態間違いなしである。大きいのから小さいのまで、一生分の噴水を見たような気分だ。楕円の噴水は滝の下が通れるし、オルガンの噴水なんぞはその昔本当に音が鳴ったらしいから驚きだ。出口に向かうところで、フランツ・リスト(1811〜1886)のレリーフを見かける。 彼は、ピアノのヴィルトゥオーゾとして、大変な技巧派ピアニストとしても活躍していた。それだけにピアノ曲の数が多く、中でも最大規模の小品集が、4集からなる「巡礼の年」である。いずれもリストがスイスとイタリアで触れた自然や芸術のインスピレーションを音楽にしたもので、頻繁に演奏される代表作が何曲も含まれている。 「エステ荘の噴水」は巡礼の年第3年の第4曲で、僧侶となってワイマールを去ったリストが、まさにここの様々な噴水をピアノ曲に仕上げたもの。華麗な水しぶきをトレモロなどの書法をを駆使して描き、印象的な情景を描き出す。ラヴェルの“水の戯れ”(1901)やドビュッシーの“水の反映”(1905)に多大な影響を与えたとも言われ、音楽史上でも重要な一曲とされている。作曲は1877年。
帰る前に見晴らしのよいところからの眺めを目に焼き付ける。山肌を鉄道が走っていて、「世界の車窓から」のワンシーンのようだ。緑の土地と素焼きの瓦の家並みが続く風景を眺めつつ、本当に心の底から「ああ、来てよかった」と思った。こんな思いができたのも、レンタカーに乗ろうと思い立ったからだし、それを認めてくれたうちの奥さんの懐の深さにも感謝以外の言葉が見つからない。いつになるかわからないけど、また来たいと思えるのはなんと幸せなことだろう、としみじみ思う。
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