金銀花(すいかずら)は夜に咲く
火消しシリーズ

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第11回
「残されたカケラ」




「お父さん、どうしたの?その荷物」
チャイムの音に扉を開けた和樹は、大小幾つもの荷物を抱えた朱雀を見て驚いた。普段の朱雀は、紙入れの他は何も持たないのを粋とする人物である。
「お前に持っていけと、進士が色々用意してくれたものでね」
和樹は笑って、荷物を半分引き受けた。

入って来た朱雀を見て、柚木はソファの上で身を硬くした。好んで佐原の村に遊びに来ていた和樹と違い、実の伯父と言っても、ずっと”外”にいる朱雀とは、柚木はほとんど顔を合わせた事がなかった。それに朱雀は”外のお役目”という重要な役割に着いている人物である。子供の柚木には詳しくは分からぬものの、佐原の村を守る為の重要なお役目なのだと、忍野に聞かされていた。
(村に連れ戻されるかもしれない・・)
そんな不安を柚木は感じたのであった。

「やあ、柚木」
良く通る声で朱雀は言った。朱雀の笑顔は暖かく魅力的で、柚木は少し警戒心を解いた。
「荷物を置かないと、お前と握手も出来ないな」
朱雀は身軽に荷物を柚木の前のテーブルに置いた。キッチンの方から和樹の声がした。
「お父さん、この鍋は何?」
朱雀はそちらを向かって言った。
「進士特製のシチューだ。今日の夕飯用だそうだ」
そして床に片膝を付き、荷物の包みを解きながら、朱雀は柚木に笑顔で言った。
「進士の料理は美味いぞ、柚木」
瀟洒な白い箱には、繊細な飾りつけをしたケーキが入っていた。甘い香りが漂い、思わず覗き込んだ柚木は目を見張った。佐原の村にはこういう菓子はない。柚木の様子を見て、朱雀の微笑は更に濃くなった。
「お前の好きな店でケーキを買って来たぞ、和樹」
「ありがとう」
和樹がキッチンから礼を言った。
「珈琲が欲しいな、和樹」
「いきなり来て、人使いが荒いな」
文句を言いながらも、和樹の声は弾んでいた。朱雀は今でも和樹にとって”大好きなお父さん”なのである。

「そうだ、そうだ」
朱雀は立ち上がり、柚木の隣に座り込んだ。
「お前に逢えてうれしいよ、柚木」
朱雀に抱き締められて、柚木は戸惑った。朱雀の腕は力強く、服の上からでも鍛え上げられた筋肉の硬さが感じられた。柚木は忍野もそうだった事を思い出した。厚い胸は暖かく甘く青い香りがした。どこか懐かしい香りだった。
「心配するな、私がお前を守ってやる」
深く豊かな声が言った。それは頭の上からも、胸に押し付けられた耳からも聞えて来た。その声にも、忍野に感じたのと同じ優しさがあった。柚木は身体の力を抜いた。
「お前は、村には戻りたくないのだね?」
柚木は朱雀の腕の中で素直に頷いた。
「分かった。お前が”外”で暮らせる様にしてやろう」
朱雀は柚木の髪を撫でながら言った。
「村から何を言って来ても、お前を渡さない」

柚木がつぶやいた。
「朱雀様・・」
朱雀は微笑した。
「朱雀おじさんとでも呼べ。お前は今日から私の家族になるのだからな」
「家族・・?」
「そうだ。”外”には”外”のルールがある。お前は私の息子になるのだ。和樹はお前の兄になる」
「おじさんが、僕のお父さんになるの?」
「別にお父さんと呼ばなくていい。私は細かい事は気にしない男なのだよ」
わざとおどけて朱雀は言った。柚木はすっかり甘えた口調で言った。
「おじさんと和樹さんなら、家族になってあげてもいいな」
「それは、ありがたいな」
朱雀は楽しそうに笑った。
「おじさん・・」
「何だね?」
「僕は、村の人とは誰とも会いたくない。”外”にいる人とも」
柚木はきっぱりと言った。

「柚木」
朱雀の口調が真面目になった。
「はい」
柚木も真面目に答えた。
「どうやって、ここに来たのだね?」
柚木の身体が緊張した。朱雀は柚木の背中を大きな手でゆっくりとさすった。
「怖い事は、もう何もない。言ったはずだ、私がお前を守ると」
柚木の身体から力が抜け、再び朱雀の胸にもたれかかった。
「覚えていないんだ・・僕」
柚木は小さな声で言った。
「お父さんが・・倒れていて・・それから・・僕・・何も」
「気がついたら、和樹の所へ来ていたのだね」
柚木は緊張が解れると同時に、今までの疲れがどっと出て来た気がした。眠気が舌をもつれさせた。柚木は重くなるまぶたと戦いながら、必死で言葉を紡いだ。
「風が・・吹いたんだ・・強くて・・凄い風・・覚えているのは、それだけ・・」
柚木の言葉が途切れた。朱雀の腕の中で、柚木は寝息を立てていた。
「強い・・風か」
朱雀はつぶやいた。和樹が三つの珈琲カップを載せた盆を持ってキッチンから戻って来た。和樹に向かい、朱雀は唇に人差し指をあて、目顔で眠る柚木を示した。和樹は頷き、そっと盆をテーブルに置いた。


