| 金銀花(すいかずら)は夜に咲く | 火消しシリーズ
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| 第1回 | |
| 「人でない者と人の子と」 | |
佐原の村から出た”人でない者”は現在四名いる。 最初の”人でない者”竹生(たけお)、その弟の三峰(みつみね)、行方知れずの寒露(かんろ)、そして朱雀(すざく)である。彼らは人以上の能力と高い戦闘力を有するが、その代償に昼間は全身を激痛に苛まれる。それを少しでも和らげる為に、日中は漆黒の闇の中に身を横たえている。竹生と三峰は『火消し』の古本屋のビルの地下に寝所を作り、そこで暮らしていた。 朱雀は、竹生達の様に地下に寝所を作らなかった。寝室の作りを工夫して、出来る限りの遮光を施した。それでも痛みは激しいが、痛みを朱雀は贖罪として、あえて耐える事にしていたのだ。感傷に過ぎない事は分かっていた。けれども運命の悪意と自らの力不足の中で失われていった数々の命の為に、それを自身への戒めとしているのであった。日が傾き、痛みが和らぐと、朱雀は起き上がり、入浴して着替える。エレベータで地下の駐車場へ行き、愛車で出かけて行く。 朱雀は大会社の社長である。朱雀が夕方に出社する本当の理由は、専務であり義理の息子である和樹以外は知らない。昼間は所用で外出している事が多いと、社内では思われている。居並ぶ秘書の熱い視線を受けながら、朱雀は社長室へ入る。最近はわざと地味な服装にしているが、長身ですらりとした身体に仕立ての良いスーツが映えている。柔らかな赤味がかった髪は豊かに波打ちながら額にかかり、端正な顔立ちに色を添えている。妻を失い独身になった事も、女性社員のまなざしに熱を帯びさせる理由になっている。有能で独身でハンサムな大会社の社長。それが表向きの朱雀だった。 部屋には和樹が待っていた。和樹は柚木(ゆずき)を連れていた。 「ここへ来るとは珍しいな、柚木」 「こんにちは、朱雀様」 柚木は神妙な顔をして頭を下げた。あれから五年の月日が流れ、柚木は中学生になっていた。背が伸び、大人びて来た顔立ちは、ますます亡き弟の篠牟(しのむ)の面影を濃くしており、朱雀は胸に軽い痛みを覚えた。そしてそれを振り払うかの様に、朱雀は陽気に言った。 「私の事を、そう呼ぶな。朱雀おじさんとでも呼べ。”外”であろうと”村”であろうと、私がお前の伯父である事に、変わりはないのだからな」 柚木は緊張した顔を解し、笑顔を見せた。 「はい、朱雀おじさん」 和樹は二人の様子を見て、一人うなずくと朱雀に言った。 「じゃあ、僕は仕事に戻るから。後はお父さんにまかせたよ」 和樹は柚木に言った。 「お父さんは、今はお前にも父親みたいなものだから、遠慮するな」 そして軽く柚木の肩を叩くと、出て行った。 朱雀は柚木を抱きしめ、わざと乱暴にゆすった。 「会いに来てくれてうれしいよ、柚木」 柚木は少し照れて抗ったが、朱雀から発するどこか青く甘い香りに、顔も知らないはずの父を感じた。広い胸の温かさが、柚木を安らかな気持ちにさせた。 「僕は、もう子供じゃないです、朱雀おじさん」 すねた言葉の中に甘えを感じ、朱雀は微笑んだ。 「大人だって、こういう事が必要なのだよ」 朱雀は柚木を部屋の片隅にある黒い革張りの応接セットへ連れて行った。目顔で柚木をソファに坐らせると、自分の書斎机に戻り、机上のインターフォンに手を伸ばした。朱雀は柚木の方を振り返ると聞いた。 「紅茶で良いかね?」 「はい」 朱雀はインタフォーンに言った。 「紅茶を二つ、社長室に頼む。レモンを添えてくれたまえ」 柚木は、朱雀が自分の好みを覚えていてくれたのがうれしかった。 朱雀は戻って来ると、柚木の正面のソファに腰を下ろした。