
written by 『四文字』
某国、某都市、某港の某倉庫街。
夜空はどんよりと曇り、遠くで霧笛の音が聞こえる。
もはや誰も使用せず、所有者も分からない、費用がかかるので解体もされない、そんな誰も寄り付かないはずの倉庫の中に二人の男がいた。
「遅かったな。ブツは用意できたのか?」
帽子とサングラスを付け、さらにコートの襟を立てて可能な限り顔を隠した男が、火の付いてないタバコを咥えたまま、もう一方の背広の男に尋ねる。
「用意が出来たから、ここにいるんだ。馬鹿なことを言わないでもらおう」
そう言って手にしたアタッシュケースを掲げて見せる。
「約束通り『何かとはあえて言わないが、なんかヤバげなブツ』だ。そちらこそ約束の金はどこにある?」
その返事を聞くとコートの男はポケットからライターを取り出し、今まで咥えているだけだったタバコに火を付ける。そして、紫煙を吐き出しながら言った。
「金は……ない」
「なんだと?冗談にしては笑えんな」
「冗談じゃないさ。本当に金はないんだ」
背広の男は何も言わずに手を上げる。すると、あらゆる物陰から一斉に背広の男の部下が現れた。その手には『警察の人以外持ってちゃいけないもの』が握られている。
「まあ、落ちついてくれ。金の代わりを用意してある」
そう言ってコートの男は懐に手を入れる。周りに走る緊張を無視して、その手は一つの封筒を取り出していた。それを背広の男に向かって投げてよこす。
「小切手ってわけか?この状態で命懸けの冗談とは酔狂なやつだな」
封筒を拾って中を覗いた瞬間、背広の男の動きが止まった。
しばらく虚をつかれたように止まっていたが、やがてその肩を震わせ出す。
その様子を見たコートの男は同じ封筒を何枚も手品のように取り出して見せる。
「どうだ気に入ったか?人数分用意してある」
「ふ…ふざけるな!こんなもん、どこでも買えるじゃねえか!」
「
確かにな。金さえだせばどこでも売ってるだろう」
コートの男は封筒の束をヒラヒラさせながら続ける。
「ただし、それとこれとは話が別だ。この場合はアンタたちがコレを要るか要らないかっていう話なんだよ」
そう言いながら封筒を咥えているタバコに近づける。
「封筒に細工がしてあってな。ちょっと火が付いただけで、あっというまに燃え上がる」
そして、いつの間に取り出したのかライターの火花を散らして見せる。
「とは言っても焦げるぐらいだろうがな。でも、その方がアンタたちにはキツイんじゃないか?」
コートの男はからかう様に封筒にタバコとライターを交互に近づける。
「おかしなマネしたら火がつくぜ。要る要らない以前に、アンタたちにコレを見捨てることができるのかい?」
背広の男は怒りのあまり封筒を握り潰しかねない勢いだ。しかし、そんなことが出来ないのは背広の男自身が一番良く分かっていた。そんなことしたら『封筒の中身』がタダでは済まない。背広の男の部下たちも『封筒の中身』に気付いたのか身動き一つしない。
「正直いって苦肉の策だったんだ。組織の金を使い込んじまって、なんとか埋め合わせをしなくちゃなんねえし、できなきゃ処分されちまう。ダメモトでやってみたんだが…」
そして、コートの男はニヤリと口元を歪ませて言った。
「…でも、上手く行ったみたいだな?」
「気を落さないでください、ボス」
地面に膝を付き敗北感に耐えていた背広の男は後ろから掛けられた声に振り向いた。
そこにいたのは彼の部下たち、声をかけたのは先代の頃から仕えている彼の右腕ともいえる側近の男だった。
「…できなかった。あんな男にコケにされるぐらいなら封筒ごと蜂の巣にしてやろうと思ったのに……結局ブツを持っていかれてしまった。俺はなんて意気地の無い男だ」
「見捨てたくなかった。それがあなたの望みだったのでしょう?」
側近は背広の男に語り掛ける。そして、一つの封筒を差し出した。
「他の者にはもう配ってあります。これはあなたの分です」
何も言わずに封筒を受け取った背広の男は部下たちに目を向ける。
皆それぞれ封筒を手に感謝と尊敬のまなざしを背広の男に向けていた。
「あなたは立派でした。もし、あの時を見捨てていたら…きっと、我々があなたを見捨てていた。あなたはブツと引き換えに我々の忠誠を手に入れたのです」
そう言うと側近は部下たちに撤収の準備を始めさせる。
一人その場に残った背広の男は封筒の中身を取り出し、しばらく眺めた後に呟いた。
「そうだな……これが無事なことに比べたら、俺のプライドくらい安いものだ」
『花園の歌姫』と『シルク&ミルク』
二枚のカードを見ながら彼は満足そうに微笑んだ。