柚木は目が覚めた。すっかり夜になっていた。小さな常夜灯が暖色に天井を照らしていた。
(ここ・・どこ?)
柚木はベッドに寝ていた。柚木はそろそろと起き上がり、周囲を見渡した。枕元のテーブルに柚木の眼鏡が置かれていた。手を伸ばし、眼鏡を取ると、柚木はゆっくりと眼鏡をかけた。こういう時は急がない方が良いと、頭のどこかで思っていた。はっきりとした視界に、机が見えた。パソコンと本が並び、筆記用具や文房具を投げ込んであるペン立てがあった。
(和樹さんの部屋だ・・)
少しずつ、何故ここにいるのか、柚木は思い出して来た。すると一人でいるのが不安になり、柚木はベッドから滑り降りると、ドアを開けてリビングへ行った。

和樹はソファで本を読んでいた。分厚い難しそうな本だった。
「目が覚めたかい?」
和樹は本から顔を上げ、柚木に微笑みかけた。
「お腹がすいただろう?」
「朱雀おじさんは?」
「お父さんは帰ったよ」
和樹はリビングの入り口に立ったままの柚木の側に来ると、しゃがみこんで柚木の顔を覗き込んだ。
「心配しなくていいよ。柚木が村に戻らなくてすむ様に、お父さんがしてくれたから」
柚木は不安な気持ちで、和樹の顔を見ていた。和樹は安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫だよ。ソファに座ってて、今シチューを温めてあげるよ」

キッチンのテーブルで、二人は進士特製のシチューと温めたバケットを食べた。
「これ、美味しいよ」
深皿から大きな匙で、柚木は夢中でシチューをすくっていた。一口食べたら猛烈に腹が空いて来たのだ。面取りした野菜と、鳥と牛と何か柚木には分からぬ肉が入っていた。どれも柔らかく煮えているのに、黄金色のスープは透明で、良い匂いが食欲を更にそそった。
「進士が聞いたら喜ぶよ」
「誰、それ?」
「お父さんの執事だよ」
「しつじ・・?」
「お父さんの身の回りの世話をする人だよ」
「佐原の家令の郷滋(ごうじ)様みたいなもの?」
「まあ、そうだね」
自分から佐原の村の事に触れてしまい、柚木は後悔して黙ってしまった。

和樹はすぐにそれに気付き、話題を変える様に言った。
「柚木は、僕と一緒にここに暮らすので良いかな?」
柚木は皿から顔を上げた。
「お父さんの所より、ここの方がいいかなって思ったんだ。お父さんは忙しくてあまり家にいないし、大人ばかりだからね」
柚木は恐る々々聞いた。
「和樹さんは、僕がいてもいいの?」
和樹はパンを乗せた籠に手を伸ばし、自分のパン皿にパンを取ると、柚木にも一切れ取ってやった。
「僕は兄弟がいなかったから、その方がうれしいな。言ったじゃないか、お父さんが。僕と柚木は兄弟になるって」
柚木の胸に、幼い弟の桐生(きりゅう)の姿がよぎった。それをかき消す様に、柚木は急いで言った。
「僕も、和樹さんと一緒がいいな」
「じゃあ、決まりだ。ここは僕一人では広すぎたからね」
和樹はうれしそうに言った。

和樹の母であり、朱雀の妻であった加奈子が不意の病で亡くなった後、三人で暮らした家を出て、二人は別々に暮らす事にした。母の加奈子が朱雀と再婚してから七年余りが過ぎ、和樹は大学生になっていた。すでに父親を必要とする時期は過ぎ、独立を思う年頃になっていた。環境を変える事で、加奈子を失った悲しみを忘れようとする気持ちもあった。

一人住まいに際して、和樹は学生である自分に相応の住居を希望した。義理の父親であり大会社の社長である朱雀は、和樹の意見に反対はしなかった。だが”純潔の嫡子”と呼ばれ、『火消し』の仲間である和樹は、今も『奴等』に命を狙われている。和樹の身を守る為、警備部がすぐに駆けつけられる場所である事、それが朱雀の出した条件であった。そして二人が折り合ったのが、この場所なのである。朱雀の所持する物件の中で一番小さな部屋であった。それでも2LDKの広さがあった。

「明日、買い物に行こう。柚木のベッドも買わなくちゃ」
「うん」
柚木は元気良く答えた。
「掃除もしなくちゃね。柚木も手伝うんだぞ、自分の部屋なのだからね」
「ちゃんと手伝うよ」
柚木は再びシチューに夢中になった。そんな柚木を見ながら、和樹は朱雀と出会った頃の自分の事を思い出していた。





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071002


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