磨かれた木の低いテーブル越しに、朱雀は身を乗り出した。 「やっと私を頼る気になってくれたのかね」 柚木は、ちょっと困った様な顔をして頷いた。 自らの意志で村を出た柚木は、その時十歳だった。彼に庇護の手を差し伸べたのは、和樹とその義理の父親、柚木にとっては実の伯父である朱雀だった。柚木は”村”のすべてに嫌悪を抱いていたので、元々佐原の村とは無関係だった和樹以外に心を開こうとしなかった。柚木は和樹のアパートで和樹と一緒に暮らしていた。”外”で生活する必要上、形式的には柚木は朱雀の養子となり、二人は兄弟となっていた。朱雀は三峰とも語らい、柚木を普通の学校へ入れた。 朱雀は親代わりとして、昼間の激痛の時間であっても、学校の行事には欠かさず参加した。実の親でない事は隠さなかった。だが人目に立つ美貌と威厳を持つ朱雀の面立ちが柚木と似ている事は、誰の目にも明らかだった。柚木は羨望のまなざしで級友から見られた。柚木自身、頭も良く運動も出来たし、元来明るい性格であったから”外”の学校でも、親のない事でいじめに合う事はなかった。 養子にしても、朱雀は柚木に自分を父と呼ぶ事を強制はしなかった。「父親」という言葉に柚木が過敏になっている事を、朱雀は感じ取ったからである。柚木の育ての父親である忍野(おしの)を巡る事件が、柚木が”村”から出るきっかけであった。その痛手から柚木が立ち直るまでは見守っていようと、朱雀は思っていた。それだけに自分から柚木が訪ねて来てくれた事が、朱雀はうれしかった。 秘書の高橋美佐江が紅茶を運んで来た。紅茶を味わうと朱雀は言った。 「良い香りだね。高橋君は、珈琲だけでなく紅茶を入れるのも上手いね」 「また、そんな事をおっしゃって」 高橋美佐江は、少し朱雀を睨む真似をして、それでもうれしそうに出て行った。美佐江の後ろ姿が扉の向こうへ消えると、柚木は言った。 「和樹さんは、朱雀おじさんがお手本なのかな」 「和樹がどうかしたかね」 「女の人に何か言う時、朱雀おじさんみたいなんです」 朱雀は苦笑した。 「困った所ばかり似るものだな」 朱雀はふと気がついた。 「そろそろ、お前の住まいも考えてやらないとな。いつまでも和樹の所にいるのも窮屈だろう」 柚木は紅茶のカップを両手で抱え、鼻を突っ込むようにして飲んでいた。そんな幼い様子を朱雀に見せる事は余り無い。朱雀は柚木が不安がっているのを感じた。 「私のマンションの同じ階に部屋がある。そこをひとつお前にやろう」 柚木は顔を上げた。 「僕の部屋?」 「お前も中学生だ。自分の部屋が欲しいだろう。身の回りの事は進士に頼めばいい」 柚木は恐る恐ると言った風に聞いた。 「僕と一緒でいいの?朱雀おじさん」 朱雀はにやりとして見せた。 「楽しくやっていけるように、お互い努力しよう」 柚木も笑顔を見せた。 「はい」 朱雀は今気がついたかの如く言った。 「すまん、お前の来た用事をまだ聞いていなかった」 聡い柚木は笑顔で言った。 「もう、済んだからいいです」 朱雀も笑顔を返した。 「もう一杯、紅茶はどうかね」 「はい、高橋さんにお願いして下さい」 朱雀は良く通る声で笑い、片手を後ろに伸ばし、ソファの背をつかんだ。そしてその手を支点に、ソファの背をひらり飛び越え、宙を舞い、自分の机の側に着地した。目を見張った柚木に片目をつぶって見せてから、朱雀はインターフォンに叫んだ。 「高橋君、紅茶のお替りを。柚木はキミをご指名だ、よろしく頼む」 目次 |
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| 070813 |
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