§ 大阪四天王寺のどやどや §

どやどやは、岡山県・西大寺会陽(さいだいじえよう)と岩手県・黒石寺蘇民祭(こくせきじそみんさい)と共に日本三大奇祭の一つに数えられている。

四天王寺では、元旦から14日間、六時堂で修正会(しゅしょうえ)が修せられ、14日の結願(けちがん)の日にどやどやが行われる。修正会は、毎年正月、天下泰平・五穀豊穣を祈願する行事で、正月に修せられることから修正会と呼ばれる。827年(天長4年)正月に京都のお寺で始まり、以後諸大寺に広まっていった。

堂内では僧侶の厳粛な法要が行われる。堂前では褌・鉢巻きを赤白に色分けした裸の若者達が東西から六時堂前面の拝殿に押し寄せ、双方の代表者各4名が背中合わせになり、全員で左右から押し合い揉み合い、いずれかへ押し切った方が勝ちとなる。
東の白は生野方面の百姓、西の赤は阿倍野方面の漁師で、現在も白組は東から、赤組は西から登場する。

勝負がつくと同時に六時堂前に篝火(かがりび)がともされ、その後、数百の牛王宝印楊枝(ごおうほういんようじ)(柳の枝にはさんだ魔除けの護符)がお堂の梁の上から群集の中に投げ入れられ、お札を奪い合う。
持ち帰った柳の枝を水田に立てておくと、害虫がつかず豊作になると言われている。 現在は、事故防止のため、楊枝を止め、護符(御札)だけがばらまかれている。

昔は酉の刻(午後6時)から法要が始まり、牛王宝印楊枝を投ずるのは夜8時〜9時頃だったが、現在は、混乱を避けるため午後2時頃から始まり、参加者も特定の生徒・教職員に限定されている。

牛王宝印楊枝を受けようと、どやどやと六時堂に群衆が集まることから、この習俗がいつしかどやどやと呼ばれるようになった。また、ドヤドヤ(どうだどうだ、これでも負けないか)と言って押し合ったからだとも言われる。